第8話 わかりあえない
可憐の部屋
「そこに座って」
「うん~」
鶴美は、可憐に言われるがままにベッドの上へと座った。
「何かあったの?ってか、何かあったでしょ?」
「うんっと~色々とねぇ」
鶴美に答える気はない。
全部を説明するのも面倒くさいし、自分が『被害者』と思わせるような内容をいうのも面倒くさいのだ。
しかし、可憐は何か察しがいったように、スマホを開いてTitterを見せた。
「このことでしょ?」
そこには、『この女最低!!セナと浮気関係!』というようなことが流れており、そこには自分の顔写真まであった。
「…………ッフフ」
あぁ、そのこともバレたのか。と、鶴美は思ったがもう面倒くさいのでどうでもいい。
失うものは何もない。
可憐の考えは少し間違ってはいたものの、同じ『面倒』なこととしては確かに同列だ。
「鶴美ちゃんって、可愛いね」
突然、可憐は何の脈絡もなくそういった。
褒めている訳ではなく、単に事実をそのままに言ってる感情のない声であった。
「よくブスって言われるから。そんなことないよぉ~」
鶴美がホケボケ顔を崩さずにいうと、可憐は無表情で肯定する。
「うん、鶴美ちゃん。不細工だと思うよ」
「……」
「でも、みんな最初は口を揃えてこう言ったんじゃない?『可愛い』って。間延びした喋り方とか、おっとりした態度とか、バカな頭とか、可愛い顔とか、ブスな所とか……可愛いって、皆は思ったんじゃない?よかったじゃん」
「よくないよぉ~」
鶴美は否定した。
謙遜ではなく、単純に『可愛いと言われ続けてよかった』と思わないからだ。
しかしながら、その価値は可憐には分からない。
「なんで?良かったじゃん。バカで良かったじゃん。可愛いくて良かったじゃん。ブスで良かったじゃん。弱者で良かったじゃん。それでめちゃくちゃ優遇されて、守られてよかったじゃん。やり方さえ間違わなければ悪意にはさらされない……最も、貴方はバカだからそれすら無理だったんだろうけど」
「酷い暴言吐くね~」
「暴言ぐらい吐かせてよ。貴女は私の愛する恋人の愛する人なのよ?嫉妬とでも思ってよ」
「そっか~なら仕方がないね~」
ニコニコ顔の鶴美と激情の感情を押さえ込む表情をする可憐。
暴言を吐いてるのは可憐だが、余裕そうなのは鶴美である。
対して可憐は『やっとこの時が来た』という興奮を必死で押さえ込んでいる様子であった。
「ってか、佐吉くんにすがり付けばいいじゃない。あの人、多分鶴美ちゃんが助けを求めたら何とかするわよ」
可憐は至って無表情にそういうが、隠しきれてない感情を表すならば『嫉妬』だろう。
「出来ないよ~だって~」
「だって……何?だって佐吉くんに迷惑かけたくない?だって薬王寺リアンが好きだから?
……だって、私は悪くないもん?」
「……」
思わず……鶴美は言葉を失った。
黙ろうとした訳ではない……声が出なかったのだ。
「あ、そうなんだ。やっぱりそうなんだ。だから被害者顔できるんだ。だからニコニコと余裕の可愛い顔が出来るんだ……スゴいね」
「……」
「ニコニコと笑ってるだけで『可愛い』ってもてはやされて、ちょっと俯いて困った顔をすれば誰かがやってくれる。どんなに悪いことをしても、泣けば『被害者』になれる…………明らかに可笑しいことなのに、皆はそれを当たり前のようにするし、鶴美ちゃんは当たり前のように受けとる」
「何がいいたいのかなぁ~?」
「大嫌いだっていってんの」
ストレートに可憐は感情をぶつける。
今までいいたかったことを。ずっと言いたかったことを。
「物凄く得をしてるくせに、皆から好意を持たれてるくせに、みんなからよくされてる癖に、鶴美ちゃんは一見嬉しそうに見えて……とっても迷惑にしてる」
そんな彼女が大嫌いであった。しかし、嫌うことは許されず、正論を彼女にいうことも出来ない。
それをした途端に『弱い者いじめ』となり、自分は『加害者』になってしまう。
守られている御姫様に対してなにも出来ないのだ。
それがいつも……可憐の中にはあった。
「しかも、きっと佐吉くんは鶴美ちゃんが大切で大好きで愛してるんだよね。悔しいことにさ、その『弱者』や『被害者』『可愛い』部分じゃなくて、純粋に『鶴美』を愛してるんだよね。過不足無く。だから普段は放っておいて、鶴美ちゃんが本当にヤバくなったら何が何でも助ける。いいなー恋人の私より愛されていいなー」
「よくないよ」
「あ、やっと間延び言葉が消えたね。つまり『それ』については結構切実な悩みなんだね。でも、それを踏まえさせて言わせて貰うと
……いいことだよ。良過ぎるよ。世界に祝福され過ぎてるよ。楽な世界で、男子に好かれて、女子に可愛がられて、素敵な恋人様がいて、その上で常識的で過不足無くちゃんとした意味で『愛』してくれる幼馴染がいて…よかったじゃないの」
怒っているような、涙が流れてしまうのを必死で押さえ込むように、色んなものを押さえ込むように言葉を吐き出す。
「今まで楽に生きてきたツケが来たのよ。…大徳寺くんを巻き込むなら…許さないわよ」
そういわれ……鶴美は一旦目をつむった。
目を瞑って、息をすって……目を開いて可憐を見据える。
「……何も知らない癖に」
間延び言葉をやめて、まともな喋りで切り出した
「貴方は……貴女には私が御姫様に見えてるんだけど……違うからね?
何をいっても相手にされなくて、何をいっても本気にされないで、何も出来ない事を望まれて、出来るとガッカリされるの。間延び言葉も……今は頑張ってるからまともに喋れてるけど……ゆっくりとしかしゃべれないの。
私は……愛玩動物のように扱われてるの。これの何処がいいの?
人間だもの……性格が悪い部分だって、出来ることだって、出来ないことだって」
「今さらそんなこというの……卑怯よ」
被せるように、可憐はそういった。
言い訳はきかないとばかりに、目を伏せて顔をうつむかせている。
「………もういいわ」
鶴美は……虚ろな目をしてそういった。
会話を諦めた。自身を理解して貰うのを諦めて、彼女は席を立つ。
「さようなら、佐吉には何もしないから安心してそれとね……
私、可憐ちゃんのこと……友達だと思っていたわ」
「嘘をつかないで……私たちは殆ど接点ないじゃない。それをいって……被害者になりたいだけでしょ?弱いアピールでしょ?…………そういう所が……大嫌いだったの」
ニコニコと笑う彼女が嫌いであった。
誰からも愛される彼女だ嫌いだった。
好意を向けられているくせに面倒臭がる彼女が、自身の恋人に大切にされている彼女が……
嫌いで……嫌えなくて、大嫌いで、憎めなくて、嫌いだった。
「知ってたわ……知ってた……ごめんなさい」
そういって、鶴美は出口のドアへと向かう。
涙を流さなかったのは……鶴美の最後の意地だった。