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リア住怒りの鉄拳 ~仏の顔もサンドバッグ~  作者: 鵜狩三善
四荒八極心巡らせ

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25/62

飼い骨

 カナタとイツォルの前にそれが現れたのは、剣祭の開催に先駆け、ラムザスベルへ到着した夜のことであったという。

 彼らが宿したのは、ロードシルト手配の高級旅館だった。

 グレゴリ・ロードシルトとの会談後、カナタは彼の居城への滞在を勧められた。しかし彼は、「あくまで一参加者として取り扱って欲しい」とこれを陳謝し、敢えて市井に逗留したのだ。

 諜報に関する霊術式を家伝とするイツォルは、都市での行動に大きく制約を受ける。なにせその真骨頂は暗殺であるのだから、重要機関へはまず立ち入れない。中央城砦への逗留を拒んだのは、この点を踏まえてのことだった。もしロードシルトの招きを受けたなら、機密保持を理由にカナタとイツォルは滞在先を分断されていたことだろう。

 だがこうして別拠点を確保はしても、これは無論、完全な自由を意味しない。当然ながら宿の者には、ロードシルトの息がかかり、ふたりはどうしようもなく監視下に置かれている。そもそもからして、この都市は半分殿の腹中なのだ。互いの他に味方はなく、いつ何時(なんどき)、どのような難癖がついてもおかしくはない。

 このような状況下では、さしもの千里眼、順風耳といえども完全な活動は不可能だ。相手の警戒とその危険度を推し量り、限られた時間の中でわずかずつ足場を作って最大効果を求めるより他にやりようはなかった。地道であり、計画性を必要とする選択だ。

 だからこそその夜、案内された部屋で旅塵を落とすなり、イツォルはカナタの部屋を訪れた。

 実際にラムザスベルを眺め、その上で今後の方針を詰めるべくの訪問であったのだが、ふたりが何を決めるより早く、こつこつと窓が鳴ったのである。

 彼と彼女は、さっと目を交わして立った。どちらの(おもて)にも警戒が濃い。

 カナタの部屋は二階にある。そして上宿(じょうやど)らしくどの客室も、通りから悪戯に窓を叩くどころか、外からおいそれと様子を窺えぬよう営造されていた。つまりこのノックはふたりの存在を知る何者かが、明確な意図を持って行ってきた接触ということになる。

 が、カナタとイツォルのどちらにも、そのような相手の心当たりがなかった。

 敵対的なコンタクトを予感し、カナタが帯剣の柄を握り、イツォルに頷く。受けた彼女が厚いカーテンを引き開け――そして現れた窓の(きわ)には、ぽつんと真白いしゃれこうべが置かれていた。


「……」

「……」


 ふたりは顔を見合わせた。大きさからして、おそらくは子供の骨である。なんらかの霊術的攻撃であろうかと用心を深めつつ、合図ののちに機を合わせ、イツォルが大きく窓を開いた。すると応じて髑髏の眼窩(がんか)に、ふわりと瞳めいて光が灯る。


「ご容赦を。このような訪問となりましたこと、平に、平にご容赦を」


 肉のこそげ落ちたそれは、かたかたと顎を鳴らしてぺらぺらと語り出した。


「手前、ツェラン・ベルと申します。しがない我法使いめにございます。このたびは高名なる聖剣殿とご伴侶様に、お聞き届けいただきたき儀これありまして、ご無礼承知で(まか)り越しましたる次第。どうか哀れな骨めの話に、お耳を拝借願えやせんか」

 舌がなくとも話しえて、耳がなくとも聞き(おお)せる。我法とはそのような代物だ。そのことは少年少女のどちらも理解している。だが予想外の物体に不可思議な友好を示されて、流石にしばし言葉が出ない。

 その隙を縫うようにして、髑髏はかたかたと窓から部屋へ入り込む。


「窓をお閉めいただけますかい。万一にも盗み聞きされたかねェ話ですが、なにぶん手前、手も足もござんせんので」


 首肯したイツォルが窓を閉め、頭蓋骨は合わせて片目の光だけを点滅させた。ウィンクのつもりであろうか。

 剽げた仕草ではあったが、カナタは相変わらず剣に手を添え、しゃれこうべの挙動を油断なく監視するままである。


「生き馬の目を抜く世の中だ。手前へのご不信、ご警戒はごもっとも。ですがこちらも尻に火がついておりやして、どうにかお二方にご信用いただきたいところ。なんでこれより手前の身の上、腹の内なぞを語ります。ご存分に吟味のほどを。その上でもしちょいとでも手を貸してやろうとなりましたれば、これ幸いにございます」


 すぐさまに信を得られるとは、しゃれこうべの側も考えていなかったのだろう。そのように交渉を続ける姿勢を見せる。


「イっちゃん」

「ん」


 ひと言だけで意を通じさせ、ふたりは頭蓋骨から幾分かの距離を置いて立ち並んだ。カナタが前に出、イツォルを背なに庇う格好である。

 優れた聴覚を持つ彼女は、声の高低、抑揚、ゆらぎ等から話し手の心理を的確に聞き分けることができた。直接の対面でなかろうと、こうも流暢に話す存在であれば嘘を聞き取るなどお手のものだ。この特技を承知するカナタは、イツォルを虚偽診断を集中させるべく護衛の位置につくいたのだった。

 この形を受けて髑髏は、再度片目を明滅させた。聞く体制になってもらえて重畳、とでもいったところであろうか。


「まずは手前の法から参りやしょうか。我が法は、法名(ほうみょう)を飼い骨と申します。ただいまご覧のこの通り、骨と骸を恣意にする法にございます。と言ってもできまするはおよそ手前に、人にできることばかり。素材(・・)があれば大きくする程度は為せやすが、まあ切った張ったにゃ不向きも不向き。聖剣殿に太刀打ちなんぞは望めやしない。なんであまり警戒せずにおくんなましよ」


 かたかたとしゃれこうべは笑い、


「ただしまあ、硬さだけには少々自負がございます。骨の白さは恨みの白。怨念晴れぬその限り、これらは砕けることあらじと、手前はそう信じておりやすんで」


 韜晦(とうかい)めいたこれまでの語りとは少しだけ声色を変え、そう続けた。これは彼の――ツェラン・ベルなる我法使いの、法の根に関わる部分なのであろう。


「そして手前とこいつらが誰を恨むかと申しませば、そいつは無論、グレゴリ・ロードシルトと相成りまする」


 まるで(まき)をくべた炎のように。ぼっと髑髏の目の光が強まった。火の粉を飛ばすが如く、緑の燐光を周囲に散らす。


「かの老公が、誘引戦術の名手であると皆様ご評価なさいますがね、あれがどうやって界獣を誘き出したかに言及する者はござんせん。まあ公言できますまいよ。大界獣群の餌として人民を用いたなんてぇ話はね。あの折手前の親兄弟は、揃って骨に成り果てました。ええ、獣に齧られ舐めしゃぶられるそのさまが、手前のこの目にゃ焼きついておりますとも」

「王都防衛戦で国軍以外の犠牲はなかったはずです。民間は全て他都市に避難済みだったと……」

「そりゃあ()のお歴々の話ですよ、聖剣殿。お大尽の皆様方は仰る通り、綺麗に逃げ散りましたさ。ですがね、手に職持てねぇあぶれ者、貧民ってのはどこにでもいるもんで。好餌とされたは、国としちゃいないも同じなその類です。そりゃあ当然、書類の上じゃ犠牲なんぞありゃしやせん。増えすぎて棄民予定だったって話もござんすから、ロードシルトのやり口はちょうど具合がよかったんでしょうなあ」

「……」


 ちらりと背後に目をやれば、視線を受けてイツォルが頷いた。髑髏の語りに嘘の響きは聞こえないとの所作である。


「野郎はこの手の連中の避難誘導を請け負いましてね。いくつかの集団を作って、順繰りに王都を発たせたんですよ。ま、この集団ごとの野営地ってのが、予測された界獣どもの移動経路だったってわけで。しかも(やっこ)さんが景気よく振る舞った食料にゃ、ご丁寧にもマーダカッタってぇ霊術薬が仕込んでありやして。こいつを腹に収めると、誰もが深酒のように昏倒しちまう。そうやって眠りこけた人間をたらふく食らった界獣もまた、ってな寸法ですよ。あとは雨あられの霊術砲火と精鋭の突撃で方を付けて、証拠は獣の胃袋と火に消え失せる次第でさあ」

「でも防衛戦は三十年あまりも昔のことです。声を聞く限り、あなたがラムザスベル公と同年代とは思えません。当時は相当年若かったはずです。なのにそうまで裏事情に通じるのは、いささか不自然に思えます」


 この会話は、しゃれこうべを介した音声転送であるとカナタは見ている。とすれば語る声は、飼い骨自身のもののはずだ。声音はおよそ壮年めいて、そこまでの(よわい)を感じさせない。


「ご指摘ごもっとも。手前はあの折、いつつかむっつでございましたよ」


 少年の憶測を、至極あっさりと髑髏は認める。


「こうもきっぱり物申せるは、なれば何故かともなりましょう。ですがその説明として、先に手前の法をお伝えしましたんで。死人に口なしと申しますが、あいつら存外饒舌なんでさ」


 (かばね)(ほしいまま)にするのがこの男の法だ。であれば死者の口から事情を聞くも容易な仕業であるのだろう。使い手が可能と信じるならば、ありえぬことをも為し遂げるのが我法である。

 現実を事実とは異なる形に歪めて受け止めた可能性はあるが、少なくともこの骨使い自身は、このことを真実だと確信するのだ。


「そういうわけで、生き延びた手前は苦心惨憺(さんたん)を重ねてロードシルトに接近しやした。ああ、恨み骨髄は野郎に対してだけですぜ。国軍の連中はおおよそがだまくらかされてただけだ。中には気のいいのがいるのも、まあ存じちゃあいましたんで」


 特定の誰かを思い出すように髑髏は遠いどこかへ視線を投げる。


「とまれ来歴の知れねぇガキが取り入るまでには、まあ随分と時間が入り用でしたとも。だがようやっとあれに近づいて、いざってところで気づいちまったんでさ。――あの男、本人じゃあござんせん」


 そこで口を切り、しゃれこうべはカナタらに起きた動揺の波紋を見守った。十分な咀嚼を待ち、続ける。


「いつからかとは知れやせんが、野郎、法に至っていたんでさ。どうも人様の体を乗っ取りやがる類のようで、体を奪われた御仁は、老公そっくりに外見を作り替えられることも、その人間そのままの見た目で、中身だけがロードシルトになってることもございやす。なんで、この都市には居やがるんですよ。グレゴリ・ロードシルトがそれこそ幾人もね。どこぞの本体を潰さねぇ限り、あれは生き続けるって寸法にござんしょう」

「……つまり、貴方が僕たちのところへ来たのは」

「ご賢察、何より。有り体に言や、ご伴侶様のお力でどうにかロードシルトの居場所を突き止めていただきたいんでさ。本来なら手前の独力で成し遂げたい仕業ですがね、このお祭り騒ぎに合わせて、老公は何やら企てるご様子だ。もうご面識と存じますが、例の水面月。あの男と聖剣殿を競わせ、そののち事を起こすおつもりかと。確たる証拠はござんせんが、捨て置けばあの餌やりの二の舞になると手前は睨んでおりやす。あの我法にゃ、他人を踏みつけ利用することを恥じ入らねぇ傲慢と酷薄が透けて見えまさあ」


 ロードシルトは世界の全てを我が物と信じて疑わぬのだと、しゃれこうべは我が身を回転させつつ憤った。


「手前はね、野郎への恨み辛みで凝り固まっておりやす。ですが人様を、同じ身の上に落としたいとは思わねぇんで。だからどうにか企ての中身を突き止めて、事前に食い止めちまいてぇ。こいつはたまさか善行と形状が一致するだけの、我執に(まみ)れた仕業ですがね、それで助かる者がいるのは嘘じゃねぇ。如何でござんしょう。手前と聖剣殿は、互いに利用し合えるかと存じます。ひとつ、手打ちと参りやせんか」


 我法を以てラムザスベル公に仕えるがゆえに、ツェランもまた十全に信頼されてはいない。むしろ一定の警戒を受ける側である。剣祭という大舞台を前にこの監視は厳しさを増し、人目を忍んだこんな接触が手一杯となっているのが現状なのだと髑髏は言う。

 つまりこれは、用心される同士で組んで、ロードシルトの目と手を散らそうという持ちかけだった。どちらかが動きを見せれば、ロードシルトはそれに対応せざるをえない。さすれば自然、盤石の盤面にも穴が開く。それぞれの方角から揺さぶりをかけることで、今の停滞を崩そうというのだ。

 一聞(いちぶん)の限り、提案は辻褄が合い、相互に利のあるものである。

 だが頭蓋骨に対し、まずカナタが覚えたのは憐れみだった。


 ――誰とも分かち合わず、誰とも共感せず、ただ己のみの世界を彷徨い、埋まらぬ(うろ)に贄を盛る。そのような代物だ。変わらず、変われず、最早死人と遜色がない。


 かつて耳にしたラーフラの述懐が脳裏を過る。この我法使いは、まさしくその通りの生き物だった。

 (わらべ)の頃からただ報復のみに固執し、執着(しゅうじゃく)し続けている。生残者の自責(サバイバーズギルト)よりもなお酷く、まるで人生そのものをロードシルトに捧げたようなものだった。  

 法の頸木(くびき)に己のかたちを呪縛され、昔日より決して逃れられない。我法使いが強くて脆いとはこのことかとカナタは思う。

 自身で語る通り、ロードシルトの陰謀を暴かんとするのも善意からのみではあるまい。我法使いの(かつ)えを潤すはただグレゴリ・ロードシルトの首のみであるはずだ。

 だがだからこそ、この話は信用できるとも考えた。恨みの火を原動力とする限り、ツェランの変節はありえぬからだ。

 無論自分たちを利用してロードシルトの本体を表舞台に引き出す策を講じる恐れもあるが、するとしてもそれは窮余の一手としてだろう。そのように些少な可能性を危惧して協力を拒むより、組んで髑髏の握る情報を入手するメリットこそが遥かに大きいとカナタは見る。

 そもそも協調しようとしまいと、自分たちのやることは変わらないのだ。元よりロードシルトの身辺を探るつもりでの来訪である。受けない道理の方がなかった。

 肩越しに振り返ると、カナタの黙考の落着点を知り抜いてイツォルが頷いた。後押しのように、手のひらがそっと背に触れた。

 唇の形だけで、「お人好し」と囁かれたが、それは見ない振りをする。買い被りというものだ。

 確かに、ツェラン・ベルの生涯にわずかばかりの同情はした。彼の妄念を終わらせる手助けができればよいと、過去の己の似姿を救うことが彼自身への救済となればいいと、そう思わなかったと言えば嘘になる。

 だが自分は、垣間見ただけの人生へ口出しするほど傲慢ではないし、全面的な肩入れをするほど親切でもない。

 視線を戻し、少年は髑髏に頷いてみせる。


「わかりました。お話を受けましょう。僕たちとしても、ラムザスベル公に振り回されるだけはごめんですから」


 表情など浮かべるべくもないしゃれこうべは、不思議にもその時、安堵を(いだ)いて笑むかに思えた……

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