最終回
こんなものしか出来ないですみません。
「川は速く動いているな~」
鶴美は川辺でポーッと流れる水を見ながら体育座りをしていた。
特に考えることはないが……ここで身を投じれば、佐吉は自分を心配してくれるだろうか。…いや、『心配しか』してくれないだろう。
そんな風に感傷に浸っていると…。
「鶴美…ここにいたのか」
馴染みのありすぎる声と、美しいとは思うがそれ以上の感想は出ない顔の人が現れた。
鶴美が最も…来て欲しくない相手である。落胆のような感情が鶴美を支配したが、すぐに可愛らしい笑みを浮かべてホケボケと問いただした、
「な~んで、貴方が来るんですかね~」
その問いにリアンは自分でもみっともないと思う顔をさらけ出した。
「セナって奴の方が…よかったのか?」
「まっさか~。来たら多分、ぶん殴ってますよ~」
「佐吉に…来てほしかったのか?」
「えぇ、来て欲しかったです~」
鶴見はあっけらかんと言い放つ。
目の前にいる男の感情なんぞどうでもいいとばかりに、その者の評価もどうでもいいとばかりに鶴美は言葉というナイフでリアンの心臓を抉る。
「私が選ばれたいのは、貴方じゃないんですよ」
「……ッ!」
ショック……というよりかは『知っている』という表情を浮かべた。
それを少し意外に思いながらも鶴美は石を川に投げながら、話した。
「少しだけ…昔話に付き合ってくれますか?」
「なんだ?」
「私、小さい時からバカだったんですよ。頭の回転がそんなによくなくて、見た目もフワフワしてますし、喋りも間延びしいて……『弱者』っぽいでしょ?だからよく皆に『庇護』『保護』されるんです」
アハハ…と、鶴美は自嘲してみる。
「でも…私は本当に選んで欲しい人には選ばれたことがなかったんです。」
例えば、彼女は親に愛されたかったが……鶴美を愛したのは親戚だった。
親戚には『可愛い可哀想にか弱いのに哀れだ』と言われてお人形さんのように愛された。
自分が愛されたかったのはお前等じゃなくて親なのに……そう思ったが、生きる為にやめた。頭が悪い自分ではどうやっても無理なので、その可愛がりを受けた。人を人とも思わぬ可愛がりを受けたのだ。
しかし結局親戚とは物理的に離れ……親には捨てられた。
「佐吉だってそうなんだ。周囲の有象無象どもは最後には可憐ちゃんより私を選んだのに……佐吉くんは可憐ちゃんの方にいっちゃった」
有象無象に可愛がられたくなんぞなかったし、哀れまれたくもなかった。チヤホヤされたくもない。
「でも、皆がこういうんですよ……
『まんざらでもなかっただろ』って……そんなに嫌ならいえばいいだろ。受け入れなければいいだろ。本当は嫌じゃなかったんだろ。そんなのズルいぞって。恵まれてるだろって……」
「鶴美…」
呟くようにリアンが鶴美の名をいった。
しかし、それは鶴美の神経を逆なでする。
「可愛がられて本心から嫌だなんて思いませんよ。弱者であればいいだけなんて……本当に楽で楽で仕方がないですよ。そもそも私は頭が悪いんですよ!物事を深く考えないんですよ!!そりゃ楽な方にいきますよ!」
「鶴美!!」
静止するようにリアンが叫んだ。
「なんですか?性格の悪さにあきれ返りましたか?」
「俺は鶴美の性格が悪いのは知っている。実は案外強かで…強欲で…けど無欲て本当に弱くて……純潔じゃなくて貞操観念が壊れてる癖に潔癖でとても面倒くさい」
リアンの言葉に鶴美は反論しそうにはなったが、グッとこらえる。
自身はそこまで面倒くさいクズではないといいたいが、元よりリアンからの評価等鶴美にはどうでもいい。
「よく分かってるじゃないですか。それだったら…」
「それでもだ」
「それでも俺は…全部の鶴美を愛してる」
どこぞの映画にでも出そうな言葉だった。
やはり、世界的な俳優がいうと様になる……なんて冷静に内心で鶴見は呟いたが……実は始めて『リアン』という人間の熱に飲み込まれそうになった。
まがりなりにも世界を相手に魅了という魔術で戦ってきた男である。
そんな奴が一人の女性だけを求めたのだ。その求愛は…化物となる。
「…っ…」
呑み込まれかけた鶴見は吐きそうな思いを抱えながら、吐き捨てる。
「何ですかそれ気色悪い。私は、リアンさんに愛されたくないんです。私が愛して欲しいのは…別の人なんです」
笑顔はもう作れなかった。
その様子を見て…リアンはニッコリと笑う。
その笑みは余りにも美しく……そして余りにも場違いである。
まるでグロテスクに殺された猟奇殺人現場にいながらもニッコリと微笑んでいるぐらいに…場違いだった。
「だったら俺にしろ」
「は?」
「俺を好きになれ」
鶴美は一瞬…いや、数秒間何を言われたのかわからなかった。
自分はリアンに対してお前なんかに愛されたくないといったのだ。ならば諦めるべきだろと鶴美は思っている。
しかし、リアンの返答は俺にしろである。
「……!?!???!」
意味が分からない。もうお手上げである。キャパシティーオーバーだ。
いや、もっと人間関係を深くつながりをもっていれば…あるいは理解できたのかもしれない。
せめて、選ばれるのを待つのではなく……選ぶことを経験していれば理解が出来たのかもしれない。
しかし、経験不足の鶴美には分からない。分からない分からない分からない理解出来ないしこれからどう行動すればいいかも返答も分からない。
分からなくなった彼女は……罵倒を選んだのであった。
「…私はお前なんか大嫌いだ!!気持が悪い!諦めろよ!目の前にいるのは性格の悪い自意識過剰のブスなんだから諦めてよ!ていうか嫌ってよ!!」
半ば逆ギレを起こして鶴美はリアンを罵倒する。
怒り…というよりかは恐怖だろう。
鶴美は今、リアンに恐怖を抱いている。愛されたことがなかった訳ではないが、大抵は自分の本性をちゃんと知れば皆はガッカリしたように消えて行ったのだ。
リアンの剥き出しの愛情が…怖くない訳がない。
「俺だって少しは懸念していた。全部を知ったら…お前のことを嫌いになるんじゃないかと……でも、大丈夫だった。俺は、少しも色あせることなく鶴美が好きだ」
「私はお前に選ばれたいんじゃない!!お門違いなんだよ!そんなものが優しさだとでも思ってるのかよ!!弱ってる惨めで哀れな女だったらいうこと聞いてくれるとでも思ってるの!?」
それは、優しさではない。ただの甘やかしである。
成長を望まず、現状維持を望み…いつかは破滅するのだ。親が子供を甘やかしてクソガキが出来て自立の出来ない大人を作って…最後には破滅するのと一緒だ。
そんなものは世の常識で都合が悪いから『厳しさも愛』だと正当化している。
「俺は絶対にお前を幸せにする。俺はおれ自身がもっと魅力的になるように努力する。安心しろ……『そんな程度』で俺は破滅しない
薬王寺リアンをなめるな」
「だから、俺でガマンしてくださいお願いします」
変化を…この男は求めないのだろうか。成長をこと男は求めない。
この男は健気ではない。ただ自分の愛を押し付けているだけである。
鶴美は自身に言い聞かせる。
『やり直せるならば今だ』と。この甘やかしと優しさを履き違えている男を拒絶するべきだと。
このままでは何も成長しない女になるだけだ。ただの我侭な少女のままでいいのかと……
何度も何度も繰り返し問う。このままでいいのかと、コレでいいのかと。
コレでいいのかコレでいいのかコレでいいのかコレでいいのかコレでいいのか…
「リアンさんで…ガマンします」
「鶴美…」
「今は…です。私は……ちゃんとリアンさんを好きになります。ガマンとかじゃなくて…リアンさんを好きになれる自分になれるようになります」
コレが、鶴美にとっての妥協点だった。
「ありがとう」
「まずはリアンさん……味噌カレーでも食べましょうか」
「そうだな」
リアンは鶴美の手を握り…一緒に帰っていったのであった。