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作者: 穏田

 混乱してる状態っていうのは人間としての尊厳を失った状態にあるのではないかと、ふと思うわけです。

 そんなときに考えることなんていうのは大抵ろくでもないことばかり。

 人間とは、とうの昔、ずっとずっと昔にまるで獣のような生活を送っていたらしいですが。あなた、そんなこと信じられます?

 この、コンピューターや言語を操り、優雅にお茶などすすっているような人間が、何年前かは知りませんが、泥水をすすっていたというのですよ。

 お上品に微笑んでいる年頃のお嬢さんだって、時代が時代だったなら、地べたを這いずっていたっていうんですから、なんとも面白い話だと思いませんか。

 私なんか、自分が獣だったなんて想像しただけで羞恥に襲われて死んでしまいます。絶対。

 よく考えてみてくださいよ。

 日常的に泥にまみれるんですよ。

 私はね、子どもの頃から潔癖症だった。

 指先にちょっと、黒い煤なんて付こうもんなら半狂乱になって腕を振り回してました。周りの子は何を考えてるんだか、その汚い泥の塊を丸めてキャッキャと猿みたいに喜んでましたがね。

 理解できません。

 本当に人間の祖先が猿だったなんていうんですか?

 もしかして私だけ、人間じゃないなんてことあります? 私の祖先って本当はこの綺麗なシルクの布だったりしません?


 本当に耐えられないんです。

 気持ち悪い。

 ええ、もちろん、人間が獣ってこと事態も許しがたい問題ですが、それよりも私が許せないのは人の無駄な知能ですよ。

 脳みそばっかり肥大して、ぶくぶくと太りやがって。豚の肉なら、食用として役に立ちます。でも、人間の脳って食べられないらしいじゃないですか。

 食べられないって言い方は不適切でしたね。

 食べてはいけないってみんな、言うんです。

 どうしてか分かりますか。

 私は知ってますよ。聞きましたもの。

 以前、当時を賑わせていた名探偵に聞きましたもの。不思議でしょうがなくてね。

 名探偵なら知っていると思ったんです。解けない謎はないって触れ込みでしたから。

 事実、名探偵はものの見事に私の長年の疑問に答えてくれました。


「何だって、人間が人間を食べるだって? おいおい、気が狂ってんのか」ってさ。


 いいや、勘違いしないでください。私は正気です。狂ってんのはお前らのほうだ。

 名探偵の、その答えを聞いて、すっきりしたんです。

 目の前が途端に晴れたような気さえしました。

 気付いたんです。

 この世にまともなのは私しかいないってね。

 ふふ。

 こんなに面白い話あります?

 私、この時のことを思い出すたびに笑いが止まらないんですけど……刑事さん?

 どうしました? そんなこわい顔をして。


 ……もしかして。


 もしかして刑事さん、あなたったら。

 獣になってしまったんですか? そうなんですね?

 おお、こわい。

 ああ、この世で『人間』なのは私だけということですか。なんて、ひどい。

 かわいそうな私。

 私はひとりぼっちなんだ。

 理解してくれる人はおらず、人どころか、周りは獣ばかり。

 あ、待ってくださいね。

 今、気付いたんです。

 なんて天才的なんでしょう。

 私はやっぱり頭が良い。

 今現在、この世界には私だけが唯一まともな人間として存在してるわけでしょう?

 いや、そうなんですよ。刑事さん。

 うるさい。

 今私が話してるんです。

 静かに聞くのが人間の、知性を持った人間ってわけです。

 猿だなんて言われたくなかったら、おとなしく聞いていてください。

 私は、ただひとりの人間です。

 つまりは他のやつらは人間の真似をした家畜なんです。私に飼育されるためのね。

 今回、私は一匹の家畜を殺した罪で拘留されています。

 でもね、それは冤罪なんです。

 真っ赤な嘘。

 だって家畜を殺したくらいで責められる所以がない。

 家畜は私の所有物でもあります。

 つまり私は無罪。

 人間の私が、醜い豚を屠殺したって何の問題もない。

 ああ、良かった。

 これで私は晴れて自由だ。

 よかった、良かったですね。

 これで分かりましたね。

 誰が正しいのか否か。


 ほら、その臭い手を離すんだよ。

 まったく、躾のなってない豚だ。どうやったらこんな不良品ができるんだろうね。

 嫌な世の中だよ、本当に。

 豚が人間に逆らうなんて、ねぇ。

 どうかしてるよ。どいつもこいつも。

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