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リア住怒りの鉄拳 ~仏の顔もサンドバッグ~  作者: 鵜狩三善
四荒八極心巡らせ

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deadman walkin'

 豪奢な寝台の上で、ロードシルトはかっと目を見開いた。

 蛆の如き彼の体が横たわるのは、爛熟した果実の香りに、腐臭に満ちた一室である。しゅう、と蛇の呼吸を漏らし、彼は恐怖に強張る全身の力を抜いた。

 危ういところだった。

 あと少し窓を閉める(・・・・・)のが遅れていたら、オショウの仏技はこの本体にまで通念していたことだろう。そうなれば魂魄を、我法の源を焼き尽くされていたに違いない。まさに間一髪の命拾いである。


 だが使役体、複製体は共に全滅だった。知覚端末の消失は、途方もない喪失感を彼にもたらしている。既にない手足を、もう一度もがれたような感触だった。

 しかし――それでもなお老人の口元に浮かぶのは、勝ち誇りの笑みだった。

 どうあろうと生きた。どれほど無様にであろうと生き延びた。つまりは、私の勝利だ。この身とこの法さえあれば、再び地に満ちるは(かた)くない。数を増やすまでは慎重に動くべきだが、次の機にこそあれらの全てを呑み干してくれよう。

 ロードシルトはそのように思い、直後、愕然と凍りついた。

 本体である彼が身を潜めるこの場所は、ラムザスベルの誰も知らぬ館である。身の回りの世話から始まる日常の全てを、ロードシルトは使役体に行わせていた。己が分身であれば決して自身を裏切らず、この館の秘密が暴かれることもないからだ。

 だが使役体が死滅した今、そのことが裏目に出ている。

 寝台の上に転がるのは、自力では身動(みじろ)ぎひとつ叶わない、萎え果てた肉体である。他の力を借り受けねば何ひとつできないのだ。我法も、ロードシルト自身も。

 だというのに、その他者がここを訪れることは決してないのだ。

 ぞろりと怖気(おぞけ)が心を走る。一種の詰みだった。このままではいずれ飢え乾いて死に至ろう。


 ――馬鹿な。


 戦慄と共に絶叫したかったが、それすらもままならない。ただしゅうしゅうと、腐れた息が漏れるのみ。まるで悪夢だった。


 ――この私が、そんな死を迎えるなどあるはずがない。


 陽光を拒むこの部屋には、時の流れを知る(すべ)がない。じりじりと圧し潰されるような恐怖に晒されたまま、一体どれほどが経ったろうか。

 死の足音に責め苛まれる聴覚が、ふと床の軋みを聞き取った。

 途端、ロードシルトは喜悦に満ちる。ここを突き止めたクランベルの一味か。はたまたたまさかに館を見出した旅人か。

 いずれであろうと構わなかった。

 法の圏内に立ち入るなり魂魄を食らってやろうと、邂逅の瞬間へ向けロードシルトは法力を練る。使役体からも執行可能な魂食であるが、その作用力、強制力は本体からが最も強い。また生存の一念により、彼の我法は今、かつてなく研ぎ澄まされている。何者であろうと、これに抗しうるはずがなかった。

 軋みは、真っ直ぐにロードシルトの居室目指してやって来る。このことを、老人はわずかも不思議と思わない。がちゃりとドアノブが回り、分厚い木製の扉が押し開かれ。

 現れた異形の影に魂食が炸裂する。だが不可視の顎門(あぎと)は、一切の効力を発さずにただ霧散した。


「ようやくお目にかかれましたなぁ、老公」


 何とも言えぬ声音で囁いたのは、両の膝下のない男であった。足があるなら胡坐とするべき格好で、白骨の上に鎮座してる。それは奇態な骨格だった。背骨と肋骨を有するが、腰から下と首から上の骨はない。代わりと言うべきか背骨から六本の腕が生え、それで四つ足の獣のように地を歩むのだ。

 ――ツェラン・ベルか……!

 動揺は、やはり、しゅうと漏れる吐息に終わる。

 飼い骨という我法の知識はアイゼンクラーより得ていた。ゆえにこれが死者より聞き及んでの訪問であろうと見当はつく。オショウによって法的なつながりを断たれた使役体の中から、館に出入りしたことのある者を探し当て、骸の案内を受けてここへたどり着いたのに相違なかった。

 それよりも解せぬのは、魂食が及ばぬ道理だった。精神に接触するはずの法の手は、何の感触もなく飼い骨の肌を撫でるばかりである。

 老人は知らず、しかしそれは自明の理だった。

 ツェラン・ベル。

 この男の魂は、既にして囚われている。捧げられ、縛られている。死者に。そして復讐に。もう呑まれるべき魂はないと、彼はそのように信仰している。


「いやはやそれにしても老公、無道鎧を呑んだは失策でございましたな。絶大の盾と見えて、ありゃあ己を縛って封じる法だ。判断を誤らせる法だ。事実あれだけの男だったってのに、アイゼンクラーはひたすら自分を悪くも軽くも見続けて、その目を一切疑わなかった。結局、御手前なんぞに仕え通した」


 軋みと共に飼い骨は寝台に寄る。骨の上から、彼はロードシルトを見下ろした。


「そんなものを呑み食らうなぞ、我から破滅を取り込むようなものでござんしょう。老公には一体、どんな算段がありやしたんで? もしやフィエル・アイゼンクラーがそうした人間だってのを、まるでご存知なかったんで?」


 主従の隔たりを承知した上での皮肉だった。自ら毒薬を飲んだ阿呆を、ツェランは心底嘲笑うのだ。


「一将功成りて万骨枯る――だがな、骨は覚えているんだよ。忘れないんだ。いつまでだって、覚えている」


 上体を近づけ、慄くロードシルトの耳元に囁いた。


「何、恐れるこたぁござんせん。これまでの仕業が、御身に返るばかりのことで。老公の骸は手前が飼って進ぜやしょう。為した仕業を自身の口で世に明かし、名声も称賛も残らずすっかり失うように。御名(おんな)が誰の口からも軽侮と共に語られるように、取り計らって進ぜやしょう。御手前が営々と積み上げて来たものを、悉く無為としてのけやしょう。集めるばかりだった無駄金を、テトラクラムのために、カナタ・クランベルのために使うなんてのもよろしいですかな」


 彼にとっては未来の象徴たるカナタの名を聞き、羨望極まりない老人はかっと目を剥く。そのさまを楽しく眺め、


「あんたはこれから、オレのいいように使い潰されるのさ。食い物にされる心地を、とっくり味わうがいい」


 右掌上(うしょうじょう)であった。

 ロードシルトは最早逃れようもなく、骨たちの手の上にいる。


「外法・飼い骨。死んでも(・・・・)逃がしゃしねェよ」


 老人の顔が、果てしない絶望に歪んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 因果応報 悪の栄えた試しなし。
[良い点] あー!骨の人!骨の人! あんたはやっぱり悪人だったよ……でも善い悪人だ! ここまできちんとした仕返しはクランベルご一行にはできますまい。 しかしこれで、骨の人も本懐を遂げてしまうのですなぁ…
[一言] 自業自得 我法が満たされた飼い骨はどうなるんだろう・・・?
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