調査開始。
タケミカズチとリリフが神下を呼び出している間に事前に指示を受けていた一人の神下がノームを出て、他国へと進出した。
その神下の名前はグロウ。タケミカズチの一級神下として天界でも多くの大戦で活躍してきた主力神下だ。彼に与えられた任務はピッツバーグ王国での神槍の調査。どんな些細な情報でもいいから見つけてきてくれとタケミカヅチからの直接のお言葉をもらい受け、グロウは今デモテルから三日にいっぺんだけ出るピッツバーグ行きの馬車に乗っていた。三体の馬が通常よりも大きな荷車を運んでいて、グロウのほかにも冒険者と見られる男達が荷車に乗り合わせており、それぞれが周囲に睨みを利かせ、空気が悪くなっていた。グロウだけは平然とした様子で眠りについている。そんな殺伐とした雰囲気のままでデモテルを抜け、四日の時間を掛けてピッツバーグ王国へと到着した。
ナバール連合は二つの国と隣接している。一つはフェザーランド公国、そしてもう一つがピッツバーグ王国だ。フェザーランド公国はナバール連合と争いが絶えないが、ピッツバーグ王国とは小競り合い一つ起こしたことがない。だからといって友好的な関係というわけではなく、両方とも無関心を貫いているような感じだ。
グロウが神下で初めての他国調査を任された。これはとても光栄であり、責任重大なことだ。タケミカヅチ様を失望させないようにする、それが最も重要だと他の神下達からも言われたが、そんなことは百も承知。下界についてはある程度知識をつけた。それも調査をすると決まってからなので、ちょうど三日前のことだ。
馬車はピッツバーグ王国領へと入る。ナバール連合の土地とは明らかに異なる風土と環境にグロウは少しの間だけ釘付けになる。やはり天界とはまるで違う。旅をするだけで新鮮な景色と出会うことができるのは絵師としての一面を持つグロウとしては嬉しい限りだった。
ピッツバーグ王国は中央区画と外部地域に分けられており、中央区画には王国の貴族などの裕福な者達が住み、外部地域にはそれ以外の国民が住んでいる。その区別は明確化されていて、中央区画に入るには王国担当者の認可が必要で、その手続きが非常に時間が掛かると言われている。当然グロウはピッツバーグ王国に伝手はない。リリフの話では認可に数日かかることもあるという。ただ中央区画だけが情報の宝庫というわけではないだろう。意外と外部地域にいる人間の方が物知りかもしれない。
レンガを積み上げた石門が目の前に立ち塞がるように建設されているが、この奥がピッツバーグ王国中央区画のようだ。東西に高い壁が造られ、どんな人間も乗り越えることの出来ない隔たりとなっている。山のように高い壁だ。グロウなら余裕で上れるが、今悪目立ちするのは得策じゃない。まずは外部地域で情報を集めよう。
ピッツバーグ王国は国王が治める国としては珍しく、血筋を重視しない。国王の息子だからといって次代の王になると確約されているわけではないのだ。王を決めるのは、力だ。王国のなかで誰よりも強くなければその権利を得ることは出来ない。もちろんそれは現国王さえも圧倒できる強さだ。一年に一度、国王になるチャンスが来る。といってもその切符を得るまで挑戦者は他の挑戦者とトーナメント制のバトルをしなければならない。そこで勝利を収め、一人だけが最後に国王に挑戦できる切符を手に入れることができる。
その挑戦権を得て、前王を打ち負かしたのが今の国王、バルト
シャングリ・ラ。王名は十三代目ヘラクレス。
絶大なる統治力で王としての二十年、ピッツバーグ王国の国力を高めることに成功した。今では周辺国からも一目置かれる国になりつつある。
グロウはそんな国を探索する。外部地域といってもいたって普通の町のように見える。路地裏で暮らしているような貧乏人はいないし、ゴミを漁って食い物を探している者もいない。
行き交う人々の服装もしっかりと身支度されていて、古臭さやボロさも感じない。外部地域でこれなら中央区画に住む人はどんな服装をしているのかと少し興味が湧いた。
武器屋に防具屋、薬屋など多種多様なお店がずらっと並び、露店の飯屋もそこらじゅうに展開されている。人通りも多く、大半がよそから来た冒険者や旅人、商人達だ。どうやら近くに冒険者ギルドがあるらしい。そんな話を小耳に挟んだ。ここで装備を整えて、クエストに向かい、帰ってきてギルドで換金をするというサイクルが目に見えてくる。ピッツバーグ王国はあまり冒険者稼業に力を入れていないと聞いていたが、実際足を運んでみるとそんなことはないように思える。しっかりと国の特色の一つとして冒険者稼業が根付いてきているようだ。
どこかで一度話を聞きたいなと思い、グロウはなんとなく近くにあった武器屋に足を踏み入れようとした。が、その武器屋と隣の建物の間の路地から少女の声が聞こえたので、一度歩みを止めた。普通の声ならば止まることはないが、緊張感に満ちた声色だったため、耳に残ったのだ。
グロウはそのまま路地裏の方に視線を向ける。薄暗さのなかに人影がいくつか見える。バシ、ドカ、と鈍い音が伝わってくると同時に微かな怒りの声が響いていた。
これは特殊なことが起きていると察したグロウは路地の方へゆっくりと歩いていく。通りの喧騒が嘘のように静寂に支配された路地はまるでどこか別世界に来た錯覚を生み出す。グロウの目にくっきりと見えた光景、それは当然歓迎すべき光景ではなかった。
体の至るところから血を流したあられもない姿の少女がぐったりとした様子で倒れていたのだ。年齢は十五歳ほどだろうか?その周囲には五人の男がいる。彼らの手には棍棒や細長い木棒が握られており、その得物には赤い鮮血がべっとりとついていた。この状況が何故起こったのか事情は分からないが、どんな事情があったとしても五対一、しかも少女相手に、というのはグロウの精神が許さない。
「君たち、何をしてるのかな?こんなところで。あんまり良いことをしているようには見えないが。」
いきなり見知らぬ男に話し掛けられたためか、怯えと怒りと戸惑いが混ざったような複雑な表情を浮かべる男達。それをグロウは顔色一つ変えず、じっと睨み付ける。
エルフ族の男に出会うことなどそうない。男達は物珍しそうな顔つきに変わり、普段の余裕を取り戻した。
「エルフの男が何の用だ?」
「どうせ道に迷った旅人だろう。ピッツバーグにエルフはいない。あの高貴を気取る種族が住むには空気が汚すぎるしな。」
「へへへへ、違いない。」
薄暗い場所で何やら笑い合っている男達の反応にグロウは怒りを覚えるわけでもなく、その足元で横たわる少女の様子を注視していた。そのお陰か、少女の指先が少しだけ動いたのをグロウは見逃さなかった。
「どういう状況なのか全てを理解しているわけではないが、良いことをしてはいないようだ。」
「だったらどうする?俺たちを殺しでもするか?ま、そんなことをしたら王国の兵士が黙っちゃいないだろうけどな。」
ピッツバーグ王国は犯罪の取り締まりに厳格で、そこに身分の優劣はない。ここで男達を殺せば近いうちに兵士が調査を始めるだろう。そうなればピッツバーグ王国で動くのは難しくなる。男達もグロウが兵士に捕まる危険を犯してまで自分達を殺めようとするとは思っていない。赤の他人で、通りすがりのエルフが少女のためにそこまでするはずがない、と。
しかしそれは誤った認識だった。グロウは別に深く考えていなかった。いや考える必要もない。処分するのに証拠など残さなければいいだけの話だ。自らの力を慢心しているわけではないが、難しいことだとは思わなかった。
グロウは弓を引く格好をとる。もちろん彼の腕に弓と矢は握られていない。何をしようとしているのかと男達は小馬鹿にした表情をこちらに見せてくる。その態度が一瞬にして変わってしまうとは誰一人として思ってはいなかったであろう。
グロウはまるでそこに弓があるように引き絞って、矢を放った。
空気が揺れる。
目には見えないが、からだの感覚がそれを理解した。揺れを感じてからすぐに一人の男の喉元に矢が突き刺さった。黒に近い深緑色で、表面に光沢がある一本の矢が見事に貫いている。か細い喘ぎ声が漏れ出し、喉元から赤黒い血が噴出する。男はすぐに白目を剥いて、地面に倒れた。仲間の一瞬の絶命に今度は理解が追い付かない。何が起こったんだ?という思考が巡る前にこの場を立ち去らなければという衝動に駆られるが、路地の奥は行き止まり。逃げるにはエルフの男に向かっていかなければならない。そんなのは確実に死にに行くようなもの。男達にとっては圧倒的絶望だろう。
「あ、あ、あ、何がしたいんだ?」
うまく言葉が出ないなかで、一人の男が震え声でそう言った。
「そこの少女を痛め付けるのは良くないと思ってね。」
「関係ないだろう!何なんだあ!」
「関係はない。が、そんなことはどうでもいいんだ。女性に暴力を働く輩は俺の主義に合わんのでね。目障りなんだよ、君たちのような存在は。」
「こ、このガキがわりぃんだよ!貴族と仲良くしやがって!!!」
「理由など関係ないよ。女性への暴力は根絶する。」
「何なんだ、おめぇ!!」
半泣きの男の叫び声が路地に響き渡る。通りにまで届いてくれというわずかな願いは叶わない。通りの喧騒のなかに混じり合うこともなく、声は風となり消えた。
「俺のやることは変わらない。死んでもらえるかい?」
逃げ惑う男達に同じように矢を放つ。
どんなに動いていても変わらない。グロウの視界に入っている存在ならば、確実に命中するのだ。狙いを定める必要すらない。
喉元、左胸、頭部・・・・命中していく場所は全て死に直結する部位。苦しませて殺すことに面白さを感じないし、そこまで遊んでやる価値もない。
五人の男は全員、体を真っ赤に染め上げて死に至った。
派手にやったことを自覚しているし、後始末はしっかりとやる。グロウは懐から黒銀色の小さな箱のようなアイテムを取り出す。男達の凄惨な遺体にかざすと、遺体が小さな光の粒子へと変わり、箱に吸収されていく。
「五人分か。まあそれでも微々たる量って感じだな。」
アイテムの名前は銀楼石。人体を魔力へと変異させ、その魔力を溜め込むことができる悪魔のような代物だ。
グロウは元通りになった路地にポツンと残っている少女に視線を向ける。
倒れたまま動かずに気絶している少女のもとにゆっくりと近づき、そっと観察した。・・・・・・やはり息はある。
ただ困ったことにグロウは回復魔法が使えない。応急処置程度の魔法は使えるが、それ以上となると難しい。
「この地域の医術師に持っていくか、それともノームと連絡を取るか・・・・・どうするかな。」
迷いは少しの間だった。ピッツバーグ王国をよく知るためにいろんな施設を見ておくのも悪くないと考え、少女を近くの医術師のもとへ運ぶことにした。どこにあるのか分からなかったが、詰め所で聞いたらすぐに分かった。詰め所にいた女性もグロウが背負う傷だらけの少女を視認して、最も近い医療施設を教えてくれた。
医術師が営む小さな施設に少女を運び込むと、中年の男性が驚いた様子で背中の少女を凝視した。
「す、すぐにこちらへ!!!」
慌てながらも男はグロウを部屋に招き入れると、すぐに少女の具合を確認する。
「・・・・・こりゃあひどい・・・肋骨骨折、手足もボロボロだ。何よりも肺の損傷が酷い。」
「どうだい?治るのかい?」
「命に別状はありません。ただ全快するのに少し時間が掛かると思います。」
「そうか、わかったよ。治療代は俺が出す。問題はないよ。」
「わかりました。では早急に治療に入ります。」
そう言うと男は少女に向かって魔法を行使し始める。少女の身体を仄かな光が包み込む。B級治癒魔法の回復豊繭だ。確かに治癒の速度はそこまでだが、治癒の確実性は保証できる。男がヘマをしなければこの少女はもう大丈夫だろう。
「お代は置いておく。じゃあこれで・・・」
「ちょ、ちょっと!」
「何だい?」
「この子はどうするんです?」
「俺も見知らぬ子だ。そういう子を預ける場所はないのか?」
「あるにはありますけど・・・・」
「ならそこに・・・」
「あんまり評判が良くないんですよ。そこに預けられた子が傷だらけでここに運び込まれるなんてことも多々ありますし。」
それを聞くとグロウもそこに預ければいいなどと口にするのが憚れる。ならどうするか・・・・・・
「君の・・・名前は?」
「え、ああ、私はガレンです。ガレン ポークス。」
「ガレンは魔導器を持っているかい?」
「ええ、一応この部屋に常備していますが・・・」
男は目線で魔導器の場所をグロウに教えた。
「・・・わかった。なら少女の容態が安定したら連絡してくれ。これが俺の魔導器の気だ。」
グロウは部屋の隅にある収納箱に置いてあった魔導器に自らが持つ魔導器を繋ぎ合わせた。この方法でなくても気を充填させる方法はある。が、やはりこの方法が確実だ。魔導器から魔導器に連絡を取るには相手側が持つ魔導器に気を覚えさせる必要がある。だからこそ、このように魔導器どうしを繋ぎ合わせるのだ。
「じゃあ頼んだよ、ガレン。」
十二分なお代を置いて、グロウは部屋を出ていった。
それからグロウは武器屋、防具屋、様々な飲食店を周って神槍の情報を聞いてみたが、誰もが首を傾げるばかりだった。まああれだけの存在感がある槍だ、あるとしても国の宝物庫などだろう。
「下に全く情報が降りてこないってこともないだろう・・・ここにはないのか?」
グロウは独り言を呟いてから首を振る。いやまだ調査を始めたばかりだ。もしこの国に存在していたら取り返しのつかないことになる。タケミカズチ様からの期待に裏切るなど自害をしても許されぬこと。可能性が少しでもあればピッツバーグ王国で調査を続けるべきだろう。時間を指定されているわけではないのだから焦ることはない。
次にどこへ行くか考えて王国の東通りを歩いている最中に魔導器が反応を示した。
少女を担ぎこんでからまだ四時間。もう傷を治したというのだろうか?だったとしたらあのガレンという男はかなり優秀な医術師なのかもしれない・・・・・・
「はい・・・・」
「ああ・・・お客、さま。この女の子の傷の処置が完了しました。まだ意識は戻っていませんが、時期に戻るだろうと思われます。」
ガレンはグロウの名前を聞いていなかったため、何と呼んでいいのか一瞬迷った様子だった。
「そうか、わかったよ。仕事が早いな、ガレン。あと俺の名前はグロウだ。名乗ってなくてすまなかったな。」
「グロウ様、ですね。わかりました。これからも御贔屓によろしくお願いします。」
「今からそっちに向かうよ。じゃあまた後で。」
グロウは王国の東通りからガレンの医術処がある南地区に向かった。
東通りが有名な東地区はピッツバーグ王国の外部地域のなかでも比較的賑やかで人も多い。冒険者ギルドやその他諸々の装具屋が軒を連ねているのも理由の一つだろう。それに比べて南地区はひっそりとしている。人が全くいないほど静かなわけではないが、東地区や他の地区と比べると落ち着いた空間だ。それを好んで年を召した国民は南地区で余生を過ごす者が多いらしい。だからこそ医術処も数が多く、その一つがガレンの医術処のようだ。
少女が男たちに暴行を受けていた場所はちょうど東地区と南地区の境い目近くでガレンの医術処との距離は近かったのは何かの縁かもしれない。
グロウは馬車などの交通手段を使わずに南地区にあるガレンの医術処に歩いて向かった。
ひっそりとした場所に立つ古びた家屋を潜り、奥に位置する部屋の扉を叩く。
はいという声が聞こえたので、グロウが名乗ると、どうぞというくぐもった声が返ってきた。
グロウが部屋に入ると穏やかな顔で眠りにつく少女の姿があった。その横でガレンが少女の診断書を書いている。
「ほう、顔の傷もすっかり治ったみたいだな。」
「はい、女の子にとって顔の傷は重大ですから。そこは念入りに。」
「あとはいつ目を覚ますか、だな。」
面倒なことに手を出したとは思わない。また同じような場面に出くわせばグロウは同じ対応を取るだろう。自分で決めた理念に従って行動することを他の仲間から何と言われようと変えるつもりはない。タケミカヅチに命じられて初めて検討するくらい強固なものだ。
「そんなに時間は掛からないかと。肺の損傷も完治してますし、うん、大丈夫だと思います。」
「そうか、ならここで待たせてもらっても構わないかい?」
「ええ、問題ないですよ。」
グロウは部屋の端にあった木製の椅子に腰掛けた。
「ガレン、あんたは二本の神槍と聞いて何か心当たりはあるか?」
「神槍?そうですね・・・・・私はあまりそういうものに詳しくはないですし、王国にそんな宝具があるとも聞いたことはないですね。ただ・・・」
「ただ?」
「あ、はい。ただ中央区画に住んでいるテトラスという男は国宝級の武具に詳しいですね。」
「テトラス?知り合いなのか?」
「ええ、まあ。彼の息子さんを一度診察したことがあるんです。なんなら私の紹介ということで手紙を書きましょうか?」
「いいのか?」
「ええ、もちろん。あなたが払った治療代があまりにも高額だったので、それくらいはやらせてください。」
グロウは少女の治療にかかる費用の数倍の金貨を払った。これくらいあれば間に合うだろうと思い、払った金額だったのだが、全くの見当違いだったようだ。金銭感覚もこれから覚えていかなければならない。
ガレンは少女の診断書を書き終えてからすぐにテトラス宛ての手紙をしたためてくれた。
「テトラスは中央区画の西にある屋敷に住んでます。桜の巨木が目印です。ああ、あとついでに中央区画に入れるように手配しておきますね。」
「そんなことができるのか?」
実際のところ、違法な手段で中央区画に侵入しようと考えていたグロウにとっては願ってもない話だった。
「ん・・・・・・あ、あれ・・・」
グロウがガレンから手紙を受け取った瞬間、少女がゆっくりと瞼を開いた。
「おお、気が付いたかい?」
「・・・こ、ここは?」
「医術処だ。君はひどい怪我でここに運ばれてきたんだ。この人が君を運んできたんだよ。」
ガレンはそう言ってグロウの方に視線を向ける。それに釣られて少女もグロウの方に目を向けた。大きな瞳がグロウの耳に釘付けになっている。人族とは違うエルフ族の耳の長さに驚いたようだ。どうやらエルフを見るのは初めてらしい。
「あ、あ、ありがとう、ございます。」
「いや、感謝されるようなことはしていないよ。当たり前のことだ。」
「あ、あの私・・・私、キコって名前です。」
「そうか。」
「あ、あのあなた様の名前は?」
「グロウ。」
「グロウ様ですね。改めてもう一度言わせていただきます。ありがとうございます。」
「そのことはもういいよ。それよりも何であんな目に遭ってたんだい?」
途端にキコの表情は鬱に変わり、身体の震えが止まらない状態に陥る。
「あまり無理をしないほうがいい。まだ全快というわけではないだろうし。」
ガレンが少女を制止する。キコはふっと息を吐いてすぐに落ち着きを取り戻した。
「・・・は、はい。ありがとうございます。」
「グロウさん、食事はまだですか?」
「ああ、食べていない。」
「じゃあ食べていきませんか?こう見えても料理は得意なんですよ。」
「・・・そうだな。そうさせてもらうよ。」
「この部屋を出て突き当たりにある部屋が食堂になってますから。」
そう言ってガレンは部屋を出ていった。
「グロウ、様。」
キコの双眸には濁りがない。汚れた感情にまだ染まっていない素直な少女といった印象がグロウの心に刻み付いた。
「何だい?」
「私はアローマとの仲が良いんです。」
「・・・アローマ?誰だい、それは。」
「ジャミール公爵の一人娘です。」
「中央区画に住む貴族の一人だな。町のあらゆるところで名前を聞いたよ。まあ、あまり良い噂は気なかったけど。」
「はい・・・でもアローマに罪はありません。彼女は父親のやっていることを全く知りません。なのに・・・・・・」
「なのに苛まれていると?」
「・・・・・・はい。」
悲しげな表情で俯くキコはアローマという友達のことを本気で思っているようだった。いわゆる親友、という存在なのだろうか。
「ふむ、ジャミール公爵が外部地域にいる国民からひどく嫌悪されている理由は何なんだい?」
「ジャミール公爵は外部地域から人を集めて調査隊を結成しているんです。その調査隊はピッツバーグ王国領でもっとも危険だと言われているダンジョンでの財宝調査を主にしていて、集められた人はそれを知らずに調査をさせられて、多くの人が帰らぬ人になっているんです。」
ピッツバーグ王国北に位置するゲンチュラ峡谷、そこにその危険なダンジョンは存在しているという。
腕に覚えのある冒険者や王国の兵士だったなら無事で済む可能性もあるが、それ以外の一般国民ならば生きて帰ってこれる確率は限りなく低いだろう。
「その国民の批判で王国が動くことはないのか?たとえば国王自身がジャミール公爵を捕縛したりは?」
「いえ、何の動きもないんです。ピッツバーグ王国は知っての通り、強ければどんな身分でも国王になることができます。それは血統を重視する王族が存在しないということです。そうなるとおのずと貴族の持つ力が絶大なるものに変わるということ・・・誰も行動を起こさないのは起こしても意味がないからです。その炎はすぐに鎮火されるから・・・」
「思ったよりも腐ってるみたいだな、この国は。・・・いやどこも似たようなものかな。」
国王の力が全てではないということ。従わない者は排除すればいいなんていうのは浅はかな考えだと言わざるを得ないらしい。天界での常識など下界ではなったく通用しない。グロウは下界を少し甘く見ていたようだ。単純じゃないから学ぶことが多くある。タケミカズチ様の役に立てる知識をもっともっと増やせる良い機会かもしれない。
神槍を探すのが最上位の目的ではあるが、その過程にも大きな意味がある。首を突っ込むのはやめようかと思っていたが、その方針を変えよう。
まあもちろんタケミカズチ様に許可をもらってからになるが。
「それで、アローマと仲良くしたから・・・あの男の人達に殴られちゃって・・・」
「そういうことか。その男たちは調査に行ったきりいなくなった者達の身内の人間かい?」
「・・・わかりません。誰なのかは。」
「そうか、まあ今はゆっくり休むんだ。身体を元通りにしてからまたアローマに会いに行けばいい。キコは魔導器を持っているか?」
「いえ・・・」
「そうか、なら・・・これをあげよう。」
グロウは懐から魔導器を取り出してキコに手渡した。
「何かあれば俺に連絡をしてくるんだ。そうしたらまた駆けつけよう。念のため、だよ。」
「・・・は、はい。ありがとうございます。」
グロウはちょうど空腹を自覚したので、そのまま部屋を出て、食堂に向かった。湯気がたちこめ、食欲をそそる香りに包まれた空間がそこにはあった。




