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リア住怒りの鉄拳 ~仏の顔もサンドバッグ~  作者: 鵜狩三善
四荒八極心巡らせ

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32/62

無道鎧

 瞼を開けると、寝台の天蓋が見えた。

 身を起こそうとしたが、額のみならず全身に痛苦と麻痺があり果たせない。テラのオショウの一撃ごとに、無道鎧を貫いて感電するような衝撃が走った。今、体を苛むのは、それらの残滓であろう。

 アイゼンクラーは深く無念の息を吐く。我法の根底は砕かれた。不壊(ふえ)の鎧は破砕され、ただ無様なばかりの己が露呈した。

 何者かがこの身を運び、治療を施した様子だが、無為無益というものだ。最早自分は、何の働きも為しえまい。


「そなたほどの者が、後れを取ったか」


 呟きを耳が拾い、我法使いはこの一室に余人のあるを知る。身動(みじろ)ぎして視界に捉えようとするが、やはり(おお)せなかった。

「そのままでよい」


 二度目の声で、アイゼンクラーはようやくそれが己の主と気づく。


「不覚でした。もう、お役には立てますまい」


 深い諦念と共に告げた。この大きな流れからも見放され、自分は真正の塵芥(ちりあくた)となるのだろう。


「いいや」


 だがロードシルトは、静かにアイゼンクラーを否定した。


「そなたはまだ役に立つ。私の役に立ってくれるぞ」

「……」


 それは道なき男に喜びを生むはずの言葉だった。が、どうしたことか、彼の胸は少しも動かない。

 ああ、と得心をする。

 またも自分は間違えていたのだ。己の我法による視野狭窄が解けて、アイゼンクラーは目を逸らし続けていた我が主の性情を認識する。しかし過ちを正そうという心すら、もう起こりはしなかった。


 呑法・魂食。

 ロードシルトが意図するのはこの執行だ。アイゼンクラーを呑み、他者の我法を我がものとしうるかを試験したいのだろう。それが叶えば、いずれ誰の手にも負えない怪物に到達できると、愚かにもこの男は信じている。

 だがその誤謬(ごびゅう)を指摘することすら億劫だった。彼は疲れ果てていたのだ。

 何が正しくて何が間違っていたのか、もうわからなくなってしまった。絶対的に大きな、皆のためになるものがあると、昔は思えていたはずなのに。

 或いは今の己を過ちと思うことも、また誤りであるのやもしれぬ。これは先へと繋がる偉大な殉教なのかもしれぬ。

 だとしても、もう全てがどうでもよかった。

 己の忠義が少しも主に届かぬことを、全てをささげた相手がまるで己を理解しないことを、今また知り及んでしまった。


 ――我が生を皮肉と呼ぶならその通りだろう。他者に判断を委ねる選択が、大局に従い心を殺す決意が、まず誤りであったのだから。


 道など、どこにもありはしない。

 我法の残骸は再び深い嘆息をして、無抵抗に目を閉じる。


「……」


 アイゼンクラーの諦念をどう受け取ったか。ロードシルトはただほくそ笑む。

 酒蔵への襲撃は予期したものであったが、アイゼンクラーの敗北はよもやの事態であった。ゆえに一度は動転したが、すぐさまに思い直した。

 法を砕かれ、負傷して弱り切った心。それは即ち、魂食の餌食として絶好である。まるで世界が我が身を祝福するが如き幸運であった。


「我が法に服せよ、アイゼンクラー」


 喜悦を孕んだ声が言い、満面の笑みを貼りつけたまま、ロードシルトの手が伸びる。

 ぞろりと心が削られる感触を覚えつつ、フィエル・アイゼンクラーはひとつだけ気がかりを思い出していた。

 それは彼が我法に堕ちてのち、十数年の歳月を経て再会した少年のことだった。お互い容貌も変り果てていたが、アイゼンクラーはすぐさまに彼とわかった。無論合わせる顔はなく、名乗り出ることはしなかったけれど。

 あちらは、どうだったろうか。この鎧を見覚えてはいただろうか。

 少年の虚ろがいつか満ちるよう願ったを最後に、アイゼンクラーの意識は闇に溶けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最期に自分ではなく誰かのことを思いやれるのは、我法に堕ちた人間としては十分な救いだと思うのです。自分以外に目を向けられることが。オショウさまの一撃は届いていたのだなぁ……。 ついでにロード…
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