ゴブリン王
ゴブリンが集いし、キロス北の森に巨大な大木を切り抜いた洞穴のような空間が存在する。まことしやかに噂されているその空間にはゴブリンを統べるゴブリンの中のゴブリンの王が棲みかにしているという。北の森で魔物が凶暴化したのもこのゴブリンの王が関係しているのではないか、と本気で考える人もいた。一般的にはあまり知られていない噂も森の異変によってすぐさま風のように伝わっていった。
もちろんキロスにいたアルミラの耳にもそれは聞こえてきた。キロスにある数少ない呑み屋で赤桃搾り100%ジュースを飲んでいたときだ。やはり情報というのは呑み屋に集まるらしい。何かの本でそう読んだ気がする。
三流、いや四流の冒険者らしき男三人が頬を赤くして呑んでいるとき、ゴブリン王の話が聞こえてきたのだ。新鮮な響きを持ったゴブリン王という言葉・・・アルミラは一度も聞いたことがない。天界にも多くのゴブリンが生息しているが、その中の頂点はオニゴブリンという稀少種だろう。珍しいといっても一年に何度かはお目にかかることができる存在だ。しかし今聞いたゴブリン王はおそらく言葉通りに考えれば一匹のことを言っているのだろう。ゴブリンの中の王という意味のゴブリン王ならば興味が惹かれる存在だ。
農家を営む老夫婦や宿屋の老婆などと仲良くなり、数日間キロスを満喫していたアルミラに訪れた興味深い話題。それに、森に棲む魔物の異変と関係しているかもしれないというのは赤桃好きとしては黙っていられないことだった。
味わっていた赤桃ジュースを一気に飲みほして、呑み屋を後にしたアルミラはすぐさま町と森の境い目まで移動した。
周囲は静けさに包まれた大農園がお日様に照らされており、日光の気持ちよさに赤桃をはじめとした果実や野菜達が笑顔を振り撒くように実っている。
深い森の奥深くから魔力の一端は感じ取ることはできない。チュチュのお陰でここ数日は魔物が凶暴化することなく、平穏とした日々がキロスに戻ってきている。ただし住民らは未だに夜になると胸騒ぎがしてならないという。またあの毎夜が戻ってきてしまったらどうしようと不安な毎日を過ごしているみたいだ。
アルミラにはよく分からない感情だが、分からないことを否定する気はないので、そういった類いの住民達の話には愛想笑いを向けていた。
アルミラは周囲に誰もいないことをしっかりと確認してから森の中に足を踏み入れる。数日前に森に入ろうとしたときは見知らぬ男の人に見られていて止められた経緯がある。見た目が少女なのでほぼ全ての人が誤解をしてしまうが、アルミラは百七歳だ。・・・・・・まあそれを信じるような人はいないだろうけど。
鬱蒼とした森の中に入ってすぐにサーベルタイガーと出会ったが、穏やかな表情を浮かべて襲ってくることはなかった。
小一時間歩き続けると、血生臭さがアルミラの鼻を刺激した。
「あ、誰か死んでる・・・・・・」
思わず呟いてしまったアルミラの視線の先には血だらけの性別不明の人間が倒れていた。その傍には根元から折れている剣が主を失った状態で地面に置かれている。
その人間が身に纏う鎧はプレートの部分がひしゃげて潰れていた。誰にやられたのかはすぐに分かった。なぜならすぐ近くに黄緑色の肌をもつ小柄な魔物が立っていたからだ。人間が持っていたのであろう持ち物をガサガサと音を立てて漁っている。
ゴブリンだ。いたって普通のゴブリン。しかし騎士が持つような長剣を装備している。
こん棒や鉄斧といった武器がゴブリンの装備としては主流だが、それとは明らかに違う。間違いなくどこかの国の兵士から奪ったものだろう。扱いにも慣れている様子で、知能指数は通常のゴブリンよりも明らかに高そうだ。
アルミラは隠れてやり過ごす・・・なんて考えを一切持たないし、頭の片隅にもなかった。
堂々とゴブリンの前に歩いていき、何故だかニコッと笑顔を浮かべる。ゴブリンにとってはそれは威嚇だと判断されたらしく、長剣を振りかぶり、アルミラに襲いかかってきた。
しかしその鉄の一閃はアルミラに届く前にどす黒い岩のような物体に止められる。その黒岩には傷ひとつ付かず、逆にゴブリンの持つ長剣の刃にヒビが入った。ゴブリンは人間にはよく分からない言葉を呟いた。ただ意味は何となく分かる、たぶん、何だと!!だ。
ゴツゴツとした黒い岩はアルミラのすぐ後ろから出てきている。それはゆっくりと動き出し、アルミラの背丈をはるかに超え、森に生えている木々と同じくらいの高さまで広がった。
ダーク・ゴーレム。
これまたアルミラが編み出した魔法。A級召喚魔法ではあるが、アルミラが考えた魔法のなかでは極めて優しい魔法だと言える。ただしそれと相対するゴブリンにとってはたまったものじゃないだろう。
図体のでかいゴーレムなら機敏で細かな動きにはついてこれまいと考えたゴブリンは今までと少し動きを変える。それを見てアルミラは感心した。ここまで頭を使うことのできるゴブリンは初めて見たと。
「おおお、これはすごいね。チュチュだったら手放しで誉めてくれるんじゃない?・・・・まあでもそう上手くは行かないよ。」
ゴーレムは目玉を動かし、ゴブリンの動きを捉えようとする。右手から攻めてきたゴブリンの姿を視認すると、巨大な身体とは裏腹なスピードでゴブリンを鷲掴みにした。
とてつもない握力でいとも容易く潰すことも可能だが、アルミラはそう命令しなかった。
「あんたの主のところに連れてってくれない?」
ゴーレムの手のなかでもがいて、どうにかして出ようと試みるが、全くびくともしない。アルミラの問いに応える気はないように見える。
ゴブリンは人間の言葉を理解する魔物だと言われているし、身ぶりでイエスかノーくらいは表すのでは?と思ったのだが、とんだ見当違いだ。
面倒だが、自力で探すしかないようだ。
アルミラがゴーレムに殺していいよと命令を下そうとしたところで、低めの荒々しい声がアルミラの鼓膜を揺らした。
「・・・・・・わがった、案内ずる・・・だがらばなしてぐれ。」
苦しそうな様子で目の前のゴブリンが言葉を話したのだ。それも人間が扱う言語を。これにはアルミラも絶句した。魔物が人間の言葉を喋るなど聞いたことがなかった。神下のなかにも魔物はいるが、言葉を話す奴は一人としていない。言葉を理解するなら出来ているが、話すとなると絶対に不可能だろうと思っていた。
「何で人間の言葉喋れるの?」
あまりに驚いて、アルミラは直球な質問をゴブリンに向かって投げた。
ゴーレムによる拘束が緩み、ゴブリンは多少楽になったみたいで、表情から険しさが無くなった。
「陛下に教えていただいたからだ。」
陛下?ああ・・・ゴブリンの王様のことか。この北の森を棲みかとする伝説上の魔物。やっぱりいるんだ、ゴブリンの王様。
「じゃあその陛下とやらに会わせてよ。」
嫌だなんて言ったら殺されるのはゴブリンにも分かっているので、首を横に振ることはできない。王への忠誠心はある、けれどそれ以上にまだ死にたくなかった。それが表情にも現れていて、ゴブリンにも生への執着があるんだと新鮮な気持ちになった。
「分かった。陛下のもとへ連れていこう。ただひとつ頼みたい・・・陛下に危害を加えることだけはしないでほしい。」
「う~ん、それは陛下さんが私の嫌いな感じじゃなければね。」
ゴブリンの懇願を聞き入れる気などさらさらない。アルミラに対して何かを願うのは無意味だ。彼女は気分屋。食べたいときに食べて、殺したいときに殺す、恐怖の自由人だ。
約束できないなら会わせられないとも言えず、ゴブリンはアルミラを先導する。
ゴーレムは消失して、少女が一人付いてきているだけの光景に見える。このまま隙を見て殺せるのではという思いが湧いてきたが、すぐに無理だろうという結論に至る。少女が何者なのかは知らないが、隙を見ることさえできない。常に周囲に気を配っている感じがする。
ここは大人しく陛下のもとに連れていこうとゴブリンは思った。
アルミラとゴブリンの邂逅の後、しばらく歩いた先に丸太で作り上げた簡素な門が待ち構えていた。
手作り間が満載のそれを潜るとゴブリンが虫のようにうじゃうじゃと生息していた。
肉や魚を食べるゴブリン、ちゃんばらを楽しむゴブリン、昼寝をしているゴブリン、酒を呑み交わすゴブリン。多種多様なゴブリンがいて、人間社会と同じものがそこにはあった。
彼らはアルミラを認識するとすぐに攻撃性を増して、近くにある武器を構える。今にも襲ってきそうな仲間達をアルミラを先導してきたゴブリンが慌てて宥める。
「お前ら、待つんだ。待ってくれ。この人を陛下に会わせたいんだ。」
「何故人間ごときを陛下に会わせる必要がある!血迷ったか、ダン!!」
アルミラはそこで初めて先導してくれたゴブリンの名前を知った。ゴブリン一匹一匹にも名前があるんだと思うと本当に人間と変わらないなと感じた。
「すまん!この件については後で謝る。いや謝るだけじゃないな。責任はしっかりと取る。だからお願いだ、この通りだ。陛下に会わせてくれ。」
ダンの切羽詰まった懇願に仲間のゴブリン達は一斉に戸惑いを見せる。彼の背後にいる少女は普通の少女ではない。ゴブリン達にはアルミラの存在が不気味に感じられているみたいで、彼女を忌避するように皆が皆、道を開けていく。
誰にも邪魔をされることなく、ダンとアルミラはゴブリンの王様がいる大木を切り抜いた洞穴に足を踏み入れた。
その姿をアルミラはすぐに視認した。ゴブリンの王様の姿を。
赤と黄で鮮やかに彩られた高級感溢れる椅子に腰を掛けているのはゴブリンだ。大きさは通常のよりも巨大で、おそらく種類としてはオオゴブリンに属されるのだろう。
アルミラがゴブリン王を観察しているとダンが片膝をつき、頭を下げた。そして少し震えた声で慎重に言葉を選んで喋り始める。
「・・・陛下。陛下にどうしても会いたいという者を連れて参りましたので、何卒面会の許可をいただけないかと・・・」
「ダンか・・・構わん。その後ろの者か?」
「はい、その通りでございます。」
ひれ伏すダンの横を通りすぎて、アルミラはゴブリン王と相対する。ゴブリンには似つかわない威厳な風格を兼ね備えている。上に立つ者としての責任がこのオオゴブリンを変えたのだろうか。側に仕えているゴブリンも王様と同じオオゴブリンだが、目付きの鋭さも佇まいも全てが違う。
「我に会いたいと懇願したのはお主か。まだ少女・・・いや少女にしては少し・・・」
「え、なに?大人っぽく見てる?」
「いや、瞳の奥に宿る光に歴史を感じてな。」
「へぇ、そんなことが分かるの?」
アルミラは感心したように何度も頷いた。
「お主、普通ではないな。普通とはかけ離れた存在・・・・」
ゴブリン王の目力が強まり、アルミラの存在を測る。
「あんたの普通がどんなものなのか知らないけど、たぶん普通じゃないかもね、うん。」
「我に何の用だ?」
「う~ん、ゴブリンの王様っていうのに会ってみたかったってだけだったから、特別何か用があるかって言われたら・・・う~ん・・・あ、そうだ!森の魔物の異変について何か知ってる?」
「我も困っていたのだ。ここ数日の魔物の変わりように。我が里の兵士達のお陰で被害はなかったがな。」
「そっか。じゃあ誰の仕業かは分からないんだね。」
「ああ、分からない。ただ異変は数日前に収まったのは確認している。」
「うん、これが原因だったみたいなんだけど。」
アルミラはゴブリン王に向かって何かを放り投げた。周囲があたふたしているのをよそにゴブリン王は飛んできた物体を掴み取った。
ゴブリン王も見たことのない魔導装置だった。
「これは?」
「木に取り付けてあったみたいだよ。この中に魔物を操る魔法が込められてるらしいけど。」
「ほう、それが原因で魔物が凶暴化したということか。それは良い情報を頂いたな。感謝するぞ。」
「これを取り付けた奴がまたキロスの農園を荒らしたりすると困るんだよね。」
赤桃の被害が出ないならばアルミラが求めるものは何もない。
「情報のお礼にお主の力になりたいと思う。この森で何か不審なことがあれば・・・ん?」
突然、ゴブリン王とアルミラの間に時空のねじれが生じた。アルミラの仕業ではないが、この現象が転移魔法によるものなのは一目瞭然だ。となるとこの魔法を行使した存在はアルミラも知っているエルフの魔導士に違いない。
「いやーやっぱり早いな、転移魔法は。おう、アルミラ、なんか久しぶりだな。」
「タケミカズチ様、何でここに来たんですか?というか何で私の居場所分かったんですか?」
「チュチュの能力に頼った。」
アルミラもそれだけでピンと来た。チュチュの固有能力、契約を使ったとみて間違いない。
人間や魔物などの生を宿す存在を追跡する能力。契約を発動させるにはチュチュが存在を視認して、かつ一度でもいいから触れる必要があると聞いたことがある。
・・・・う~ん、いつ触れられたのかな?
チュチュからアルミラに近付いてくることなんて滅多にない。あるとすれば止むを得ない事情がある。別に触られたくないわけじゃないが、チュチュにはもうアルミラの居場所は掴まれているということ。
あんまり勝手なことはできないかも。
「おお、あなたがゴブリン王か。」
「我を知っておるのか?」
「部下の方から聞いているよ。俺はタケミカズチ。城塞都市ノームの総帥を務めている。」
「ノーム・・・聞いたことのない都市だな。」
アルミラもゴブリン王と同じ反応をした。ノーム?何それ?
「ああ、知らないのも無理ないだろうな。ちょうど二日前に築き上げられた都市だからな。」
「え、何ですかそれ。知らないですよ?」
「お前が戻ってこないから悪いんだろ。城壁の中を一つの町のようにした。今日からあそこは城塞都市ノームという名前だ。」
「はあ、何でノームな・・・あ、タケミカズチ様のペットの名前だ!」
「おいおい、声がでかいぞ、アルミラ。それにペットじゃない、ノームは天界の城を守る見張り番だ。」
土の精霊、ノーム。チュチュが飼っていた精霊が何故かタケミカズチのもとを離れなかったため、城の見張り番に任命して、世話をしていた。その精霊の名前を取って、下界の本拠点を城塞都市ノームとした。
タケミカズチは我ながらあまりセンスが良いとは言えない気がした。
「そのノームとやらはどの辺にあるのかな?」
「北方平原のど真ん中に造られてるよ。見たらすぐわかるほど堅牢にね。」
ゴブリン王も北方平原が誰の所有地でもないことを知っていたのか、うんうんと数回頷きを示した。
「面白いな。だが、黙っていないのではないか?」
「ん、何が?」
アルミラが首を傾げているところにタケミカズチがその疑問に口を開く。
「ナバール連合に属する他の町が、だろ?そこはこれからだな。まあ出来れば仲良くナバール連合の新参者としてやっていきたい気持ちではあるが。」
ゴブリン王の見透かす瞳でも目の前にいる少年と青年の中間の容姿をした者の内面を推し量ることは不可能だった。何も見えない真っ白なイメージがぼやーっと頭に浮かぶだけ。
思わずゴブリン王は苦笑する。
「そうか・・・我ごときでは本質を見ることさえできないか・・・」
今まで見たことのないゴブリン王の表情に部下のゴブリン達は戸惑いを隠せないでいる。
「・・・・それでお主、いやタケミカズチがここに来た理由は何だ?」
「ああ、ゴブリンの耳が欲しくてな。」
「耳か・・・薬にでもするのか?」
「お、よくわかるな。うちの部下がゴブリンの耳を大量に欲しいらしくてな。ちょうどアルミラがいるところにゴブリンの里があるって噂を耳にしたし、ちょっと探してみようかと。」
「総帥自らが動くとはな。」
「ああ、あんまり黙ってるのは好きじゃないんだよ。」
「お主の欲しいゴブリンの耳だが大量にとなると、今から部下の耳を切っていかなくてはならなくなる。」
「今すぐに、ってわけじゃないんだ。ゴブリンは周期で耳が生え変わるだろう・そのタイミングで古い耳をもらえたらなと思ってるんだ。」
「おお・・・そういうことだったか。すまないな、早とちりをしてしまった。それなら構わない。ただ・・・」
ゴブリン王の言葉の続きをタケミカズチは静止した。
「分かってる。ゴブリン王、あなたが欲しいものを教えてくれ。それとゴブリンの耳を交換しようじゃないか。」
タケミカズチの提案にゴブリン王は腕を組み、少しだけ考える。
「・・・よし分かった。お主たちからは武器をもらいたい。ゴブリンでも扱える硬質な武器を。」
「武器の種類はこれからの話し合いで検討するとして・・・こっちは大丈夫だ。」
「武器を約束してくれるなら、我の方も承諾する。」
「おっし。これから長い付き合いになるかもしれないけど、よろしく。ゴブリン王。」
「ああ、よろしく。最後になったが、我の名前を教えよう。次からはこう呼んでくれ・・・バッハメインと。」
「よろしくな、バッハメイン。」
タケミカズチとバッハメインは同時に笑顔を浮かべた。細かいことについては追って話し合おうと約束し、タケミカズチはアルミラを半ば強引に連れて帰った。一言も発さず、後ろに控えていたリリフの転移魔法で一瞬にして三人は消え失せた。
周囲のゴブリン達はこれまで起こった出来事に反応することができず、ただただ呆気に取られていたが、三人がいなくなっても彼らの口数が増えることはなかった。
ただひとりだけ・・・・・・ゴブリン王バッハメインだけは冷静な様子でリリフの転移魔法に舌を巻いていた。




