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夫役

「説明してもらえるかね、セレスト」


 王都アーダルを離れるなり振り向いたミカエラの視線には、気の弱い者なら()め殺しそうな威圧がある。だが先行する霊術師は騎龍に跨ったまま振り向くと、涼しい顔で手を振ってのけた。さして速度は出していないとはいえ、片手で手綱を握っての余所見である。


「オレの腕なら、アプサラスで生やしたっつったろ。なかなか見物(みもの)だったぜ、切り口から赤ん坊みてェな手が生えてくるってのはよ」


 その光景を想像したのか、それともセレストが腕を失った責を感じたのか、弓使いが苦い顔をする。


「そっから機能回復にも付き合ってもらったしよ、まったく、ウィリアムズのお嬢ちゃんには頭が上がらねェな」


 我が手に目を落とし、セレストは握って開いてを繰り返した。

 魔王隷下五王六武との戦闘で失われた腕は、アプサラスの医療霊術により取り戻すが叶った。以前とまるで遜色ないふうに修復をされている。

 が、寸分違わぬとかいかないことを、ミカエラの眼力は見て取っていた。

 治癒霊術とは対象の霊体形を汲み取り、残留するこの形状に合わせた復元を行う術式だ。発生する回復作用は自然治癒の促進を遥かに上回る効能を備え、手指の爪程度なら即時に再生してのける。

 しかしセレストのような大欠損は霊体へも損傷を与えるため、通常の治癒術式では癒しきれない。

 こうした負傷に対応するのがアプサラスの独自術式だった。

 被術者から切除した肉片を、残留霊素形を参照しつつ霊術的に捏ね回し、欠損部位に適合する器官を生成。これを本人に移植し、出来上がった箇所を高速で成長させ補完するやり口だ。


 無論、この方式にもデメリットは存在する。

 その最たるものは、再生部位がほぼ一から育てなおしとなる点だろう。

 筋力が著しく低下するのみならず神経的接続に拭いえぬ違和感が生じ、元通りに動かせるようになるまで、個人差はあれどもおよそ数か月のリハビリテーションを必要とした。このためセレストがアーダルに帰還したのも、つい先日のことである。


「興味深い体験談ではあるし、ウィリアムズ君とアプサラス王には、改めて礼状の手配もした。だが私が尋ねたいのはそちらではない」

「じゃあなんだってんだ、ミカ公。いつもながら細けェな」

「? ?」


 やれやれと言わんばかりなセレストの声と同時に、彼の背に張りついた小柄な少女が、ゆるくウェーブのかかった髪をなびかせて見返った。小器用にも騎龍に揺られたまま、もの問いたげに首を傾げてみせる。


「そんなもの、わかりきっているだろう! どうしてネスフィ……ネス君がここにいるかについてだ!」


 この娘の名を、ネスフィリナ・アーダル・ペトペという。カイユ・カダイン直系血族にしてアーダルの第三王女殿下だった。

 霊動式封入甲冑に乗り込み魔皇征伐に参戦した英雄のひとりだが、五王六武との激戦において彼女を封入する甲冑は大破。修理完了までは戦力として扱わず、王宮で姫君に相応しい暮らしを送るはずの人物である。


「ああネス公か。いや、こっち来る前によ」


 ミカエラの怒声に、やっと思い至った顔でセレストが嘯いた。


「ちょいと顔出して、『暇なら一緒に来るか』って訊いたら頷くもんだから」

「王宮に忍び入ったのか! その上無許可で連れ出したのか!」

「落ち着けミカ公。血管切れんぞ」

「誰の! 所為だと! 思っている! ……どうして君はそう大雑把なんだ……」


 声を張り上げてから額を押さえ、弓使いが呻く。

 セレストと行動を共にすることの多いミカエラ・アンダーセンだが、本来は彼はネス付きの守護騎士であった。当の王女を(かどわ)かしたと公言されれば、発して当然の激情と言えよう。


「大体、今回の調査は先の魔皇征伐とは違うのだ。我々だけの行軍であり、調査なのだぞ。食料も野営の準備も最低限と知っているのか」

「そりゃまあ、見りゃあわかるがよ」

「いいや、君はわかっていない。となればネス君に相応しい食事も満足な寝床も、私は用意できないのだぞ。そもそも船でも獣車でもなく、直接龍に乗せるとは何事か。せめて被り物くらいは用意したまえ。日差しと風で髪も肌も痛んでしまう。なんとお(いたわ)しい」

「……」

「!」


 力説に霊術士は呆れ顔で肩を竦め、ネスは彼の外套に掴まったまま、へいちゃら平気とばかりに反り返って胸を張ってみせる。


「要はとっととひと仕事終えて、アーダルに戻りゃ問題ねェって話だろうが」


 吐き捨てて、セレストは龍に拍車をくれた。急に増した速度に慌て、ネスがぎゅっとしがみつく。

 ――お人好しめ。

 胸の内だけでミカエラは呟く。

 獣狩りの戦力として見做されることからも知れる通り、王宮においてネスの扱いはよいものではない。魔皇征伐への参戦が叶ったのも、一種彼女が厄介な存在であるからだ。調整済みの身の上なれば、他都市へ嫁がせる駒としても機能しない。魔王拿捕の英雄などという付加価値がついたところで、煩わしい忌み子扱いに変化はなかった。

 おそらくセレストは、やむえぬ治療上の理由とはいえ、そのような娘を長らく放置したことを気に病んでいる。それでわざわざ恩赦をふいにする振る舞いまでして、ネスを強奪したのだと思われた。

 もっとも以上は勘繰りに過ぎず、全てはいつもの気まぐれで終わりかねないのがセレストの一番怖い部分であったが。


 だが少なくともそこには、彼一流の計算が横たわるのだけは確実だろう。

 セレストの行為は、示威と服従を同時に含むものとして間違いがない。

 王宮の警備すら歯牙にかけない部分を見せつけ、自身の危険度を思い知らせる。その上で罰として課される(えき)を不服げながらも受容して遂行し、上層部に、我が国の権威は太陽すらも従えるのだと都合のよい誤解を与える絵図だ。

 如何に調整措置のメンテナンスという首輪を嵌め、人質として関係者を抑えたところで、殊勝になるはずがないのがセレストである。上は、それをまるで理解しないのだ。

 確かにその気になれば、自身を縛るもの悉くを焼き払うだけの火力をセレストは有している。恐れ危ぶむのは当然だが、彼をそのようにしたのはアーダルなのだ。自業自得もいいところだとミカエラは思う。

 斯様な短絡を行わせぬよう、この騎士はアーダルの太陽を監視する役目を負っている。が、実際のところ彼の心情は、国よりも友人へ寄り添っていた。


「問題しかない気がするが、迅速な対処という意見には賛成しよう」


 ミカエラは手綱で己の龍をひと打ちし、ふたりに並走する。その姿を横目に、口の()だけでセレストが笑った。


 セレストとミカエラに課せられた任務は、アーダルとラーガムを結ぶ街道上で消えた隊商の調査である。

 捜索ではなく調査である点に、この仕事の性格が表れていた。消息を絶った彼らは、既に死亡したものとして扱われている。

 この街道は大樹界に沿う。ために行き来の商人が界獣魔獣の類にひと呑みにされることは、残念ながらままあった。

 勿論路傍には獣除けを施した霊術針が埋設され、衛士や巡礼により随時メンテナンスを施されてはいる。だがこのような持続的かつ簡便な術式で打ち払えるのは精々小型の獣まで。中型以上は意にも介さず、折に触れては横行した。

 ゆえに陸路を行く旅人には、都市間の移動において出立の記録と、旅程で目にした情報の報告が義務づけられている。

 これは犯罪の防止ではなく、単純に生き死にを知るための規定である。行方を絶った場合、これらから事故発生地点を推測し、危険区域を割り出すのだ。


 今回起きた商団の消失も、こうした資料から判明したものである。都市間で定期的に行われる鳥による伝書の照らし合わせで、ラーガムを発ったいくつかの隊商がアーダルに入国していないと判明したのだ。

 本来ならば、生き残りなく商団丸ごとを飲み干すような大型界獣の出現を警戒する報である。もし人の味を覚え、たびたび襲撃を繰り返す界獣の生息が予想されるのならば、軍を率いて討伐し、陸路の安全を確保する必要がある。

 が、この件は少しばかり様子が違った。

 逆にアーダルを発ちラーガムへ向かう旅人は、ほとんどが無事到着しているのだ。また誰一人、道中において大規模な界獣襲撃の痕跡を見ていない。


 つまりはアーダルを目指す者ばかりが、煙のように消え失せているということになる。獣以外の意図的な関与が疑わしい事態だった。

 よってセレストたちは国境最寄りの都市であるラムザスベルまでのルートを自身で辿り、道中で入念な探索を行うことを予定していた。

 もっと大人数を繰り出すべき任と思えるが、そこを補うのがミカエラの視力だ。払暁から日没まで、大樹界に若干踏み入りながら彼を先頭に調査を行い、夜が訪れてのちはセレストが煮炊きを請け負いつつ寝ずの番をする。

 彼らが実行するのは斯様な旅程であり、役割分担というにはあまりに過酷な、この二名でなければ体力の続かぬようなやり口だった。事実、尻馬に乗っていたネスは一日目にして体力が追いつかなくなり、セレストに抱えられてうつらうつらと移動するようなありさまである。

 これを、「封入甲冑(本体)がないと何の役にも立たねェな」と揶揄され、むくれて以後は薪集めに(まかな)いの手伝いにと精を出していた。


「ネス君がそのような真似をしなくてもいいだろう。私が代わりに……」


 などと口を挟んだ弓使いもいたが、


「ガキが何にもできないまま育つのをお望みかよ。覚えといて損はないだろ。そもそもお前は根本的に料理ができねェんだから、黙って寝てろ」


 とたちまちに切り捨てられている。当のネスがやる気を見せている以上、ミカエラとしてもそれ以上は言い立てられないことだった。

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