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リア住怒りの鉄拳 ~仏の顔もサンドバッグ~  作者: 鵜狩三善
忘れじの君

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46/62

兄妹

 藪を突いて蛇を出したどころの騒ぎではない。

 アプサラスのように至極平穏な国の民以外にとって、魔の脅威とは身近なものだ。家族が、隣人が屠られた例など枚挙に(いとま)がない。彼らが天性備える殺意の濃度は、まさしく骨身に染みている。

 その上で、今。

 アーダルの新型霊動甲冑二領の前に現れたのは魔皇だった。魔の名を冠するものの最上位、人類そのものの敵対者である。

 異形甲冑を()る少年も、人型甲冑を(あやつ)る少女も、瞬間、身を強張らせた。

 否。

 学習的恐怖のみならず、それは本能的なものもあったろう。

 生物として、存在として、決して敵し得ない相手に対する、一種の無条件降伏だ。


「!!??」


 それは救われた側であるネスも例外ではなかった。

 魔皇討伐の英雄として並べて語られるネスフィリナであるが、実のところ彼女は、魔皇とほとんど面識がない。直接対決の場には居合わせず、ラーフラが虜囚となったのちも、幼子をそこへ近づけようとする者もありはしない。

 ゆえに魔皇の性質も行動原理も憶測できず、ネスもまた対応を決めあぐねた。ひとまずは機体を後方へ跳ねさせ、追手と魔皇、双方から距離を取る。


 そうした人類の怯えを前に、魔皇は久方ぶりの愉快を覚える。

 そうだ。これこそが本来向けられるべき感情だ。

 テトラクラム住人どもの感性がおかしいことを確認し、ラーフラはぐっと拳を握る。

 彼がこの場に現れたのは、ただの偶然だった。 

 虜囚の身ではあるものの、魔皇にはテトラクラム近郊において移動の自由を許されている。敵地に単身あり続けるは心の疲弊に繋がるだろうという配慮であり、オショウの千日山岳行ディケイド・シリーウォークと同様の縄張り効果を期待されての実利でもあった。

 他国ならば危険視され、非難の声が上がろう自由だが、強さ弱さが生死に直結する環境ゆえに、テトラクラムの人々は己に利をもたらす強者の待遇に寛容だった。


 そしてこの散策頻度は、近頃とみに増している。

 理由は言を待つまい。そう、テラのオショウがテトラクラムに移り住んだからだ。

 魔の勝利が確定しかけた盤面を独力で覆し、自らの心をへし折ったオショウは、ラーフラの天敵と言って相違ない。まさしく不倶戴天。同じ天を戴くどころか、同じ空気を吸うのも嫌な相手なのである。

 何よりラーフラがいけ好かないのは、オショウの態度である。魔皇である自分へ、彼は気遣うような素振りをするのだ。無口で無表情なオショウの心中を簡単に言い表すなら、それは「やりすぎちゃってごめんね」といった具合になるだろう。

 つまり、弱者へのいたわりである。人類の敵を自負するラーフラが、憤慨するも致し方なしであろう。

 そのような次第で彼は頻繁にテトラクラムを離れて心を休め、そこで思わぬ邂逅を果たしたのだった。


 好機である、とラーフラは思った。

 たまには憂さ晴らし――もとい、魔皇の威風を世に知らしめる必要があろう。

 彼を戒める首輪には、魔群招聘を封じる他に、いくつかの機能を秘めている。そのひとつが先制攻撃の禁止だ。人に対して、ラーフラは先んじて攻撃行動を取ることを許されていない。だが、反撃となれば別である。

 だから彼は、ネスを守った。

 規定量を上回る攻撃意志の被ばくにより、首輪は獣型甲冑とその僚機たる人型甲冑は魔皇の敵対勢力として設定。正当防衛の執行が認可されたのだ。


「下がって震えているがいい、カダインの甲冑繰り。ひとまず君は、私の敵にあらぬのだから」


 実力と定義の両面から告げ、ラーフラは敵機たちへ優しく笑んだ。

 彼らが魔皇の敵対者であると、これから始まる狩りの獲物であるとの宣告だった。


 ぶわりと風のように吹きつけた殺気に、甲冑のうちで少年は蒼白となる。

 聖剣をはじめとした強大な個人戦力との接触がありうるから、テトラクラムへの必要以上の接近は諫められていた。ネスの殺害という同僚のわがままは聞き入れつつも、その距離を見誤ったつもりはない。またかの都市とは十二分の距離がある。

 だのに、魔皇との遭遇というこの事態だ。実戦経験の少ない彼の思考が硬直するも道理だった。

 一体誰が想像し得ようか。

 都市から大きく離れた大樹界外縁を、危険極まるこの土地を、ただ気晴らしのために、心安らぐために散策するものがあろうなど。

 頭と体、双方を凍りつかせた少年とは逆に、少女の行動は迅速だった。

 生死の状況に彼女が慣れていたわけではない。むしろ追い詰められての暴発である。その心は、やはりネスフィリナへの激情に満ちていた。闘争心でも、使命感でもない。ただネスに対する羨望であり、嫉妬だった。


 ――アタシたちには何の救いも訪れなかったのに。どうしてこいつだけ。なんでこいつだけ、こんなにも都合よくッ!


 機体の後背から霊煙を噴出し、人型甲冑が駆けた。最前開いた距離をひと息に詰め、ネスの機体を叩き割ろうを盾籠手を振り上げる。

 刃状に研ぎ上げられたその鉄塊は、しかしネスフィリナには届かなかった。

 音もなく、少女の甲冑の肩から先が斬り落とされている。届くはずもない間合いで閃いた、魔皇の手刀の切れ味だった。


「っ、ああああああ!?」


 一瞬遅れて、人型甲冑が苦悶にのたうった。


「??」」


 思わず防御姿勢を解き、ネスがそのさまに見入ったのは、少女の悲鳴がありえないものだったからだ。

 甲冑の繰り手は具足に同調し、それを五体の如くに操る。が、あくまでこれは比喩だ。甲冑が破損しても、自身に痛みは生じない。糸操り人形を傷つけたところで、繋がる糸の先の指が傷つかぬのと同じ道理だ。

 が、眼前の甲冑――少女の絶叫は、まるで自分が腕を損ねたかの如き過敏さである。

 ネスのあずかり知らぬことだが、ネスのものと少年と少女の甲冑とでは、同調接続の方式が異なっていた。


 ふたりの繰る新型は同調の容易さを主眼に据えた実験機であった。繰り手が甲冑に同調するのではなく、甲冑の側が封入者に同調する。そのような霊術式が組まれている。

 この術式は繰り手に天賦の才を要求しない代わりに、しかし甲冑の部品として取り込まれることを強要した。甲冑が主であり、人が従という形を取るのだ。

 同手法の導入により繰り手は数を増した。が、このような無理な同調が弊害を生まないはずもない。

 実験機タイプの同調の場合、主体である甲冑が傷を受けた場合、乗り手はそのままその影響を被る。つまり甲冑が腕を失えば、我が腕を失ったに等しい痛苦を得るのだ。

 つまるところ人型甲冑の少女は、自身の片腕を喪失した痛みに呻くで正しい。


 追撃から逃れるべくだろう。

 また、ごりごりと臼を挽く音がする。人型甲冑を中心に闇が生まれ始める。


「児戯だ」


 が、それよりも魔皇が速い。

 再び手刀が一閃し、少女の腕が飛んだ。機体が転倒し、中からすすり泣きが響く。

 一思いに具足ごと両断しないのは、魔皇の嗜虐性によるものだろう。

 それを裏付けるように、ラーフラは少女へ向けて、ゆっくりと歩を進める。もがき、起き上がろうとはするものの、無腕となった彼女の機体は芋虫のようにのたうつばかりだ。

 わずかも魔皇から遠ざかることはできない。


「待て! 動くな! それ以上動けば――!」


 そこへ、震え声がした。我に返った少年が、砲口をネスに照準(ポイント)していた。

 既に我法が充填されているのだろう。ならば放たれる火線は、ネスフィリナを容易に射殺しうるものだ。

 魔皇の足が止まる。やはりゆったりと、獣型甲冑へ向き直る。

 無論、それは少年の脅しの効果ではない。


「人質? 魔皇相手に人質だと?」


 端麗なるラーフラの(おもて)は、失笑に歪んでいた。


「物笑いの種だろう。そして、それをするにはもう遅い」


 笑いを消し、魔皇は肩を竦めた。

 直後、ずしんと大地が揺れた。ネスや少年少女の知覚の外から、砲弾の如く飛翔してきた人物が地表に着弾(・・)したのである。

 ネスと少年の直線軌道上に土煙を上げてそれは降り立ち、同時に少年が発砲した。

 意図してのことではない。

 うかうかと引き金に指をかけたままにした新兵が、わずかのことに驚いてトリガーを引いてしまう。それと同種のやらかしだった。

 おーん、と遠吠えめいた残響と共に、打神の緑光が人影へ走る。


 対して、来訪者は腰を沈めた。

 五指を大きく開いた形の手を、肩幅のまま前へ突き出す。直後、迫り来る熱線を巻き込んで、ふたつの掌の間に渦が生じた

 輪蔵式攪拌気(マニ・カシナート)

 強固な遮断境界を生成する結界の上位技法である。

 複数にして極小の結界を構築し、練気制御により高速回転。秒間恒河沙(ごうがしゃ)回以上を基本とするこの渦へ吸引された攻性弾体は、結界群に咀嚼され尽くして無害化。周囲に七彩の発光と抹香(まっこう)()を散らすばかりと成り果てる。

 打神の霊術砲火といえども逃れ得ない。犬無しの我法による誘導すら無効化して結界渦は光を引き込み、功徳として辺りに振り撒いた。


「――うむ」


 己の為した業に、満足してオショウは頷いた。

 彼の主とするは小乗(しょうじょう)。総合戦闘術仏道の区分において筋力や知覚、反応速度等の自己強化を主体とする区分である。

 輪蔵式攪拌気(マニ・カシナート)は結界術の領分であり、かつてのオショウには使いこなせなかった技法だった。つまるところ、この世界に喚ばれたのちの歩みが育んだものだ。そう思えば、なんとも誇らしい進歩である。

 つまるところ彼はまだ、成長の途上だった。

 我が意を得たりとばかりのオショウのさまを見やり、魔皇は深々と嘆息した。


「遅参だ、テラのオショウ」

「うむ」


 頷きながら、オショウはラーフラに一礼する。それはネスとミカエラの窮地を救ったことに対するものだろう。

 された魔皇は忌々しげに顔をしかめ、呆然としたままの少年の機体へ、のたうつままの少女の機体へと視線を動かす。

 両名とも、ただ唖然とするばかりだった。

 打神の一撃は、何者もを屠るとの信仰があった。王様のくれた、絶対の兵器という崇拝があった。

 が、この短時間でそれは二度も打ち砕かれた。


 ――魔皇は今、何と言った? テラのオショウ? テラのオショウといったのか?


 少年の思考が再度停止しかかる。

 それは、魔皇をほぼ単独で制したという男の名である。魔皇を恐れるのが道理なら、彼を恐れるのもまた道理だった。

 更にその上、魔皇と遜色ない彼の力量も垣間見た。見せつけられた。


「では、残りの処理を終えるとしようか」


 冷たいラーフラの声を、泣きじゃくりながら少女は聞いた。

 立てない。歩けない。動けない。もう、先が見えない。希望のない真っ暗闇だ。あの時と同じだ。死ぬんだ。今度こそ、ここで死ぬんだ。アタシも彼も、あのふたりに虫のように踏み潰されて終わるんだ。でも幸いだ。それはきっと、飢えて死ぬより苦しくはない。

 彼女が覚悟を固めるも無理からぬところであろう。

 ラーフラにも、オショウにも、どちらへも、何も通用しない。いずれか一方のみとの邂逅であったとしても、ふたりが敵するは困難だった。不条理の体現のような戦力差だった。

 数の優位も質の優位も失われ、勝ちを確信した状況は、いつの間にか死地に成り果てている。


「いや」


 だが後から来た禿頭の男は、テラのオショウは、言葉短かに殺害の意図を否定した。

 ほう、と呟き、足を止め魔皇がそちらへ目を向ける。ぴしりと、空間が軋みを上げた。


「これらを殺すより、よい手立てがあるとでも?」

「……」


 オショウは、黙して答えない。答えられない。

 もとより知恵と口の回る男ではないから、当意即妙の言は吐けない。

 だが、相手は蟲人と異なり、言葉と話が通じる存在なのだ。魔皇へすら融和を持ちかけたオショウからすれば、まず対話というのは当然の選択である。自分たちは、相手を何も知らぬのだから。


「それは強者の驕りだ、オショウ」


 そんな内心を見透かすように、ラーフラが笑った。


「君は、君たちはまったく善で、それゆえに滑稽だ。全ての存在と論を尽くし合い、(さと)し合うつもりか? 時間の浪費だ、テラのオショウ。君は強い。が、君は君ひとりだけで、その手は二本しかないのだ。余計に手を差し伸べる時間で、君はより多くの、もっと大事な人間たちを救えるだろう。ならば無駄をすべきではない。違うかな?」

「……」

「そもそもこれらを生かして返せば禍根となろう。救った命の行く先全てに、君は責任を持てるのか?」

「……」


 びりびりと緊迫を孕む空気の中で、しかしラーフラは自身の身を案じていない。

 ここで自分に手を出せば、それでオショウは破綻する。結局、選んで都合のよい相手を救うだけだと認めることになるからだ。自ら対話を投げ捨てた証左として、一生心に(くさび)が穿たれよう。

 ある意味魔皇は、誰よりもオショウという人格を信用している。


 きな臭く熱を帯びる状況を前に、少年はこれを好機と見た。

 呼吸と心を整え、静かに砲口に熱を貯め、そして解き放った。熱線は、今度は土を穿った。オショウの着地から学んだ、土煙による目くらましである。そして同時に機体を駆った。

 逃走すべく、夜の闇へ――ではない。僚機の、少女のもとへだ。

 少年は少女のために身を動かした。死にすら臆さず。

 全速で駆けつけ、引き起こして立たせると、その背を押した。


「逃げろ!」


 優しく説き伏せる時間はない。だから怒鳴りつけた。あの時の(・・・・)ように(・・・)


「逃げて、お前は、お前だけでも生き延びて、それで……!」

「待て!」


 続く制止はオショウのものだ。それは少女の逃走を阻むべくの声ではなく、ラーフラを留めるためのものだった。

 オショウには声を上げるしかできなかったのだ。他の何者かであれば問題はなかったろう。問題なく、行動を掣肘(せいちゅう)できたろう。

 しかし今回は相手が悪かった。それは、魔皇の速度である。


 ラーフラの左右の手が閃き、獣型甲冑の両腕(りょうわん)を付け根から斬断された。

 支点を損ない、機体が前のめりに倒れる――より先に、魔皇の右膝下が消失する。そうとしか見えない前蹴りの速度だった。具足は蹴り上げられ、装甲が蹴り剥がされる。天を仰ぐ形に仰け反る霊動甲冑の胸部から、内部機構に埋もれた封入者の姿が覗く。必要機構の損壊により、同調が解除された。

 機体も自身も身動きならぬ状況へ陥った少年の胸へ、槍の穂先のような貫手が走った。紅が散る。


 ぱちり、と。

 その瞬間、少女の脳裏に火花が散った。

 

 ――お腹空いたか? でも大丈夫だ。父さんも母さんも、すぐに戻ってくる。獲物が多すぎてちょっと、帰りが遅れているだけさ。

 ――父さんみたいに立派な犬はいないけど、オレだって父さんの子だ。ちょっと狩ってくるくらいできるさ。

 ――その間、お前にだってしておく仕事があるんだぞ

 ――その石臼は不思議な臼なんだ。森の宝物だ。魔法の歌を歌いながら挽けば、たくさんの食べ物が出てくる。

 ――お前にはまだ難しいかもしれない。だから上手く行くまで挽いていておくれ。その歌を頼りに、兄ちゃんも父さんも母さんも帰るから。必ず帰るから。


 見覚えのない思い出が頭を過ぎる。

 ごりごり、ごりごり。

 石臼の歌を歌いながら、目を閉じて。それでも、耳だけ澄まして。皆の声を聞き届けられるように。皆の帰りを聞き逃さないように。

 ああ、あの人は、本当は誰だったのだろう。

 確かに知っていたはずなのに。顔も声もわからない。呼ぶべき名すら思い出せない。

 これは、こんなんじゃ駄目だ。早く助けてもらわなくちゃ。王様に、また助けてもわらなくちゃ。


 啼泣(ていきゅう)のように我法の音を響かせながら、少女の機体は駆けた。今度転んだら二度と起き上がれない。助け起こしてくれる人はいない。だから決してしくじらないように、その上の全速力で、闇を撒き散らしながら駆けた。

 だがその怯えに反し、彼女を追う者はなかった。


「さて……どういうつもりだ、テラのオショウ?」


 追おうとする魔皇の腕を、しっかとオショウが握り止めていたからである。

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攪拌気(カシナート)w
ラーフラ君内心ウキウキしてそう。でもレスバに勝っても君の未来は暗い。お姉ちゃんが怒るからね!
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