山茶花の頃 寂しい家 其の三
「若……」
「おっ、なんかわかったか?」
圭吾はトイレに入ると、便座に腰掛けて、内ポケットの中のいえもりさまに言った。
「あの部屋には、然程のものはおりませぬ」
「おっ……でかした。これで帰れるじゃん」
「……と申しましても、些か問題がござりまして……」
「問題?変なもんはなかったんだろ?」
「長きに渡り家を空けておりますれば、多少のもの共が集まるはいたし方ないかと……。全て小者共ゆえ、主人が戻り明るい陽の光を取り込めば、そそくさと退散いたす事でござりましょう」
「おおお……でかしたでかした。早速古関にそう言って退散する事にしようぜ」
「……さようにござりまするが、先ほどから申しておりまするが、些か問題が生じましてござります」
「はあ?さっきからボソボソと、一体なんだよ?」
「大した輩はいないのでござりまするが……いるのでござります」
「はあ?」
「……いるのでござります」
「ちょいちょいちょい、聞こえないんですけど」
「主人の生霊がいるのでござります」
「いきりょう?」
圭吾は大慌てでスマホに打ち込んだ」
「いやいや……若さま。まだ死んでおられませぬ、あそこの家の主人の霊が、ずっとあの部屋に止まって、お友達さまの姉上様を見ているのでござります」
「まじかよー」
圭吾は頭を抱えて項垂れた。
そう聞いてしまうと不思議な事に、今迄全く気にもならなかった、なかなか綺麗で広めのトイレが、なんだかどんよりと薄暗く、だだっ広い不気味なトイレに感じてきて
「……‼︎」
もの凄い勢いで、天井に目を向けたり背後を振り返ってみたりする。
「若さま、此処は大丈夫にござりまする」
「まじか……って、その生霊はどうなんだ?死ぬまであそこで古関達を見てんのか?怖えじゃん」
「何か思いがあって見ているものかと……。何か言いたげでござりましたが、聞く間はござりませんでした。ゆえに何か思いを残して死にますれば、ずっとあそこに居残る事となるやもしれませぬ」
「ええ〜まじかよー。古関達どうなんの?」
「それは私めには……」
「まあそうだわなぁ」
圭吾はほとほと困惑して、再びカックリと項垂れた。
トイレから出ると、古関はリビングの窓からあの家を眺めていた。気乗りはしないが、圭吾も古関の側に立って、二階の窓を見上げた。 先ほどは全く感じなかった不気味な雰囲気が、ひしひしと漂っているように思えるのはチキンのなせる技だ。
すると目立たぬように這い出したいえもりさまが、もの凄い速さで開け放たれた窓から外へ飛び出して行った。
「ちょいちょい……いえもりさま」
「はあ?なんだよ?」
圭吾が思わず発した言葉に古関が反応する。
「あ……いやいや、こうして見るとちょっと不気味だな……」
「……だろ?何にも見えないのに不気味だ……」
……いやいや古関。俺らに見えないだけで、いるらしいんだ。今もきっとこちらを見ているんだ……
圭吾は口には出せないものの、悪寒というか鳥肌というか……。
兎に角ぞわぞわと身体中を、何かが走る感じを覚えて目を逸らした。
「……!」
すると庭の先にあるフェンスを越えて行く、いえもりさまの姿が目に入った。
「あいつ何してやがんだ……」
「はあ?」
再び圭吾の独り言に古関が反応した。
「いや、何も……」
「……なんか悪りいな、変な事に付き合わせちゃって……」
「いや、大丈夫」
「……日増しに怖くなってきてさ。まじやばいんじゃないかと思い出したんだけど、知り合いにこっちの気があんの田川しかいなくてさ……」
「ちょいちょい……こっちの気って……」
「いやいや、これこれ」
古関はそう言うと、拝む真似を作って見せた。
「いやだから、こっちの気も、こっちの気もねえし」
圭吾は拝む仕草と、オネエの仕草をして言った。
「お前はそう言うけど、なんか俺には思えんのよ」
「はあ?」
「悪霊退散!」
「アホか……」
圭吾は呆れたが、当たらずも遠からず……というやつだ。
それを見抜ける古関、お前こそ〝ある〟かもしれない。