レベル0の勇者とレベル0の魔王
緩い感じになってます。片手間にお読みください。
世界は端的にいえば、平和です。天気は快晴であり、人々は穏やかな生活を送っていることでしょう。―この場、以外は。
「この魔王サマがてめぇらを戦慄させてやろう!!」
大声で喚いているのは、この世界を混沌へ還そうとしている魔王です。
巨大な禍々しい刀で相手の方を指しながら声を荒げる。
「フハハハ! 恐怖しろ! 精神的外傷をてめぇらに刻み付けてやる!」
「‥‥なァ」
ずっと黙っていた十七、八歳の少女が呟くように声をかける。
「戦慄の意味知っているノ?」
「へぇ?」
魔王が間抜けな声をだす。それを気にせず、少女は続ける。
「精神的外傷の意味ハ‥‥?」
観察するように魔王を見つめる。魔王は分が悪くなったのか、視線から逃れようと誤魔化しにかかる。
「か、関係ねぇよ! て、て、てめぇらをボコボコにしてやるっ!!!」
「ハイ、残念ー!!! 意味も理解してないのに使うなヤ、ボケー!!!」
魔王の顔が悔しさに歪む。というか、泣きそうである。先程のやり取りから認知できるように、魔王のおつむは悪い。これでは、世界征服も難しかろう。
「う、うわぁーん!!!」
「「「ま、魔王サマー!!」」」
とうとう、泣き出した魔王はどこかへ走り出してしまった。子供のような人(?)だ。魔王の取り巻き(モンスター)も同じように去って行った。
魔王を退けた少女は誇らしげに笑みを浮かべている。
「ねぇ、お腹すいたのだけど‥‥」
今の今まで一言も喋らなかったこの少女が世界を救う使命を背負っている勇者だとは誰も思わないだろう。
場所変わって、レストランに来ている三人組。
「だいたい、勇者より目立つってどうよ、魔法使い」
注意をしているのは、狐と人間を組み合わせたような容姿をしている狐の耳と尻尾が立派に生えている十六、七歳ぐらいの少女。そんな、少女の注意をまったく聞いていないように返答するのは、魔法使いだ。
「だってネー、うざかったシ」
全身黒いローブで体を包んでいる服装はいかにも魔法使いといった感じに見える。被っているとんがり帽子もいかにもという感じだ。ただ、帽子の先には、丸い奇妙な顔がついている‥‥。
「平和的に解決したシ、問題ないと思うけドー」
狐の顔を流し目で見ながら言う。すぐに、その目は、目の前にある食べ物に戻っていった。
「問題ありまくりじゃボケー!!!」
テーブルを卓袱台返しのようにひっくり返し、怒りを露わにしたのは狐だった。テーブルに載っていた食べ物たちは無残にも床にぴったりとくっついている。魔法使いの顔は驚愕に支配された。
「お前と私が活躍するたびに、勇者の名前が落ちてくんだよー!」
「は、はァ‥‥」
「ぶっちゃけ、勇者いらねーんじゃね?的な空気が流れてるんだよっ!!」
「へ、へェ~‥‥」
「だから「さっきからうるさいよ」
「「‥‥‥‥‥」」
―暗転。
「私が言いたいことは、勇者に活躍してもらって名声を取り戻してもらいたいのよ」
「だいたい、わかったけド‥それ、必要なのカ?」
勇者から少し離れたところで、二人はこそこそと話す。議題の本人はボケーッと宙を見ながら、ハンバーガーを食している。そのボケー としている少女こそが勇者サマなのだ。剣を肩からかけているポニーテールの十七、八歳の少女だ。
「必要よ。勇者が魔王を倒して英雄になった時、今のままでは私たちはカスに仕えてた屑になるのよ‥‥!」
「そうなれば、王宮からの褒美もしょぼくなるってことカ‥‥」
「ことの大きさ理解した?」
「よくわかっタ‥‥けど、なにをしたらいいノ?」
魔法使いがそう問うと、妖しい笑みを浮かべる。ククッ、と喉を鳴らすと
「レベルをあげるのよ!」
と、高らかに宣言した。
この世界にはレベルというものが存在する。力が強いものほど、レベルが高い。という、単純で明確なものだ。レベル0から始まり終わりはまだない。まだというと、最後の数字がまだわかっていない。その辺りのことは科学とか研究している賢い人たちに任せよう。
本題に戻ろう。レベルが高ければ、高いほど強いのだが‥‥強いだけでは意味がない。頭もそれなりに使えないと某魔王サマのようになる。勇者サマは魔王サマと違い、とても賢い。が、魔王サマと同じように弱点がある。‥レベルが0ということだ。勇者サマは生きてきた中で喧嘩、争い事など一度も経験したことがない。勇者サマは、その賢い頭でいかに自分が、それに遭遇せずに生きられるかを計算し、生きてきた。みごとにそれは成功した。それ故に、レベル0なのだ‥。
場所変わって、草原。
「レベルをあげてもらいます!」
レストランで高らかと宣言したことをもう一度言う。胸をはり、腕を組んでいる様は、少々苛立つ。
「魔王に勝つためには強くならないといけないのよ! さぁ、がんばって!!」
「ワタシも応援してるからがんばりなヨー」
と言いながら、魔法使いは寝る体勢に入る。その頭を狐は叩く。勇者はいつも通り、ボケーとしている。
「あっ! モンスターが現れたわ!」
「あー‥弱小モンスターじゃン。勝てル、勝てル」
小さい球体型のモンスターが現れた。跳ねながら、勇者の元に来る。勇者はしぶしぶ、鞘から剣を抜く。
「へぇー‥一応は戦うんダ」
勇者は剣を振り落す。振り落してから、十秒後左足を押さえながら蹲る。モンスターはぴょんぴょん跳ねている。
「「足打ったんかい!?」」
驚きの声をあげる二人に対して、勇者は本気で痛かったのか左足を押さえながら、ゴロゴロと転がり始めた。
「どんくさいわね‥‥」
「そうだネー‥」
呆れかえっている二人。
痛みで転がっていた勇者は、モンスターを掴み空へとぶん投げた。完全なる腹いせだった‥‥。モンスターは星になった。
「もう帰ろうカ‥‥」
「そうね‥‥」
レベルあげ、失敗。
―翌日。
「賑やかね」
朝、目が覚めると今日はなにかの祭りらしく、街は賑わっていた。
「祭りらしいヨー」
「へぇ、なにするの?」
「トマトぶつけあうんだっテー」
「‥あ、そう。」
パクリじゃん、と狐は口走りそうになった。寸でのところで、それは留まった。三人は市場を回っていた。キャー、という誰かの叫び声が聞こえて、振り向くと、
「よぉ、久しぶり」
トマトを齧っている魔王が立っていた。
「「!!」」
狐と魔法使いは戦闘態勢に入っていた。魔王はニタニタと笑う。今日は以前の憂さ晴らしにきたらしく殺気立っている。
「へぇー‥やる気まんまんじゃん。飛んで火にいる冬の虫?」
「夏ですよ、マスター」
「そう、それ」
魔王の側近が間違いを指摘する。
「じゃ、少し遊ぶ ―グシャッ
魔王の顔面に何かがぶつけられた。そして、それは魔王の顔面で潰れた。
勇者が抱えていたトマトの山から一つ消えている。勇者が魔王の顔面にぶつけたわけである。魔王が怒る暇もなく、勇者は叫ぶ。
「ト○ト祭り。開始ー!!」
そう、宣言すると、街の住民たちが全員表に出てくる。人間が惜しみなく集まり、隙間をなくそうと、ぎゅうぎゅうに詰まる。
そこからは、もう祭りであった。人々がトマトを投げ合い、真っ赤になり、はちゃめちゃになっている。魔王も、モンスター、人間も関係なく暴れまくっている。
トマト祭りの開始を宣言した人物はいち早く、その騒動から脱出し、建物の屋根から騒動を見守っている。
「喧嘩と争い事は苦手なんだよねー‥」
飛んできたトマトを掴み、齧る。
ちなみに、これもすべて勇者の計画の一つだった。魔法使いが魔王を馬鹿にした時点で、近いうちに報復に来るとわかっていた。その報復をうまく避けるために、近々この街で行われる祭りに目を向けた。その日に魔王が来ると予感し、祭りに巻き込み、戦いを避けたのだ。最初から勇者は戦う気などなかったわけで。
この物語は、戦う気のないレベル0の勇者と勇者を殲滅しようとして毎回失敗する頭がレベル0の魔王の終わりそうにない話である。
誤字脱字あったら、ご報告ください(笑)