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前編

噂の酒乱女の他の話と登場人物かぶっていますが、前作を知らなくても大丈夫です。

一体、どこで間違えてしまったのだろう・・・。


それは、ほんの些細なことから始まった。





俺の直属の部下がミスを犯した。


会社でも持ち出し厳禁・社外秘とされる重要書類を、その部下がこともあろうか資源ごみ業者に出してしまったのだ。


その書類は、規模は小さいながらも歴史あるわが社の根幹となる、社史、資金の流れ、株主の記録、社員の個人情報、等々。会社の創設から今現在に至るまでの記録を、書庫の整理の際に誤って捨ててしまったのだ。


量としては、分厚いファイル約30冊。段ボールにして10個分。

そんな量をどうやって間違えるのか。捨てる前に中身を確認しないのか?

あまりにも初歩的なミスに、俺は頭を抱えた。


その部下は陰気な雰囲気の女で、鼻あたりまで前髪を降ろして分厚い眼鏡をしていた。

昨年新卒入社で総務部に配属となった女だったが、仕事ぶりは可もなく不可もなく、とにかく目立たない。何か訪ねても蚊の鳴くような声で答えるし、俯いたまま目も合わせない。何より髪の毛と眼鏡が邪魔でよく顔が見えないから碌に顔も覚えていなかった。


正直言うと、俺はその書類自体どうでも良かった。

が、その時別のことでイラついていた俺は、その女の妙におどおどした態度が自棄に気に障り、めずらしく声を荒げて怒鳴ってしまった。


そう。その頃俺には、そんな書類よりもっと大切なことがあった。



俺、高野充たかのみつる高野HDホールディングスと言う世界ランキング30位以内に名を連ねる大企業の跡取り息子として生を受け、幼い頃から帝王学を叩き込まれてきた。

海外の大学を飛び級で卒業、その後博士号を取得し日本に帰国。帰国後は企業のトップとなるべく俺の親父に当たる社長の秘書として経営学を学んでいた。

そんな俺が、どうしてこんな小さな会社で「総務部」の「部長」なんて温い役職についているのか?

それは、うちのグループ会社の影の総帥と呼ばれる俺のじいちゃんの一言から始まる。

それまで本社で億を超える案件を自由自在に転がしていた俺を、「お前は人を見下している所がある。社員を道具としか思っていない経営者には誰もついてこない!もう一度勉強し直してこい!」

と言う一言で、じいちゃんはグループ会社の孫請けに当る木村商事と言う商社の総務部に放り込んだ。

あまりの横暴さに腹もたったが、幸運なことにじいちゃん以外は俺の味方だった。

実力のある俺をそんな零細企業に飼い殺しにしていてはもったいないと思った親族たちは、この企業をお前の力で動かしてみろ、と、経営権を俺に委ねてきたのだ。

従業員50名程度の小さな会社だ。高野HDと比べるまでもなく吹けば飛ぶような零細企業だったが、俺はこの機会に、自分でも驚くほどに心が躍った。

今までどんなに経営の才能があると持て囃されようと、所詮は机上の空論。社会に出れば実績のない人間が発する意見など所詮はたわごとだ。だから早く自分の理論が正しいと言う裏付けが欲しかった。

そう、自分の思い描くやり方でこの零細企業を大企業へと成長させて、俺の理論を実証してみせよう。

それに、万が一負債を抱えたとしてもこんな零細企業、実家の力を使えばいくらでもカバーできる。考える限り俺にリスクは全くない。これ程俺にとってオイシイ話はなかった。


じいちゃんの手前、俺が木村商事を運営をすると言うのは表向きは伏せ、総務部長と言う隠れ蓑をかぶったまま木村商事を引き継いだ。

一応、俺のお目付け役に、表向きの社長を務める吉越と経理部長の木村が付いた。

社長の吉越は高野HDからの天下りだ。実力はあるが癖が強く、無責任な意見で社内を引っ掻きまわすので上から煙たがられていた。そのため、グループ本体に影響の少ない下請け会社の社長職に就けられていた。俗に言う体のいい厄介払いだ。

経理部長の木村は名前から判るように、この木村商事を立ち上げた木村一族の親族に当る者で、高野HDに吸収合併されるまでは彼が社長を務めていた。木村の祖父が立ちあげた木村商事はそれまで親族経営をしていたが、リーマンショック後の不景気に耐えられず、高野HDに吸収合併された。

木村は真面目で情にも厚く人望もある男だったが、社長の器ではなかったのだろう。

3代続き、自身でも長く大切に守ってきた会社をこんな若造に仕切られるなんて心中は複雑だろうが、実力主義の世の中ではそれも仕方ないと割り切ってもらわなければ困る。

まあ、俺がこの会社を大きくしてやろう。それで勘弁してくれ。



その時の俺にとって木村商事は、盤上の駒の一つにすぎなかった。



そんな、俺の考えが甘かったのか、それとも単にタイミングが悪かっただけなのか・・・。



俺が木村商事の経営を任されてから1年。

取引先も増え、売上は右肩上がり、何もかもが順調に進んでいたのだが・・・


ある日、資産運用の為に株を大量購入していたとある大企業に役員の汚職問題が発覚し株価が大暴落、ほどなくその大企業はあっけなく倒産した。

そして、俺が買い込んだ大量の株券は、全て紙切れとなった。


そのことにより、木村商事の経営は一気に傾く。

悪い噂はすぐに広まる。一度悪い噂がつくと取引企業より倦厭され、古くからの懇意にしていた企業も手のひらを返したように疎遠になった。

経営はあっと言う間に赤字となり、蓄えていた資金もすぐに底をつく。程なくして、その月の取引先企業への支払いや社員の給料を用意することにすら苦労する程になった。


社長の吉越からは俺の親や親せきから金を借りろ。と早々に打診されたが、俺は親に泣きつくのはまだ早い。まだ俺の力でなんとかなるだろうと考えた。

新規営業に力を入れ、新製品を開発し、宣伝を強化して会社の持ち直しを図った。

だが、効果はそんなにすぐに現れるわけではない。当面の資金はどうしても必要だ。

俺と社長の吉越と経理部長の木村は方々に手を回し、銀行に頭を下げて回った。

そして、今月も支払日の前日までになんとか銀行から追加融資を受けられ、引き落とし口座に資金を用意することが出来た。

今月もなんとか首が繋がった・・・。とホッと一息吐いたところに、このクソつまらないファイル紛失の話が報告された。


人がお前らの給料払うために、毎日頭を下げ金の工面に走り回っているというのに、ゴミ捨て一つも満足に出来ないのか!!

そんな社員しかいないのだから、会社が傾くのも当然だ!

俺は今までのストレスをぶつけるように、その陰気な女社員に怒鳴り散らした。


普段、声を荒げることのない俺の剣幕に周囲は騒然とし、怒られた女は委縮したように体を小さくして俺の説教を全身に浴び続けた。



俺は粗方のストレスを解消しつくすと、その女に、まだ回収可能なものがないか業者への確認と、今後同じようなことのないようにと資料室の整理を言いつけ、俺はお目付け役二人と共に会議室に向かった。

今後の経営方針を話し合う為だ。

この話し合いは今までも何度も行ってきた。だが、資金繰りについては何度話し合っても良い結論は出そうにない。

さっさと親に金を借りてこい。と言う社長の吉越と、更なる銀行からの融資を得るしかないと再度銀行に頭を下げに行こうと提案する経理部長の木村。

俺は、親に泣きつくことも、丁寧な言葉で人を見下す銀行の馬鹿共に頭を下げることも願い下げだった。

だからと言って、今時どの会社も資金繰りには余裕がなく、うちの都合に合わせて毎月の支払い日を遅らせてくれとお願いしても待ってはくれない。


色よい結論が出ないまま、とりあえず本日の話し合いは終了となる。


先行きはまだまだ暗いが、今日は銀行から追加融資を得られて当面の予定は立った。

暗い話題のままではなんだと雰囲気を変える目的で、本日総務部で起こった事件を雑談がてらに話てみると、意外な所から意外な返事が返ってきた。


「おっ、それ依頼したの俺だ!」


悪びれることもない声色で、社長の吉越がしれっと返事をした。


「中見たら大した資料じゃなさそうだったし資料室も手狭だから、捨ててしまえと総務部の女に頼んだんだよ。なのにその女、ろくに仕事も判らない新人のくせに「本当にいいんですか?」「本当に大丈夫ですか?」としつこく聞いてくるから、「社長が要らないと言っているんだ!口答えするな!」と怒鳴ってやったんだよ。

なんだ、その資料、そんなに重要だったのか?」


笑いながら答える吉越に、怒る気も失せた。

社長命令なら、従わざる得ないだろう・・・。一言も言い訳をしなかった部下を思い出し、非常に申し訳ない気分になった。



成果の無い会議は終わり、時間を見ると20時を過ぎていた。

客先の減った社内はすっかり活気がなく、遅くまで残業をしている社員はいない。

非常灯の光に照らされる廊下を歩き総務の部屋の前に着くと、ドアの隙間から光が漏れているのが解った。


誰だ・・・こんな時間まで・・・?


ドアを開けると、今日俺が怒鳴り散らした部下が一人、机に座ってファイルを整理していた。


「部長、お疲れ様です。」

「・・・・ああ。」


彼女は俺が室内に入るのを確認すると、俺に声を掛けた。

誤解とは言え彼女を怒鳴ってしまった俺はなんとなくバツが悪くて、なんと声を掛けていいか返事に詰まる。


そんな俺に気付かず、彼女は俺が机に着くのを確認すると、俺の机の前に立ち、ガバッと頭を下げた。


「部長、今回は件につきましては本当に申し訳ございませんでした!

先程ごみ回収業者に確認しましたら、まだファイルは処分されていないそうなので、明日、直接足を運んでファイルを回収して参ります!」


俺に頭を下げながら始末書を俺に差し出した。


今回の件は彼女は被害者でしかない。にも関わらず、文句も言わず言い訳もせず、ただ黙々と後始末をする彼女に俺は少しの好感を抱いた。


「作業は終わったのか?」


彼女の差し出す始末書を受け取りざっと目を通す。

要点を押さえて理解しやすく書かれた書類は、書き直す必要はなさそうだ。


「はい。 このファイルを分別したら、今日は帰ります。」


彼女は俯きがちに答える。前髪が邪魔で表情は見えない。


「・・・・飯、まだだろ。 何か食いに行くか?」


彼女は弾かれたように顔を上げた。

俺の言葉がそんなに意外だったのか・・・・。

初めて見えた彼女の顔は、小さな目を限界まで見開いて口をポカンと大きく開いていた。

その顔は、なんと言うか、こう・・笑えるくらい不細工で、俺は思わず吹き出してしまった。





※※※※



彼女が選んだ店は、会社の程近くにある、値段が安くて飯が美味いと一部社員の間で有名な居酒屋だった。


気安い店だったのもあり、俺達は一杯目にビールを頼み乾杯をした。

そして、大ジョッキを半分位まで一気に煽ると、その勢いで俺は彼女に頭を下げた。


「水沢、すまん! 社長から話は聞いた。話も聞かずに頭ごなしに怒鳴って悪かった。」


頭を下げたまま、目線だけを上げ、前に座る彼女の様子を探る。

俺と同じ位の勢いでジョッキを煽っていた彼女は、分厚い眼鏡の奥の小さい目をキョトンと丸くし、しばらくすると慌ててあわあわと両手を振った。


「うわっ!部長!! やめて下さい! 顔を上げて下さい!!」


彼女が本気で困っている雰囲気を感じ取って俺は頭を上げる。


「確かに、あのファイルの整理は社長から依頼された事ですが、私も他の人に確認すればよかったんです。だから、私のせいでもあるんです。部長が頭を下げることではありませんから。」


「だが、俺も水沢の話を聞けばよかったんだ。あんな風に頭ごなしに怒鳴るなんてどうかしていた。」


「だから、それは私の確認ミスで・・・。」


「いや、俺が・・・。」


どこまでも譲らない言い合いに、俺たちは二人掛けの小さなテーブルで向かい合って、気まずい雰囲気で黙り込む。

しばらくすると、彼女はふうっと一息ついて、少し目線が上になる俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「・・・・・そこまで言うのなら、わかりました。」


彼女はビシッと人差し指を俺に付きつけて言った。


「そしたら、部長、今度私と美味しいお酒飲みに行きましょう。 もちろん、奢りですよ! 私沢山飲みますからね!! いいですか!?」


彼女の妥協案は大したことのない内容だったが、具体的になにかをしないと引っ込みが付かない気分だった俺はその案に乗らせてもらうことにした。

異性、同性に関わらず、あまり一人の社員と個人的に親密になることは良いことではないが、もう一度くらいはいいだろう。二つ返事でOKすると、その後はもうその話題は終わり、と言わんばかりに、彼女は悪意のない社内の噂話を俺に振って来た。

思いの外、彼女は頭の回転が速く話が面白い。楽しい会話に、二人とも酒がすすむ。


近頃、気分が塞ぐことが多かったが、久々の楽しい酒に、今日は夢も見ないでぐっすりと眠れそうだな。と思った。




文字数多くなってしまったので、二つに分けました。

後編に続きます。すみません。


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