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リア住怒りの鉄拳 ~仏の顔もサンドバッグ~  作者: 鵜狩三善
四荒八極心巡らせ

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21/62

蔓延り、満ちる

 ミカエラの目があるものを捉えたのは、このようにしてラムザスベルへの道程の半ばほどを踏破した頃だった。

 それは街道を外れ、大樹界の下生えを踏み潰すいくつもの(わだち)である。アーダルへ向かう獣車が、ふと思いついて樹界への侵入を試みた。そうとしか思えぬような足跡(そくせき)だった。命を惜しむなら到底しないような振る舞いである。

 跡はまだ新しく、消え失せた人々ではなく、これから消えようとする隊商のものと思われた。

 表情を険しくしたミカエラが手を上げ、注意を促す。頷いてセレストが騎龍の歩を緩め、ネスを軽く小突いて起こす。うとうとしていた娘はびくりと目を覚まし、落騎しかけて慌てて彼の腕にしがみついた。


「大樹界ん中か」

「ああ。どうする?」

「追うしかねェだろう。まだ生き残ってる可能性もある」


 やりとりを交わしつつ、彼らは下馬してそれぞれの支度を備える。

 ミカエラが五人張りの弓に弦を張るうちに、セレストは杖に霊素を集積し、小ぶりの短刀をネスに投げ渡した。手近な灌木に龍を繋ぎ、獣車の跡を追って樹界へと踏み入っていく。周囲を警戒しつつ進むうち、程なく彼らは数台の獣車に行き会った。


「あー……」


 一瞥するなり、珍しくもセレストが逡巡を漏らす。ネスの両肩を掴むと、その体をくるりと百八十度回転させて目を逸らさせた。


「!?」

「ガキの見るもんじゃねェ。ミカ公、お前はネス公についててやれ」


 そこにあったのは、無論車体だけではない。それに乗り合わせた人々と、獣車を引く騎獣の死後間もない(むくろ)もである。このいずれもが、死を見慣れた霊術士に眉をひそめさせるものだった。

 車周りに散らばるそれらは、大半が顔を歪めている。比喩ではない。まるで粘土細工のように、彼らの頭蓋骨が皮膚の下で奇態に変形しているのが見て取れた。これ以外に外傷はなく、突然見えざる手に体の内側を捏ね回され、恐ろしい苦痛に見舞われて車外に飛び出し息絶えたとしか思えぬ様相である。

 死体のいくつかは頭部に歪みを持たなかったが、逆にこれが異常だった。

 その全てが、(いか)めしい老人の顔をしているのである。


 元よりの容貌でないことは明らかだった。何故なら死せる老人の(おもて)は、どの(しかばね)のものも鏡に映したように同一なのだ。しかもこの相貌を宿すのは人のみではない。地に打ち伏して息絶える騎獣のうちにも、頭部に同じ人面を現わしているものがある。

 生物の頭部をこの老人の形に成形する芸術家がおり、歪み果てた死者の頭部はその失敗作であろうと憶測するしかないような惨状だった。商団の骸を嗅ぎつけた界獣が未だ現れぬのも、獣たちがこの異常性を察するがゆえではないかとすら思われる。

「観察ならば私がより適任だろう。ネス君には、君が侍りたまえ」

 より詳しく見定めようと、ミカエラが足を踏み出した瞬間だった。


「!!」


 何かを感知したネスがセレストの胸を叩き、応じて咄嗟に展開されたドーム状の簡易障壁に、四方からいくつもの鍔のない短刀が打ち当たる。

 木立より飛び出した、影たちの投擲したものだった。弾かれて地へ転げた刃にはどろりとした粘液が絡みついている。得体は知れぬがまず毒の類であろうと思われた。

 襲撃者たちは、いずれもが異装である。

 霊術紋を織り込んだ親指幅の細長い布を、きつく全身に巻きつけていた。それは手指の先から顔にまで及び、目だけを覗かせる覆面の如き様相を呈している。


「ミカ公!」

「承った」


 奇襲を凌がれた彼らが次の動きを見せるより早く、霊術士が叫んだ。間髪入れずにミカエラは頷き、単音節の術式で指の間に矢を生成。まさしく矢継ぎ早の仕業でこれを射る。

 ただし、標的は襲撃者ではなく後背の巨木だ。弓使いは射込んだそれを足場に、水平の床を走るようにして見る間に樹上へ駆け上り、張り出した太い枝に陣取った。絶対の高所という狙撃地点を確保した格好である。雨あられの矢をそこから降らす構えだった

 追おうにも、幹を穿った矢は既に霧散して霊素に還り、足がかりとなるものは最早ない。悠長に木登りなど始めようものなら、直上のミカエラのいい的となるのが明白だった。無論、セレストも、黙って見守りなどすまい。

 不意を討った側が唖然と足を止めるほどの対応速度だった。そしてその一瞬の空隙を逃さずに、ミカエラが弓を引く。正確無比の一矢が、直後包帯巻きの頭部を四散させた。

 わずかな動揺が走ったが、襲撃者たちもさる者である。

 即座にターゲットをセレストとネスに絞り、腰物を抜き放って殺到する。樹上は一端捨て置いて敵を削り、狙撃手を孤立させようという意図であったろう。


「!!??」


 対してセレストは杖も構えず、適当な荷物のようにネスを小脇に抱え上げた。年の割に随分と彼女は小柄で、霊術士の腕力でも運搬は容易である。

 じたばたともがくネスを、「大人しくしてろ」と叱りつけるセレストに、近接戦闘の備えがあるようにはまるで見えない。

 だが容易い相手と襲撃者が踏み込んだその瞬間、大地が火を噴いた。肩ほどの高さまで噴き上がった炎は、迂闊な接近を試みた男の半身を炭化させつつ吹き飛ばした。


「言い忘れてたが、足元注意だ」


 物騒な笑みを浮かべ、セレストが言い放つ。

 これは襲撃者たちがミカエラの疾駆を見上げる()埋設(まいせつ)した、地雷火の作用だった。地中に浅く(うず)まった火は、振動と加重に反応し、指向性を持って爆裂する。

 その威はまさに今、示された通り。更には接触をトリガーとするため、発動はセレストの意志にも知覚にも左右されない、全方位に対応する防壁として機能する霊術式であった。


「だから暴れんなつってんだ。絶対に落ちるんじゃねェぞ」

「……!!」


 再度言い聞かすセレストに、抱えられたネスがこくこくと頷く。いっそ微笑ましいような光景を前に、男たちの足が止まった。どこに仕掛けられたとも知れぬ罠を前に、平然と歩を進められる人間などそういない。

 だが彼らの静止の一瞬を縫い、またしてもミカエラの矢が飛んだ。彼がよっぴいてひょうと放つたび、襲撃者の頭が爆ぜてゆく。

 行くも死、行かぬも死の状況に、だがまだ抗う者がいた。

 圧縮詠唱により術式を執行し、身体能力を強化。高く跳ねて、頭上よりセレストを刺殺せんと試みた。

 鉄壁の籠城は動きの不自由に通じる。彼はセレストを、自ら袋小路に飛び込んだ痴愚と踏んだ。地雷原の中心に立つ以上、どの方向へも機敏な回避は行い難いに決まっているのだ。加えてその足元は、埋設のない確実な安全地帯であろう。

 が、その意に(たが)って、セレストは滑るようにひょいと動いた。

 地雷火と浮遊霊術との同時執行。大地を踏みしめ立つように見えて、霊術士の体は地表からほんのわずかだけ離れて浮いている。自らの足で立つように見せかけていただけに過ぎない。

 標的を喪失した襲撃者が、こののちの運命を悟って絶望を呻きを漏らす。此度はその思案に反せず、再び火炎が噴き上がった。


「で? なんだってんだ、お前らはよ」


 たちまちに頭数を半減し、凍りついた襲撃者らへ向けてセレストが問う。

 ちらりと横目で折り重なる隊商の死体を見やり、


「ま、訊かずともある程度見当はつくな。証拠隠滅にいらっしゃったラムザスベルの方々、ってとこか」

「……」


 放たれた(げん)に、襲撃者たちは答えない。この場合の沈黙は、雄弁なる肯定だった。


「じゃ、悪いが……いや、別に悪かねェか。お前らふん捕まえさせてもらうぜ。大人しく縛につくなら――」

「そうはいかん」


 新たな声が割って入ったのは、セレストが降伏勧告に切り替えたその時だ。

 声の主は、この大樹界において全身鎧を着込んだ男であった。おそらくは紋様術式による形状切り替えを用いた武装であろう。人並外れた巨躯が、甲冑の威容で更に大きく目に映る。


「……厄日かよ。次から次へとなんだってんだ」


 軽くあしらえた包帯巻きどもよりも、数段上の相手であると一目で知れた。セレストばかりでなく樹上のミカエラもこの男へと照準し、精神的束縛から脱した襲撃者たちが四方へ逃げ散る。余程この全身鎧に信頼を置く様子だった。


「知る必要はない。アーダルへ近づけ過ぎたは我が身の不覚。だがそれはこの場で拭おう。お前たちの口はここで塞ごう」


 短距離走者がスタートを切る直前のさまに似て、鎧の男が身をぐっと沈める。不可思議にも彼は、鎧以外の武装をしていなかった。お陰でどのような攻撃が来るか予測がつかない。

 だが少なくとも、先の地雷火は目撃しているはずだった。ならば初手は遠距離からの飛び道具か霊術砲撃と踏み、セレストは障壁の準備を整える。だが。


「誰にもあの方を阻ませはせん。そして、」


 男はそのまま駆け出して、セレストへの突撃を敢行した。走り(ばな)を咎めてミカエラの矢が空を裂く。しかしこれは鎧の男に何の痛痒も与えなかった。

まるで上位魔族の干渉拒絶が如く、一矢は鎧に弾かれて、男の速度は緩まない。先よりのミカエラの強弓を(かんが)みれば、明らかに不自然な現象だった。

 躊躇なく、彼はそのまま地雷原を猛進する。加わった振動に反応し、立て続けに炎術が爆裂し爆裂し爆裂し爆裂。束となって空を焦がさんばかりの紅蓮を放つ。

 その火炎地獄を駆け抜けて、男はなお無傷だった。あれだけの霊術を浴びれば、当然金属は着用できぬほどに熱される。けれど磨き上げたような鎧からは湯気も上がらず、煤一つ付着していない。


「――誰も俺を阻めはせん」

「そうかい」


 伸び来る黒鉄(くろがね)の篭手を眼前に、セレストはにいと笑った。

 彼が杖の尻で地面を突くなり、信じがたい速度で周囲の霊素が圧縮される。術者の意を受けた霊素は霊力へと置換され、数十の炎珠が、たちどころに宙に生じた。物理的接触により炸裂する剣呑な火球ひとつひとつが、地雷火を数倍する破壊を内包している。

 障壁外に執行したこれを、セレストは一斉に男へ叩きつけた。生じた爆風を浮遊を維持したまま巧みに受け、ネス共々大きく後方へ飛び退(すさ)って距離を取る。

 アーダルの太陽と称される炎術士の集中砲火は、さしもの鎧男も無効化とはいかなかったものらしい。踏みしめた足で地を削りつつ、後方へと押し戻される。

 が、それだけだった。


「無駄なことだ」


 彼は傷ひとつなく、傲然とまだ立っている。


剛法(ごうほう)無道鎧(むどうよろい)。お前たちに死よりの他に道はない」

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