不思議噺 ファックス 其の五
麦川さんはかなり我儘な人で、ご主人からの付き合いの弁護士から、今の弁護士に一方的に変更して、自分の財産を全て任せていた。
ご主人が任せていた弁護士さんは、ご主人とも親しかったから本当に信用の置ける人だったが、年を取ってきた為息子に事務所を譲ったのが、麦川さんには気に入らなかったらしい。
結局、新しい弁護士さんとも十数年間の付き合いで、麦川さんはとても信頼していたが、本当はそんなに信頼のできる人ではなかった。
実子がいない麦川さんは、亡くなった妹さんの娘の久子さんに、財産全てを残す事を条件に、直ぐ近くに家を買い老後を見て貰っていたが、久子さんもそのご主人も、年を追うごとに麦川さんの気に入らぬ事ばかりになって行った。
子供達の大学や結婚の手助けをし、子供達も孫のように可愛がったが、姪夫婦の甘えはどんどん増すばかりとなった。
その内贅沢な生活に慣れてしまった姪夫婦は、麦川さんの心変わりが心配になり始めた。
成人して頼りになる他のきょうだいの子供達と、麦川さんが交流を深め始めると、その不安がどんどん膨らんだ。
その頃から麦川さんの我儘も増し、久子さん達に対する不満もあからさまになってきていたからだ。
他のいとこ達にも分与されては、今迄の苦労が馬鹿らしいと、全てを自分達に分与する事が周知の事実の今の内に、久子さんは弁護士と組んで麦川さんが呆けた事にして後見人となり、麦川さんの財産を勝手に使っていたのだ。
……とにかく、麦川さんは人を見る目がないのか……我儘なのか、ご主人からの付き合いのあった弁護士さんだったら、こんな事にはならなかっただろうし、久子さん達が気にくわないとしても、何もあんなにいろいろ言わなければよかったし、久子さんひとりだけではなく、他のきょうだい達にも残してやるようにしてやればよかったものを……。
と、香川さんはおばあさんが零しているのを聞いたそうだ。
数日後香川さんは、ファックスで送られてきた用紙を持って、克郎さんの所に行くようにとお母さんから連絡を受けた。
香川さんのおばあさんは、香川さんのお母さんに麦川さんのお見舞いに連れて行ってもらった。
たまに解らない事を言ったりもするが、昔の事はよく覚えている麦川さんと、楽しい時間を過ごした。
「そういえば息子が不思議なファックスを受け取った」
お母さんがその話しをすると、克郎さんはそれを是非見てみたいと言ったそうで、香川さんはそれを持って、麦川さんの入院する病院に行った。
次男……といっても、もうだいぶいい年で、白髪混じりの優しそうなおじさんだった。
そのおじさんは、香川さんが手渡した用紙を見ると、眉間に深く皺を作ってじっと暫く見入っていた。
「不思議な事があるもんだね」
そういうとじっと香川さんを見た。
「この行政書士事務所は、当の昔に無いんだ」
「えっ?でも……」
「うん。だけど、これは間違いなく、伊達のおじさんの事務所の物だ」
伊達のおじさん……とは、麦川さんの亡くなったご主人の友達で、若くして亡くなってしまった人らしい。
「父はとても信頼していてね、公私ともに頼りにしていた。五十代の半ばに亡くなった時は、とてもがっかりしていたのを覚えてるよ……。やっぱり、親父は伊達さんが一番だったんだなぁ」
そう言うと、用紙を香川さんに返して指を指した。
「遺産分割、久子さんの所……たぶん今迄久子さんが流用した金額だと思うよ」
今迄じっくり見た事も無いが、見た所で名前なんかわかるはずも無い。
「そして、私達に残りの三等分……」
「あれ?」
「ふふ……。一番最後に君に、大して値打ちの無い森林……」
「俺にっすか?なんで?……って、こんなのあったかな?」
「今回の礼かなぁ」
「はあ?」
「義母をあのまま死なせずに済んだし、父が最も大事にしていた森林を、あんな奴らに売られなくて済んだ礼だ、きっと……」
「きっとって……」
「義母も私達も忘れている程、全く値打ちの無い森林だから、貰ってもらっていいと思うよ」
「いや……しかし……」