冒険者集団の撤退
はあはあと息を切らしたグラシオは震える手をなんとか抑えつつ、落ち着けと自分に呼び掛けた。
勝利という二文字を諦めることはできない。東西の城壁に向かった奴等も今頃きっと城壁のなかに入る手段を模索中だろう。
肩や腰は満身創痍、腕も鉛のように重く感じる。それでもなおグラシオは傷ひとつ付かない魔物に立ち向かう。
刃こぼれした剣を強く握り、思いきり地面を蹴る。その足に込められたのは勝つ!という決意。
「紅蓮の剣ぃぃ!!!」
炎を纏う斬撃がトーテムに襲いかかると一気に炎が拡大し、巨大な渦が発生する。魔法剣技はグラシオが最も得意とするもので、なかでも炎熱系は彼の十八番だ。十八番だけあってその威力は凄まじく、地面を黒く焦がし、草花を燃やし尽くした。
今放った一撃は大量の魔力を消費するほどの最大火力の剣技だ。これで仕留められるとは思っていないが、多少のダメージは入っていないとさすがに参ってしまう。
段々と黒煙が晴れてきて、トーテムの姿がくっきりと見えるようになった。
「馬鹿な・・・あり得ない・・・」
グラシオは弱々しい掠れた声でそう言った。
何も変わらない先程と全く同じ姿のトーテムがそこにはいた。
何なんだ、この魔物は・・・
不気味で奇怪で、そして尋常ならざる恐怖を抱く。グラシオの決意など容易に破壊してしまう。小刻みに震える手を背後の仲間達には悟られぬように無意識に抑えていた。仲間達がそれを悟れば全てが終わる。彼らが今も戦意を失わずに戦い続けられているのはグラシオがこうして立っているからだ。支えがなくなれば崩れ落ちるのは当たり前の話。グラシオはそれを心から理解していた。
トーテムはにやにやと笑顔を見せながらグラシオ達を見ている。その目は何を考えているのか検討もつかない。
正門の上で胡座をかきながらこっそりと見ていたタケミカヅチはトーテムの働きぶりに満足そうな笑みをつくった。
実際ちょっとだけ不安だった。トーテムが防壁として破られることはないというのは理解していたが、無視されたときにしっかりと通さないように障壁となり得るのかを。動かない硬い壁ならば無視された瞬間に役目を終える・・・そうならなかったことに安堵したのだ。
「それにしても冒険者っていうのはあんなもんなのか?」
一言でいうと弱い。何人もの冒険者に出会っているが、おおっと感心するようなレベルの冒険者にはまだ一度も会っていない。地域的な問題だろうし、他の国には多くの上級冒険者がいるってことだ。それはそれで楽しみだが、やはりこの地域の冒険者は物足りない。
なおも諦めずトーテムに立ち向かうグラシオの目の前にタケミカヅチは降り立つ。
トーテムに対して剣を振りかぶり、今にも斬りつけようとした態勢でグラシオは手を止める。
「・・・・何者だ?」
「ここの城主さ。それとこっちが聞きたいんたが、あんたらこそ何者だ?」
「俺達はデモテルの冒険者だ。この城を調査するように言われてきた。」
「それは困ったな。ここはもう俺が占拠したからなあ。」
「誰の許可を得てこんなものを造った!」
「許可がいるのか?」
「確かに北方平原はどの町の一部でもない。ただな、危険分子になり得るものを放置しておくほどこちらも馬鹿ではないんだよ。」
タケミカヅチはグラシオの言葉に頷く。自分達が理解できないもの、知らないものは忌避するか、攻撃するかのどちらかを選ぶ。その感情の動線は理解できる。ただし、だからといって築き上げた城に無断で入るような手段を取ることを容認はできない。
タケミカヅチは優しくはない。温厚でもない。むしろその逆だ。武神として数多くの戦乱を招いた厄災と言われたこともある。タケミカヅチの本質は激動だ。
「放置しないのなら、一体どうするつもりだ?」
グラシオは答えることができない。正門すら突破できない者が何を言おうとただひたすらに虚しさが込み上げるだけだ。
「どんな手段を使おうともここを通るのは不可能だよ。」
「何故・・何が目的だ。こんなところに城を建てた理由は何だ?」
「たいした理由はない。ここいらの地域を支配しようなんて馬鹿げた事は考えてないから安心しろ。ま、そんなこと言っても信じちゃもらえないだろうけど。」
「おそらく、他国も黙ってはいないぞ。」
「その前に正式にナバール連合に加入するさ。」
「何だと?」
「あんたはデモテルの人間だったな。ちょうどいい、デモテルの町長に伝えてくれ。今度会いに行くってな。」
タケミカヅチは指を鳴らす。すると地面から粘質を持つ物体が現れ、魔物の姿を形作った。
複数の暗黒サムライを呼び出し、冒険者を攻撃するように指示を出す。ただし、追い詰めすぎて殺さないように加減をしろと注意した。暗黒サムライは軽く頭を下げてから冒険者の方を振り向き、すぐさま襲いかかる。刀を抜き放ち、声にもならない不気味な音を立てている。
「撤退だ!撤退しろ!」
グラシオは苦渋の決断を下す。ここで死んでしまった方が楽なのではと思いもしたが、そうも言ってられない。ここには自分一人だけがいるわけでもないのだ。デモテルにいる多くの冒険者が参加している。しかもデモテルのなかでも実力がある奴らばかりだ。失えばデモテルの今後は悲惨なものになってしまう。
逃げる。恐らく大丈夫。町長に伝えてくれという言葉が本心なら、ここから逃げ切ってくれた方が奴にも都合がいいのだろう。そういう風に考えるしか心の不安を取り除く方法がなかった。
全速力で逃げ出す冒険者を暗黒サムライはひたすらに追いかける。平原を抜け、森林地帯に入ってもまだしつこく追いかけてきて、冒険者達の心を折る。
暗黒サムライはそんな状況を細かくタケミカヅチに連絡していた。もうそろそろかという呟きをした後にタケミカヅチは引き返せと一言だけ発した。
すると執拗に追いかけていた暗黒サムライ全員の動きがピタッと止まる。冒険者達は何があったのか疑問に思ったが、今が逃げ切るチャンスだと筋肉が悲鳴をあげている足を懸命に動かした。
暗黒サムライはそれ以降追ってくることはなかった。息も絶え絶えにグラシオをはじめとした冒険者らはデモテルへの帰路につく。森のなかで二度の野宿の末、朝方にようやくデモテルへと着いた。
成果は何もない。憂鬱さを隠しきれないまま、町へと足を踏み入れると町民らの歓声が聞こえてくる。
お疲れ!
どうだった?!
おかえりなさい、冒険者様!
うわ、やっぱかっけぇ・・・
俺もあんな風になりたいなあ。
普段は聞き流しているような言葉が不思議と鮮明に記憶に残り、見えない傷となってグラシオ達を痛めつける。
そんな彼らの様子は次第に察した町民達から笑顔が消える。何か良くないことが起きたのでは?という頭に彼らの方も切り替わったのだ。
デモテルの中央広場に到着すると町長であるベルトリアも町民と同じように何事かを察したのか、深刻な顔つきをしていた。
周囲にはデモテルで冒険者をしている者達がこれでもかと勢揃いしている。
「・・・・・・ただいま戻りました。町長。」
グラシオは弱々しい口調で言った。
「ああ、ご苦労だった。それでどうだった?」
「城の方はこの目でしかと確認いたしました。ただ正門すら突破することはできませんでした。」
周囲の冒険者にざわめきが広がる。あのグラシオがいても攻略不可能な城・・・A級冒険者以上となるともうS級でなければ対処できないということになる。それはつまりデモテルをはじめとしたナバール連合では無理だということだ。
「そうか・・・グラシオ、お前でも無理だったか。正門を突破できない、というと門を入るのを阻もうとする何かがいたということか?」
「はい、見たことのない巨大な壁のような魔物が行く手を阻んでいました。あれは・・・どうやっても傷ひとつ付かない怪物です。」
グラシオの素直な感想だ。攻撃は一切してこないが、すべてを防ぎきるその硬さはこの世のものとは思えなかった。
「そんな魔物がナバール連合に・・・・これはかつてない危機かもしれないな。」
「はい、そして最も驚いたことがありました。」
「何だ?」
「城の主が姿を見せたんです。」
「何だと!?それは本当か!?」
「はい。何者かと尋ねると自ら城の主だと・・・」
「それでそいつはどんな奴だった?」
「・・・少年でした。なにも特別な感じがない・・・一般的な人族の、少年でした。」
「少年だと?」
ベルトリアが想像していたのは凶悪な魔物。人間とは相反するような姿で、人間を軽く捻り潰す魔の存在。
しかしグラシオから話を聞くと、それは間違った想像だと言わざるを得ない。俄かには信じがたいが、グラシオが言うのだから正確な情報なのだろう。
「その城の主が今度会いに行くと・・・デモテルの町長に伝えるように・・・とのことです。」
「会いに来る・・・だと?どういうことだ、それは。何が目的なんだ。」
「この周辺一帯を支配する気はないと言っていました。本当かどうかもわからないですが。それと正式にナバール連合に加入するとも言っていました。」
「六つ目の町として新たに加入し、ナバール連合の一部になるのが目的ということか。」
デモテル、ロスベルト、レモンネーク、カロリーナ、キロスの五つがナバール連合に加入している町。これに加わるというのはかなりハードルが高い。というより不可能だ。何せ五つの町の町長
の認可、そして何よりも世界連盟の承諾が必要だからだ。
正式に、ということはそういうことだ。
「支配する気はないという言葉を今は信じるしかないな。その人物がいつ来てもいいように準備は怠らないように。」
「はい、了解しました。」
グラシオは東側の城壁に向かったドークスが無事かどうか確認したかった。彼はデモテルにとって貴重な戦力だ。もう一度調査に出るのは気が引けるが、やるしかない。
グラシオは装備を整えて、皆に迷惑を掛けないように今度は一人で出ることを決めた。
ただ、疲れ切った体で森に入るのはさすがに自殺行為だ。グラシオは一度自宅に戻り、寝床で横になった。数秒もしないうちに寝息を立てるグラシオ。相当疲れが溜まっていたようだ。
ぐちゃぐちゃになった感情は今は落ち着きを取り戻している。デモテルを発った時、こんなにも困難なクエストだとは想像もしていなかった。グラシオはエリートだ。デモテルのなかではそういう位置付けだ。そのプライドは二日前に粉々に砕け散り、逃げ惑うただの人族の男と化した。
死にたい気持ちをなんとか堪えつつ、朝を迎えたグラシオは再び森の中へと消えていった。




