デモテルに行こう。
キマイラを一撃で屠ったタケミカヅチはミミとリリフと共にカロリーナの中央広場へと戻った。キマイラは本当にそこにいたのかと疑ってしまうくらいに跡形もなく消え去った。止まった時が動き出したかのように街は次第に喧騒を取り戻し始める。
中央広場にいた住民はリリフの魔法で洗脳を解かれた。彼らは洗脳されていた時のことをなにも覚えていない。そのため、中央広場には普段と変わらない景色が戻っていた。もちろん多少の混乱は見られたが、切迫する状況ではなかった。洗脳の魔法は多種多様に存在し、もしかしたら今までも住民の意思は勝手に操作されたりしていたのではないかという不安と疑問が残る。
キマイラを倒したことで、これにて一件落着なんてことにはならず、ミミが疑問を呈する。
「ギルド長はどこにいったのかな?あいつが黒幕でしょ?」
「ブライアン ステーシャルとかいう名前だったか?」
タケミカヅチが思い出すように言った。
「聴覚強化で探せないのか?」
「さっき使ったばかりなんです。こいつを探すために」
ミミがよっこらしょと地面に放り投げたのは人間だった。カロリーナの副ギルド長であるエリック スターダムだ。キマイラを召喚させた後、姿が見えなかったが、召喚時のあまりの衝撃にどうやら気絶してしまったようだ。
「仕方ないな。聴覚強化は半日に一回くらいのペースじゃないと使えないんだったか?」
「そうですよ。あと十時間以上は使えないです。もし使ったら三日は寝込みます、はい」
副ギルド長がキマイラを呼び寄せるような禁じ手をしてきたということはギルド長が何をしてくるのか、想像するだけで面倒な展開が透けて見えてくる。
タケミカヅチは露骨に嫌な顔をしてから切り替えて、リリフへ尋ねる。
「他に町長と副町長も行方不明か?」
「はい、広場で姿を見てから、一度も現れていません」
中央広場でギルド長、副ギルド長、町長、副町長の四人が勢揃いしていた。それから見ていない。それにしてもその四人が全員この一件に関わっているとなるとカロリーナの未来は危ぶまれる。
「俺の予想を言っていいか?」
「はい」
ミミとリリフは真剣な表情でタケミカヅチの方を見る。
「行方不明の三人はおそらくカロリーナにはいない。この町を出たのだと思う」
「それは、何故でしょうか?」
「逃げる……単純な理由だが、まずそれがひとつだ。そしてナバール連合の他の町に俺達の討伐を依頼するだろうな」
「私たちのことを町長たちを襲った危険人物だと思わせて、処分しようという魂胆ですね。彼らの非道を知るのは私たちだけですから」
住民達はカロリーナで何事もなかったかのように平和に暮らしている。この町を統治する人間が悪に手を染めたなど考えてもいないだろう。
たとえ知らせたとしても鼻で笑われて終わり。信じる者など皆無だろう。そう考えると洗脳を解いてもマイナスにならないというだけで、決してプラスにはならない。
「向かったのはおそらくデモテルの町だろうな。聞くところによるとあそこはナバール連合の中でも冒険者のレベルが高いと聞く。それにどんな依頼でもこなすのがモットーらしい」
冒険者ギルドにいた話し好きの冒険者のおじさんに聞いた話だ。タケミカヅチがおじさんを持ち上げるような言葉を口にしたら、ナバール連合について様々なことを教えてくれた。
ナバール連合はカロリーナ、デモテル、レモンネーク、ロスベルト、キロスの五つの町から構成されている。一つ一つの町ではすぐに大国に支配されてしまうと考え、五つの町がそれを阻止しようと手を取り合った結果生まれたのがナバール連合らしい。
五つの町の関係性は良くも悪くもない。俺達はナバール連合だ!と周囲の国々に向けて言っているだけなので、町同士の交流が以前よりも劇的に増えた・・・なんて事実はない。もちろん月に一度、それぞれの町の町長が顔を合わせ、町の内政や軍事面について意見交換する会議は開かれているが、それも形式上の話。上っ面の話をただ聞くだけの集まりだ。参加する全員がそれを理解している。
そのなかでもナバール連合に所属しているデモテルという町は冒険者稼業が盛んらしい。キロスが農業などの作物を周辺地域に出荷して資金を得ているのだとしたら、デモテルは冒険者の貸し出しで多額の資金を得ているのだ。
ナバール連合の地域内部に強大な魔物が現れたとしたら、全ての町が共通して考えるのがデモテルへの報告だろう。キロス以外の多地域には冒険者が少なからずいる。カロリーナには冒険者ギルドがあるし、ロスベルトには闘技場があるので、そのためだ。
ただデモテルの冒険者に対する力の入れようは他とはやはり違う。デモテルにも冒険者ギルドがあるが、カロリーナのように平和的なものではなく、殺伐とした空気が漂う場所だ。誰もが高ランクのクエストが張り出されないかと意識を向けている結果、そんな雰囲気が醸し出されているのだ。その場に耐えられなくなった者や実力が足りないことを思い知らされた者がカロリーナを含めた他の町に活動拠点を移動しているため、自ずとデモテルが冒険者の町と呼ばれるようになったらしい。まあ単純な話、ナバール連合で最も強い奴らが集まる場所ということだろう。
そんな話を聞いて、カロリーナの冒険者ギルドのギルド長や町長らが向かうとしたらデモテルが最も可能性が高い、とタケミカヅチは思った。デモテルの冒険者は受けた依頼の善悪を無視して、報酬のためならば文字通り何でもする。そんな奴らに頼るのは至極当たり前のように思える?
タケミカヅチの予想について異議を唱える者はいない。ぶっちゃけ神力を使えば見つけ出すのは容易だ。しかしそれをすれば間違いなく再びベッドの上に戻ってしまう。
ミミもリリフも使う必要はないですと真剣な口調でそう言ってくれたし、今回はやめとこうと思う。二人に何度も世話をさせるのもさすがに悪い。
「なら早速デモテルに向かっちゃいましょう!」
ミミがやる気に満ちた表情でデモテルの方向を指差した。
「そうですね。できるだけ早く向かった方がよろしいかと」
リリフもミミに同意した。
タケミカズチは二人に頷きを返して、三人でデモテルへと向かい始めた。
と、その前にタケミカズチは神力をほんの少しだけ解放した。目の前に神力が生命を形作る。具現したのはタケミカズチ従属の暗黒丸。数体の侍のような風貌の魔物が地面に横たわるエリック スターダムを体に呑み込む。腹部が液体状になっているため、拘束するために天界ではこの暗黒丸をよく使ったものだ。神力を無駄にしないようにするため、下界では使用は避けていたが、今回は使おうと思う。
暗黒丸はエリックを呑み込んですぐに地面と同化するように消えていった。
「よし、今度こそ向かおうか」
デモテルに行くために三人はカロリーナで馬車に乗った。お金の面は今のところリリフに任せっきりだが、そのうちお金は稼ぐ必要があるだろう。資金不足は何かと不便だ。
地面の凹凸でガタガタと揺れる馬車に乗りながらカロリーナから北に位置する平原を移動する。
カロリーナとキロスの距離よりは遠いが、何時間も移動するほどじゃない。平原から見える外の光景に飽きる前にデモテルの町に到着した。
馬車から降りてお金を支払うと、馬車の運転手は逃げるようにデモテルから立ち去った。
降り立った瞬間からカロリーナよりも重苦しい空気が伝わってくる。
デモテルの町に入るには目の前に見える石の大門を通らなければならない。巨石を積み上げて作られたその門がデモテルの象徴でもある。多くの冒険者の協力を得て、運ばれた巨石らしく、まさに冒険者の町といったところか。
タケミカズチ一行とは別に多くの冒険者らしき人々が門番と何やら話をして、石門を潜っていく。
ギルド長や町長の姿はその中にはいない。どうやらもう石門を通過したようだ。
「こういうのは正面から堂々と入った方がいいんだろうな」
「そういうことだ」
タケミカズチの言葉に反応したのはリリフでもミミでもなかった。見覚えのある顔、名前は何と言ったか……確かテレス。そうテレスという名前だった気がする。
「テレス!どうしたの?こんなところで!」
ミミは驚きを露わにする。
「あんたらを尾行してきた……ってのは嘘だ。俺もデモテルに用があってな」
「ひょっとしたらそれ、同じ用事かもな」
タケミカヅチがそう言うとテレスは軽く頭を縦に振った。
テレスもまたギルド長がデモテルにいると踏んで、ここに向かってきたようだ。
そしてテレスは石門の方を見やり、任しとけと三人に告げると、一人で石門の前にいる門番に近付いていった。
「よお……久しぶりだな、シャック。また門番の依頼こなしてんのか?」
気軽に話しかけてきたテレスに怪訝な様子だったが、すぐにシャックと呼ばれた男は晴れやかな顔をした。
「お前……テレスか?」
「そうだよ。久しぶりだなあ、ほんと」
「ああ、元気だったか?」
二人はがっちりと握手を交わす。冒険者同士の手は傷だらけで、今までやり遂げてきた依頼の壮絶さが物語っているようだ。
「もちろんだ。シャック、お前はどうだ?」
「まあぼちぼちってところだよ」
その目にはもう野心に満ちた色は感じ取れなかった。かつてのシャックはデモテル最強の冒険者になると豪語していたものだ。
「こっちに来ないのか?」
「カロリーナか?」
冒険者がデモテルから離れた場合、その理由は一つ。冒険者同士の競争に破れたことだ。
「ああ、デモテルでやれることはやっただろ?」
「……何も勝ち取れなかったけどな……生きるだけで精一杯だったよ」
深く溜息をついたが、もう慣れた様子でシャックは空を見上げていた。
「それで、お前は何しに来たんだ?」
「デモテルに入りたいんだが、いいか?ちょっとした防具が欲しくてな」
「ん?ああそれは構わないが。カロリーナにはない防具か……また高い金を払うことになるぞ?」
「承知してるよ。連れもいるんだがいいか?」
「連れ?」
テレスは軽く親指で連れがいる方を差した。シャックは三人の人間を捉えた。しかも三人中二人は女だ。
「何だ?新米の冒険者に防具の選び方でも指南しようってわけか?」
「ああ、そんなところだ。カロリーナじゃ大したものは売ってないからな」
「デモテルに比べればな。おう、通っていいぞ。お前なら調べる必要ないからな」
「おう、すまねえな。ありがとよ」
テレスはシャックに笑いかけてから、ほら行くぞと下の者に向けた態度で三人を呼んだ。自然な演技にタケミカズチは感心した。だから三人もできるだけ見慣れない環境に小さくなっている演技をした。それも見事に嵌ったようだ。
デモテルの巨石の門を通過し、開けた大通りには目付きが鋭い筋骨隆々な大男達が大勢歩いていた。騒ぎがあった様子はないし、テレスによればいつもと変わらない雰囲気らしい。
「どうだ。こんなもんだよ。デモテルはナバール連合で一番踏み入りやすい町だぜ」
通常なら身体検査を行う場合もあるという。それも絶対ではなく怪しいと思われた人だけらしい。
「俺はちょっと伝手があるからそっちで情報を集めるわ。あんたらはデモテル初めてだろ?ならまずは旨い飯でも食っといてくれ」
テレスはそう言うとタケミカヅチに飯代のお金を渡した。
「いや、大丈夫だぞ?お金は」
「アロナ山で助けてくれたお礼だよ。貰っといてくれ」
タケミカヅチは一瞬困惑したが、リリフ達から話は聞いていたので納得いった。これは返さないで貰っておいた方がテレスのためにもなる気がした。
「ああ、わかった。貰っとくよ。ありがとな」
テレスは髭面をくしゃっと崩した後、三人に軽く頭を下げてから慣れた足取りで大通りを駆けていった。
「う~ん、確かに美味しそうな臭いはしてるな。腹が減ってくる」
「これから戦うことになるでしょうし、ご飯にしときましょうよ!」
「リリフはどうだ?」
「エネルギーは補給できる時に補給しとくのが良いかと」
「二人ともそう言うなら飯にすっか。どこが旨いのかも分からないし、近くの適当なとこで」
ミミは喜びを多分に含んだ表情になり、リリフは周囲の建築物や壁の材質などの環境が気になるのか、辺りを常に見回していた。はたから見れば少しだけ可笑しな連中に見えるかもしれない。
冒険者の町ではそれくらいがちょうど良いような気もするが。
三人が入ったのは門を越えてすぐ先にあった魚料理の店。建物の上に魚の形を型どったドデカイ木の看板が付けられている。店の名前は「さかなまる」。センスがある、とは到底言えない名前だ。というよりテキトーにつけた感じが出てる。
「まあでも味がよければいいじゃないですか」
建物に入るとすぐに焼いた魚の臭いが鼻を刺激する。下界に来てからは初めてかもしれない。本格的な料理の匂いに自然と笑みが溢れてしまう。
「天界の魚よりも旨かったらいいなあ」
完全なるミミの独り言が店内に広がる。ギロッとミミに視線が集中したが、声の主が兎人族の少女だと分かるとすぐさま興味をなくしたように視線を戻した。
店員が三人を席へと案内してくれた。店の中心にある席で四人がけのものだった。
取り敢えず注文すると数分のうちに三人の分が全て揃った。
タケミカヅチはスターフィッシュの唐揚げを。
ミミは首長魚の姿揚げを。
リリフはキモカレイの焼き魚を。
来る料理全てが旨そうで、食べる前から店をここにして正解だったかもしれないと思った。
いただきますと手を合わせてから料理に舌鼓を打つ。
旨い。その一言だ。
ものすごい勢いで魚を平らげるタケミカヅチとミミ。それとは正反対にリリフは焼き魚を食べるのも上品で、作法がしっかりしていた。タケミカヅチも感心してしまうほどに。
料理をあらかた食べた後に周囲の雑踏に意識を向ける。
魔物を倒し損ねた話やクエストの報酬の話が主だったが、その中に一つ目的の話があったのをタケミカヅチは聞き逃さなかった。
三人のテーブルの真横に座る二人の屈強な冒険者がそれを話していた。一方が髭なし、そしてもう一方が髭もじゃだった。
「おい、今日はギルドの緊急の会議とかあったっけか?」
髭なしが何の気なしにそう聞いた。
「いんや、ねえべ。ミルルちゃんは何も言ってなかったぜ?」
「お前、まだギルド受付のミルルちゃん狙ってたのか?」
髭なしは呆れた口調で言った。
「ああ、いいじゃねぇか。ミルルちゃん、可愛いじゃねぇか。」
「そりゃあ可愛いけどよ。狙ってるやついっぱいいるぜ?」
「そのなかで彼女の一番になればいいんじゃねぇか。へ、簡単なことだ!」
「まあそれはお前の勝手だけどよ……そうか、今日はギルドの話し合いがあるわけじゃねぇのか」
「なんだよ、なんか気になることでもあったのか?」
髭もじゃが手に持っていたバーガーを全て口に詰めながら尋ねる。ちなみに髭もじゃが食べたのはキテレツギョのつみれバーガーだ。
「ん、ああ。さっきよお、カロリーナのギルド長が冒険者ギルドに向かうところを見たんだよ」
「カロリーナのギルド長?何でそんな奴がデモテルに?」
「知らねぇよ。だから聞いただろう?ギルドの会議でもあるのかって」
「ん、でもあれじゃねぇか?仕事とは限らねえだろ。ギルド長同士で飯でも食って、愚痴の言い合いでもするんじゃねぇか?わからんけども」
「確かにそれはあるかもな?デモテルの方のギルド長は特にストレス貯めてるだろうからな」
「ちげえね。野蛮な俺らみたいな奴等のせいでな?ハハハハ」
そうやって髭なしと髭もじゃは笑いあった。
それと同時にタケミカヅチはお会計いいか?と店員に尋ね、すぐさまお金を支払い、「さかなまる」を出た。
外に出るともう日が沈み始めていた。冒険者の中には酒を呑んで、ぐでんぐでんになっている奴等もいた。
「いい情報が得られた。あらゆる飲食店は情報の宝庫ってやつだな」
「そうですね。思いがけないところに転がっていました」
リリフは薄い微笑を浮かべる。
「よし、さっそくギルドに向かうぞ。ミミ……食い終わったか?」
ミミは口の中にこれでもかというほど首長魚の揚げ物を詰め込んで店から出てきた。ミミは一人だけおかわりをしたため、話を聞いてすぐに店を出たときはまだ食べている途中だった。ミミがよく言うもったいないの精神から皿の上にあったものを全て口に入れたのだろう。両頬が異様なほどに膨れ上がっている。
ミミの口からもごもごしながら言葉にならない何かが出る。
何を言っているかはわからなかったけども、えっへんと胸を張っている姿を見ると、大丈夫です、食い終わりましたとでも言ったのだと思う。まあ何にせよ、ギルドに向かうのになんの支障もない。
デモテルはリリフも来たことがない場所らしく、地理についてはあまり詳しくないとのこと。ただし細かな場所が分からなくても石門から入った瞬間から聳え立つ城がギルドだろうとすぐに察することができた。
門の近くには食材を売っている店があったり、それこそ飯屋が跋扈している。その密集地帯を過ぎると次は武器や防具の店がずらっと並んでいる。デモテルには冒険者稼業があるというが、裏を返せばそれしかないとも取れる。戦いで生計を立てるためにどれだけ必死なのかがこの町並みに現れているような気がした。
どこもかしこもガラの悪い連中が多い。けれどこちらから喧嘩を吹っ掛けなければ、睨まれるだけで終わるので、ギルドの前に到着するまでに難は一つもなかった。
「おっきいですねえーー」
ミミは感嘆の溜め息を漏らす。天界では見慣れているが、下界では初めて見た巨大な建造物。ただその感嘆もほんの一瞬のことで、すぐに平常に戻った。天界にある建造物と比較したら、ひどいほど質素で地味で過小なものだと気付いたからだ。
「下界の人間が造った本格的な建造物……初めて見るな」
「天界でこれを作れば追放されてしまいます」
酷すぎてとタケミカヅチだけに聞こえる微かな声でリリフは言った。タケミカヅチはすぐに苦笑いを浮かべる。
「まあそう言うな。これが下界の本気ってわけでもないだろうし、もっと立派なもんを造れる技術もあるだろう……たぶん」
タケミカヅチの言うことは予想に過ぎない。下界の文化や伝統、全てにおいてのレベルを把握しているわけじゃない。まあ言ってしまえばタケミカヅチは下界初心者だ。だから彼の言葉は願望に過ぎない。そうであってほしいと。そうでなければ、下界とは一体何なのかとその存在自体を疑問に思ってしまう。
「よし、行くか」
タケミカズチが一歩踏み出したところで両開きの扉が軋む音を立てながら開いた。扉の高さをゆうに超える背丈の男の首から下がそこから見えた。
巨人族……にしては小さいか。ただ単に背が異様に高い人族のようだ。
「バディウス様、もう出発されるのですか?」
「当たり前だ。こうしている間にも獲物が逃げてしまうかもしれないからな。」
「それならカロリーナまで送ります。私の所有する馬車はデモテルでも一、二を争う速さですぞ?」
「確かお前が飼っている馬は骸馬だったか?どこでそんな高価な馬を買ったんだか。まあいい、なら頼んでもいいか?」
「ええ、もちろんです。お任せ下さい」
男は恭しく一礼した。
バディウスと男は扉を潜り、前方に視線を移す。
「ん?何だ、こいつら。見たことのない奴らだな」
バディウスはタケミカヅチ達に対して自分よりも小さく弱いと思われる人間を見る目を向ける。それをタケミカヅチも理解した。ここで道を避けるつもりはない……なんて頑なになるつもりはない。できるだけ早くこの先に進むのが目的だ。
タケミカヅチがミミとリリフに目配せして、道を譲る。
バディウスは満足そうに頷き、巨体を揺らしながら立ち去っていく。
それまではよかった。というかそれで終わるだろうと思っていた。バディウスというデカい奴の後ろにいた人間がタケミカヅチを馬鹿にしたように鼻で笑わなければ。
馬車を用意すると話していた男だ。その男はタケミカヅチを劣等の人間として判断し、それを表面上にも露わにしたのだ。みすぼらしいガキがギルドに何の用だと言った感じか。もちろんそれくらいのことでタケミカヅチ自身が立腹したわけではないが、彼の神下は黙ってはいない。
あ、まずい……とタケミカヅチは思ったが、手遅れだった。男が侮蔑の表情と舌打ちを鳴らした瞬間にミミが今までにないくらいの速度で移動し、片手で男の首根っこを掴まえた。そのまま足が宙に浮き、首が締まる。声にならない叫び声が聞こえた。息が出来ないのか、口からスースーと息が漏れる音がする。
「お前、誰に向かってその態度取ってる?」
口調も少女のものとは思えないし、声色も全く別人のようだ。
「があ……ぎ!!!」
「お前みたいな屑がタケミカヅチ様に向かってその態度……アリエナイ」
情け無用。たとえ謝罪をしようと思ったとしても無意味だ。粗末な態度を一度でも示してしまったら人生の終焉なのだ。
前を歩いていたバディウスも何事かと眉間にシワを寄せ、こちらを見ていた。
実際リリフもミミの変わりように少しだけ驚いた。でも自らが崇拝する主神を馬鹿にする態度を取ったら、リリフでもそうなるだろう。タケミカヅチを崇拝していないわけではないが、一番はククノチであることは当然だ。ククノチが疎かにされれば、相手を殺すだろうとリリフも確信している。
ミミは首を掴んだまま、別の腕で男の顔面に本気の拳を打ち出した。
骨が砕けるだけじゃすまない。その一撃を見た人がいれば必ずそう思うだろう。
男はそのまま遠方にある建物まで飛んでいき、壁を貫いた。
ドゴオオオンという爆発音にも似た衝撃音が鳴り響き、辺りは騒然とする。良くないことが起きた。計算が狂ったことをタケミカヅチは悟る。一撃をかまして少し落ち着いたミミも自分のしたことを少しずつ理解してきたのか、徐々に彼女の顔は青ざめていった。
やってしまったという後悔とやったことに間違いはないという排反の思いに挟まれているミミ。それを見てタケミカヅチはポンと彼女の頭にそっと手をのせた。
「お前の忠誠心ありがたいと思う。怒ってくれてありがとうな」
んー……ちょっとやり過ぎな気がしないでもないけど……
「タ、タケミカヅチさまぁ……いえ、当たり前のことですから」
少し恥じらいながらミミは俯いた。
バディウスは男が飛んでいった建物の壁にあいた穴をじっと見つめていた。開いた口が塞がらないとはこのことだ。どんな馬鹿力があれば、殴ってあんな100m近くまで飛んでいくというのだ。夢でも見てるのか?と本当に疑ってしまうほどの驚愕を彼は感じていた。
ピリピリとした視線がバディウスの顔の側面を貫くように向いている。それにできれば気づきたくはなかったが、そんなわけにもいかなかった。
「どういうつもりだ。俺の部下をあんな目にあわせるとは……」
努めて冷静に、低い口調で兎人族の少女と相対する。
「それはこっちのセリフ。お前、どういう教育してんだ。痛い目見ないとわカンネェのか?」
殴って冷静になったかと思ったが、それだけで気が済むわけもなく、いまだに沸々と怒りが沸いているようだ。
バディウスも嘗められてはいけないという気持ちがある。
デモテルのなかでも彼は最上位の冒険者の一人だ。プライドと自負がある。そんじょそこらの兎人族ごときに負けるわけがない!
バディウスは背負っていた大剣を掴み取り、思いきり振り下ろした。何だ何だと冒険者達が野次馬のように集まってきている。状況はあまり宜しくない。タケミカヅチがミミに小さな声で先に行くことを告げるとミミはこくりと小さく頷いた。
野次馬の視線はバディウスとミミしか捉えていないので、タケミカヅチとリリフがその場をそっと離れても誰も気付かなかった。
騒然としたギルド本部前を抜け出してギルドの中へと足を踏み入れる。
まずカロリーナのギルドと違うところは受付が四つもあるところだ。二つしかないカロリーナとはやはり規模が違う。そして何よりも武器屋と防具屋が備わっているのも新鮮だった。しかも非常に高価な武器や防具が売られている。外に連なっていた店屋とは目当ての客の層が明らかに異なり、そこに出入りしている冒険者の鎧は銀の光を帯びていた。
ギルド内部にいた冒険者連中もすぐ外で起きている騒動に興味を抱き、関心を持っているようだ。それがプラスに働いたのか、タケミカヅチの姿を怪しむ者は皆無だった。
ギルド受付の女性だけが背筋をピンと伸ばし、仕事の態勢に入る。プロの鏡だ。
無断で階段を昇り、上に行くことは可能だろうか?いや難しそうだ。なぜなら関係者以外立ち入り禁止と張り紙がしてあった。
そんなタイミングでギルドの入口扉が吹き飛んだ。開いたのではなく、文字通り吹き飛んだ。木片が飛び散り、散乱する。ぽっかりと空いた穴から風が外の臭いを運んでくる。
タケミカズチからしたら良いタイミングだ。吹っ飛んできたものは大体予想はつくし、あいつが狙ってそうしたのなら手放しの賞賛を与えたい。まあたぶん偶然だと思うけど。
騒ぎによって誰にも気づかれることなく、ギルド奥の階段を上ることができた。
二階から三階、そして四階へと寄り道することなく上ると、騒がしかった下からの声は一切聞こえなくなっていた。
ギルド長室。
埃一つない床は綺麗に磨かれており、部屋の横にある本棚の本はきちんと整理整頓されている。そこかしこに金や銀で作られた置物があり、その全てが光り輝いている。
ふかふかの革製のソファが出迎えてくれる空間は一般人には決して味わえない。
そんなこの部屋を彩る全ての装飾品はギルドのお金で買った物ではない。ギルド長であり、町長も務めるベルトリア フィアンテーノが自らのお金で揃えた物だ。
今はその絢爛な場所にベルトリアの他に盟友でもあるブライアンが座していた。カロリーナのギルド長といえば衆目にも理解しやすいか。その他にカロリーナ町長のオルフェイ、副町長のノガモがその場にいた。
カロリーナの連中は三人とも、俯きがちで暗い表情を浮かべている。ベルトリアは友に何度か言葉をかけたが、返答が曖昧で何を求めているのかよくわからない。
少し時間が経つと落ち着きを取り戻したブライアンは懐から一枚の紙を取り出した。
そこに書かれていたのは二人の犯罪者の特徴だ。それはもちろんリリフとミミのもの。タケミカヅチは直接ブライアン達と顔を合わせたわけではないため、紙には情報を書かれていない。
「それでこの二人をどうしろと?」
ベルトリアはブライアンに問い質す。どうして欲しいかを察するのは難しくない。しかし依頼者からしっかりと殺してくれと言われない限り、するかしないかの検討もできない。
ブライアンは一瞬押し黙ってからゆっくり口を開いた。
「ここに書かれている二人の少女を始末して欲しい。こいつらはカロリーナを滅ぼそうとする害悪だ」
ブライアンの脳裏からこびりついて離れない光景がある。二人の少女のうちの一人が中央広場で行使した魔法だ。睡眠を誘発する魔法だったが、規模、そして眠りに入るまでの速度がブライアンが知っているものとは全然違った。恐怖を覚えるほどの魔力量を肌で感じたブライアンはこの連中を生かしておくのは危険だと判断した。そうしなければ自らの過去の行いが衆目のもとに晒される可能性が高くなるような嫌な想像が働いたのだ。
できるだけ早くこの世から消さなくては。その盲信的な使命感がブライアンを突き動かしていた。
「ほう、一人はエルフの魔導士でもう一人が兎人族の武闘家か。あまり見ない組み合わせの冒険者だな。見た目で判断してはいけないが、そう脅威を感じる」
「いや冒険者ではない」
ベルトリアにとっては意外な回答だった。大抵の場合、素行の悪い冒険者が暴徒化し、町に害をもたらすというのが町にとっての悩みの種だ。今回の件もそんな感じだろうと思っていたのだが……
「冒険者じゃないとなると……どういうことだ?どこかの兵士やら騎士やらが町で暴れたのか?」
「いや、それも違う。実を言うと何者なのかは分からない。冒険者じゃないといったが、それはカロリーナのではないということだ。ギルドに登録された冒険者の中にこの二人はいない」
「ふむ、そういうことか。だがデモテルにもこんな特徴の冒険者はいない。というよりもナバール連合のなかにはいないだろうな。エルフの魔導士ならもっと噂になっているだろうし、兎人族の冒険者なんて聞いたこともない。外から来たんじゃないか?」
「俺もそう思う」
「ただいくら外から来た冒険者が好き勝手町で暴れたとしても始末するのは難しいぞ?住民に影響のあるような目に見えた被害がないと」
ベルトリアは善人ぶる。心からの言葉ではないのはこの場にいる者ならすぐにわかることだ。
暗黙のうちにこう聞いているのだ。いくら出せるのかと。
ブライアンは生唾をごくりと呑み込み、無言で紙に支払う金額を書き出した。
ベルトリアはそれを見て、小さな笑みを浮かべ、微かな声で合格だと呟いた。同時にブライアン達は頭を下げた。
助かったという気持ちが段々とブライアンの体に染み込んでいく。そんな安堵を抱いた矢先、ギルド長室の扉が音を立てて開いた。鍵を閉めたはずなのに抵抗もなく開いた。
「お、いたいた。やっぱり当たったな、俺の予想」
「さすがです、タケミカヅチ様」
二人の男女。片方がエルフの魔導士、そしてもう片方は人族の男。唖然とした様子で微動だにしないブライアンを含めた三人。ベルトリアだけが困惑した顔でタケミカヅチ達に視線を向けていた。
「お前らは誰だ?ここをどこだと思っている。誰の許可を得て、ここに来た!」
「許可なんて面倒なのはいい。用があるのはそっちのブライアンさんだからな」
「エルフの魔導士……な、な、何故ここに!!!」
お化けでも見たかのように震える指をリリフに向け、ブライアンは思いきり後退りした。オルフェイもノガモも腰を抜かして立てずにいる。
ーーーーそんなことに答える必要はないーーーー
リリフの美しい声が鼓膜を揺らした、そのすぐ後に目の前の視界が真っ暗になる。え?と思ったが最後、意識が吹き飛んだ。
ギルド入口の騒ぎをベルトリアに伝えに来た受付の女性がギルド長室に入った時に見た光景は大の字で鼾をかいているベルトリアの姿だけだったらしい。




