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武神は異世界を闊歩する。  作者: カケル
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ここがいい、ここにする?

ロディバ山の麓の宿屋に朝日が当たり、仄かな暖かさを運び始める。

ここから見える山の景色はそれはもう広大で迫力に満ちていた。天界にも巨大な山は存在しているが、下界の方が吹けば飛んでしまうような、か弱い自然が生息している気がする。

タケミカヅチ、リリフ、ミミの三人は宿屋を出た。

山を上ることなく、麓から沿うようにして歩き始める。草木、そして色とりどりの花たちが連なり、人族の目にはそれが保養になる。風邪が気持ちいいし、花の香りもかぐわしい。今日は下界に来てから一番の朝かもしれない。

そんな気持ちよさを邪魔するように森林の方から魔物の咆哮が轟いた。昨夜聞こえていた魔物のものと同じだとすぐに理解できた。それくらい特徴的な鳴き声だった。


「あー、なんか厄介事が起きそうな予感だな」

 朝から面倒臭い戦闘だとしたら憂鬱になる。昼まで待って欲しいものだ。

「ふふふ、いいじゃないですか。ミミが見てきますね!」

うきうきした気分を隠すことなく、ミミは魔物の声が聞こえた方へ跳んでいった。


「あんまりいじめんなよ~?」

 

「は~~い」


走り去っていくミミは手を上げてタケミカヅチに答える。


「朝から元気だなー、ミミは」


「タケミカヅチ様、これからナバール連合の北方平原に向かうにはやはり山を越えた方がいいのではないでしょうか?」


「そうしたいんだが、人族の俺の体が恐らく持たないぞ」

兎人族のミミ、魔導士のリリフ、彼女ら二人は山越えは楽勝だろうが、下界のタケミカヅチは違う。かなり厳しいと言わざるを得ない。


「私の魔法で・・・」


「いやそれはやめておこう。俺も少しリリフに甘え過ぎていたかもしれない。それに非力な存在がどれくらい生きるのが難しいのか・・・よく知れるチャンスだしな」

 人族の身体の限界を知っておきたい。タケミカヅチが下界で活動していく上で最も未知なる部分がこの肉体だ。基本的に人族がひ弱なのは知っている。けれどもそれは知っているだけで実感したことはない。人族の身体で生活をする機会など天上界にいた時には決してなかったことだからだ。ただし今は違う。タケミカヅチは下界では人族の器を使用している。これは好都合だと考えた方がいいだろう。

「・・・わかりました」


 ドゴオオオオオオン。ミミが走っていった方向から爆発音が聞こえた。

 何が起こったのかなんとなくの予想はつく。朝食を口にしていない分、その一時的な飢えがミミを突き動かしているのかもしれない。


「ミミの奴、暴れてんな」


「小鳥が飛んでいってますね」

 リリフは空を飛んでいく鳥の群れに視線を向けた。数羽の小鳥が空に浮かぶ白い雲と重なり合っている。

「飯にありつけると思ったんだろうな」


「さっきの鳴き声からしてかなり大型の魔物です」


「あいつの食欲はとんでもないからな。リリフ、火の準備だけしといてくれないか?」


「はい、了解しました」


 タケミカズチとリリフは歩みを進めはじめる。

 数分後には木々を蹴り飛ばしながら巨大な魔物を抱えたミミが二人のもとに駆けてきた。

 抱えていたのはでっぷりと肥えた赤目の猪だった。タケミカズチも見たことがある魔物だ。ということは天界にも存在しているということ。

「コングボアか。食べるにはうってつけの魔物だな」


 寝る前に聞こえた魔物の鳴き声はコングボアのものだったのかとタケミカズチは納得した。


「ミミが半分もらってもいいですか?」

 

「ああ、問題ないよ。というか俺らはそんなに食えないからな」


「火の準備はできてます」

 リリフは人差し指から炎を放ち、ミミが蹴り飛ばした大木を燃やす。

 

「よいっしょ、と!」


 燃えていくコングボア。脂が焼ける匂いが周囲にたちこめる。美味そうな匂いだ。人族の身体になって食というものに興味を抱いた。天界ではリリアスをはじめとしたメイド達が神下に料理を振舞っていた。天界でのタケミカズチは食欲とは皆無の生活だったため、ほとんど食べたことはなかった。この人族の姿であればリリアス達が作った料理をおいしいと感じられるのだろうと思うと少しあこがれる。


 コングボアの肉を口に入れる。・・・美味い。肉の脂がしつこくなくて、ほんのり甘い。まさに絶妙な味。そんな感想を心の中でしてしまうほどに食事が好きになっていた。

 タケミカズチの対面ではミミがものすごい勢いで肉をほうばっていた。兎ではなくてまるでリスのように食物を頬に詰めている。誰も取らないから安心しろと言っても首を振るだけだ。


「リリフ、北方平原までは歩いて二日くらいで着くか?」


「そうですね。少なくとも二日は掛かると思います」


「了解。まあ気楽にいこうか」


 その間に神力も溜まっていくだろうからアルミラを余裕で呼び出せるくらいにはなるだろう。現段階でも可能だが、動けなくなっても困る。

 三人はまた歩みを進める。


 ミミの何気ない話や人族の身体の疲労と付き合いながら人が足を踏み入れていないような未開拓な道を進んでいく。ミミは常に魔物の警戒は怠らないし、リリフの万能感はまさに神級といってもいい。いや迷惑を掛けまいと思っても結果的に二人におんぶにだっこの状態になってしまっている。やはりまずは神力不足をどうにかしたい。アルミラの錬成黒魔術でどうにかなればいいのだが、どうにかならなかった時のことも考えなければならない。実際のところ、どうすればいいか何にも思い付いてはいないのだけど。


 魔物が何度か襲ってきたが、たいしたトラブルもなく、二日間の歩みを終えて、タケミカヅチ達はナバール連合の北方平原へと到着した。

 広大なる大地が四方に永遠と広がっているような錯覚に陥る。平原というだけあって大地の高低差も少なく、遠方まで見渡せる。逆に考えれば障害物が全くないので隠れることはできなさそうだ。


 二日間の踏歩のおかげというか、せいというか、身体は筋肉痛というやつに悩まされている。つくづく人族の身体は不便だと感じる。感受性が豊かなのは利点だが、どうしてもひ弱なところが目についてしまう。まあ文句を言っても仕方ないか。タケミカヅチはさっそく神下の呼び出しを始める。


右手を地面に。祈りを込めると神力が溢れ出てきた。

濃密な生気を放つ光の衣が現出し、何かの存在を生成していく。命が具現する瞬間がそこにはあった。

天上界と下界を繋ぐにはそれ相応の神力が必要だ。命を移動させるにも膨大な神力がいる。何をするにしても神力は欠かせないものなのだ。


タケミカヅチはふうと大きく息を吐いた。

「よし、成功。いやきついきつい」


「お疲れ様です、タケミカヅチ様。久しぶり、アルミラ」


「・・・・・・ん?お主はミミではないか。何でこんなところに」

紫紺のローブを身に纏った紅の瞳の少女が平原に生まれ出でた。見た目だけで判断すると齢は十代、ミミよりは年上に見えるくらい。

けれども実際は百七歳。アルミラは人族ではないのだ。彼女は天上界を含めてもたった一人しかいない屍人族バティラだ。


 屍人族バティラはおよそ百年前まで存在していた天上界の過少民族。天使族と悪魔族の大戦争に巻き込まれ、存在を消された悲劇の民族で、その生き残りが唯一、アルミラだけだった。

それからタケミカヅチの神下として加わるので、ミミよりも神下としてはだいぶ後輩になる。言葉遣いは完全なるため口だけど。


「久しぶりだな。アルミラ」


「あれ?お久しぶりですね、タケミカヅチ様。あれなんで耳を引っ張るんですか怒ってますもしかして」


「当たり前だ、お前が押したせいで何の準備もなしに下界に降りることになっただろう!」


「ああいうのは勢いが大事なんですよ。現にまたこうして会えたし、元気にやってそうですし。めでたし、めでたし、でしょ?」


あははと反省なしの微笑を浮かべるアルミラにリリフは強い戸惑いを感じていた。武神タケミカヅチに向かってこの態度・・・他神の神下ながら信じられないものがあった。本当に大丈夫なのだろうか。


そんな不安を募らせたリリフの視線に気付いたのか、アルミラがふとリリフに視線を向けた。

「?・・・あ、お主はククノチ様のところの魔導士リリフではないか?」


「ええ、そうです。リリフと申します。よろしくお願いします」


「他神の最上級神下筆頭に会えるなんて、これはラッキーな巡り合わせだ、うん」

どういうところがラッキーなのか分からないが、リリフに対しても好意的で安心した。アルミラが変わり者だというのは聞き及んでいたが、この短時間でもその印象は色濃く残った。


「相変わらずの順応の早さだな。まあいい。早速だが、お前を下界に呼んだ理由だが・・・・」


「タケミカヅチ様、この私が分からないとでも思いますか?」


「分かるのか?」


「神力不足に悩んでいる、でしょう。」


図星だ。タケミカヅチは素で驚いた表情を浮かべた。


「よく分かったな」


「そりゃあ分かります。器を造り出して、その姿で下界に行くとなると本来の神力の雀の涙程度しか下界には遅れないだろうなとは思っていたんです。ずっと心配していましたよ、そのことについて」


なおもアルミラの話は終わらない。


「だからタケミカヅチ様が下界へ降り立った後、どうすれば下界でもとの神力、もしくはもとの力と同等の量を下界でも得られるかを考えました。そして方法を考え付きました。」


「マジか!あるのか、方法が!?」


「ええ、だから下界に呼ばれるのを今か今かと待っていたんです」


「そうか、それはありがたい!それでどうすりゃいいんだ?」


「その前に・・・押したことを許してくれますか?お仕置きはなしってことにしてくれないと教えるものも教えられません」


「ん?ああ、分かった。許す許す。お仕置きはなしだ」


タケミカヅチがそう言うとアルミラは見えないように小さくガッツポーズをした。


「方法ですが、やはり錬成黒魔術を使うことになります。」


「ああ、だろうな。」


それはタケミカヅチも予想していたことだ。ただ錬成黒魔術がどこまで出来るのか定かじゃない。


「錬成黒魔術で小さな天界を造り出します。」


「天界を造り出す?」


「はい。壮大な感じに聞こえますけど、そんなに難しいことじゃないです。狭い範囲ですけど天界と同じ環境を生み出せば、おのずと神力も天界と同じ状態になると思います」


天界の環境は下界とは大きく異なるのは確かだ。天界には空気中に神子しんしという目には見えない聖なる物質が漂っている。これが神力を生み出す助けとなると言われている。タケミカヅチも天界でどんなに神力を使っても枯渇しなかったのはこの神子のおかげであることは知っていた。

残念なことに下界にはそれが一切ない。存在していないもの、しかも目に見えない空気に混じっている粒子を錬成など出来るのかというのがタケミカヅチの感想だが、アルミラがやろうとしているということはそれなりの確証があるのだろう。


タケミカヅチが横を見るとミミはちんぷんかんぷんな状況、そしてリリフは深く感心している様子だった。


「場所も広いし悪くないですね。さっそくやってみます」


アルミラが念じるとすぐに蠢く黒い焔が地面に現れて何やら見たこともない魔方陣を描き始めた。

数秒で書き終えた魔方陣は凄まじい勢いで火力を強めると、一気に巨大化する。

タケミカヅチ達の足元でも黒い焔が燃えている。見た目に反してこの黒炎は熱くない。黒魔術の儀式はこの専用の炎でないと成功しないと以前アルミラが話していたのを思い出した。


燃え尽きた下のように黒い焔が消失するとその跡に黒い墨のような線が刻まれる。半径500メートルを超える大円の中心にタケミカヅチ達は立っていた。


「この円のなかだけは天界と同じ環境にしました。なのでこの円内なら神子が存在します」


アルミラの言葉がすぐに真実だと証明されたのはタケミカヅチの体にふつふつと力が沸き上がってきたからだ。

この力はまさしく神力。まだ数日前のことだというのに不思議と懐かしく感じた。


「今なら大多数の神下を呼べそうだ。でもまずは拠点を造らねえとな」


「ここに造るんですか?」


「そりゃあそうだろ。ここに錬成黒魔術を作用させたんだから」


「まあ、私はどこでもよろしいですけど。周りに何にもなさそうだし、敵が攻めてこなさそうなのがちょっと不満ですけどね」

アルミラには戦いが好きだと思われやすい言動が多々あるが、正確に言えば、彼女は騙すのが好きなのだ。騙したときの相手の反応を見て、大いに笑うのが趣味なのだ。


「でも人間の社会が成り立ってる場所に造るよりはいいんじゃない?」


「ま、下界の臭いが強すぎるのも嫌ですから我慢しましょうか」

 ミミの言葉にアルミラも納得した様子だった。

「ま、とりあえず創造するぞ。神城を造るには一日くらい掛かるからな。そこは勘弁してくれよ?」

 いくら神力が漲ってくるからといって、まだ本来の量には足りていない。無理やり造ってぶっ倒れました、じゃ話にならないしな。


 タケミカズチはその場に胡坐をかく。この円の中ならば自由に動き回っていても、じっと座っていても神力の回復量は変わらない。それならばとタケミカヅチはただ純粋に待つ選択をした。余計に疲れる必要はない。


「じゃあミミは夕食の調達に行ってきますね」


「お、なら私もついてく。お主一人じゃ心配だからな。いいですよね、タケミカヅチ様?」


「ああ、好きにしろ」


ああ見えてアルミラは下界に来て、気分が高揚しているのかもしれない。未知なる世界に降り立ったのだからそれも当たり前のような気はするが。


「リリフ、タケミカヅチ様をお願いね」


「ええ、わかっています」


ミミとアルミラは仲良く?平原の向こうにある森林へと走っていった。

「元気だな、あいつら」


「そうですね」


タケミカヅチとリリフは二人の後ろ姿を眺めながら思わず苦笑した。












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