山茶花の頃 寂しい家 其の二
圭吾は数日前のバイトで一緒になった時、古関からこの家の相談を受けていた。
相談……的な事をされるのは、すこぶる本意ではないが、以前古関のお姉さん……美沙さんが、いえもりさまの言う所の〝悪しきもの〟に取り憑かれて、〝死にたい願望〟を持ってしまい、幾度となくリストカットを繰り返していたが、ひょんな事から圭吾がその〝悪しきもの〟を引き受けて家に持ち帰り、いえもりさまに退治して貰った事があり、それからというもの、そんな真相を知るはずはないし、根拠すらないのにもかかわらず、古関は圭吾に恩を感じていて、そして何故だか〝奇妙な事〟があったりすると、相談してくるのだ。
本当に迷惑極まりないのだが……。
圭吾としても、関わりたいわけでは決してないが、美沙さんが以前〝悪しきもの〟に取り憑かれている……という事は
「勘の鋭いところがあるという事にござりますれば、以前の悪しきものよりも、遥かに厄介なものやもしれませぬ」
などと、いえもりさまがいうものだから、圭吾は嫌々……もとい、尻込みしながらも、こうしていえもりさまと此処に来てみているわけで……。
「……そういう事なら……古関は無論お姉さんの部屋から、あの部屋を見る事は嫌やだろう?」
及び腰の圭吾が古関に言った。
「やだね」
「……だろうだろう?」
圭吾は古関の気持ちを汲み取って言った。
「あっ……だが、田川が必要だと言うなら、従わんわけにはいかん」
「いやいや……」
「いやいや……」
チキン同士の譲り合いが、古関の部屋のドアの前で繰り返された。
「……若……若……」
その様子を見ていた、圭吾の内ポケットの中のいえもりさまが、テンパっている古関に聞こえない様に、圭吾を呼んだ。
「……あっ……ああ」
圭吾は頭を掻いて渋々とドアを開けた。
……以前の悪しきものよりも、遥かに厄介なもの……
と言われビビリの圭吾が、いえもりさまに出張鑑定をお願いして連れて来たのだった。
下のリビングから見上げた後、二階の古関の部屋へ行くまでに、いえもりさまはもっとじっくりとあの部屋を見たいと、圭吾にお願いしていたが、なんともビビリでチキンな圭吾の事だ、できる事ならば行かないで済ませようとするのは、いえもりさまにはわかりきっている事だった。
古関は美沙さんの部屋に入ると、それこそ満身の力を振り絞って、思いっきりカーテンを開け窓を開けた。
「な……なんか見えるか田川!」
勢いで開けたものの、顔を反らせて部屋の中を直視できない古関が聞いた。
「いや……」
「えっ?」
「いや……何にも。ただ古くなってボロボロの部屋が見えるだけだ」
「……だろ?いやいや……マジそれじゃ駄目じゃん。何か見えてもらわんと、俺と姉貴のこのモヤモヤ、不気味感が改善されん」
「……とは言ってもなぁ……」
仕方なく圭吾は窓から身を乗り出して、その部屋を覗き見た。
内ポケットから、いえもりさまがサササ……と這い出して、ピョンと裏の家の窓に貼り付いた。
それから窓を隅から隅まで這い回って家の中を観察した。
「田川どうだ?」
古関に呼ばれて、圭吾がそちらに顔を向けた瞬間、いえもりさまは再び裏の家の窓から、圭吾の肩に飛び移り、素早く内ポケットに隠れ込んだ。
「う……うーん」
「なんか見えないんだけど、見られてる感じなんだよなぁ。そう思わね?なあなあ……」
「うーん……まあ……」
第六感的なものがない圭吾には、申し訳ないが感じないしわからない。
「……田川が感じねぇんだったら、何でもないのかもなぁ……」
何処でどう感じて圭吾に〝何かがある〟と思い込んだかはわかりようもないが、古関はそう言って、さっさと窓とカーテンを閉めて、美沙さんの部屋を出た。
「若……」
「なんかわかったか?」
いえもりさまがこっそり顔を出して圭吾に話しかけたので、圭吾もいえもりさまに小さく囁いた。