不思議噺 ファックス 其の二
話しは一年くらい前の事……。
香川さんは、ごくごく普通のアパートに住んでいた。
そのアパートは、従兄弟が大学から就職後もずっと借りて住んでいたアパートで、仕事の都合で田舎に戻る事になったので、その近くの大学に受かり通う事になった香川さんが借りて住む事になった。
その為従兄弟が使っていた家具を譲り受けたのは、かなりラッキーだった。
引っ越して来て直ぐに何ひとつ不自由する事なく、生活ができたからだ。
親の仕送りだけでは、ちょっと苦しいから、バイトをしながら頑張って一年二年としっかり単位を取って、三年には余裕を持ってバイトに励む、圭吾とは大違いのそれはしっかり者の先輩だ。
ただ香川さんには、ちょっと困った性分があって、小さい頃から田舎の家に犬や猫を飼っていた為か、痩せ衰えた野良猫を見ると、放っておけなくて、ついつい餌を与えてしまう所があった。
無論の事それが災いして、ご近所のおばさんからは、散々文句を言って来られ、ポストには嫌がらせの手紙を入れられ、とうとう大家さんから出て行って欲しいと通告を受けてしまった。
とにかく、出て行けと言われてしまって途方にくれた香川さんは、野良猫の子猫達だけでもと、田舎の両親の所に持って行き、知り合いに貰って貰う事にしたが、成猫と自分の身の振り方に、ほとほと困惑してしまった。
両親は仕方ないので、成猫はどうにか自分で生きていけるだろうから、とにかく新しいアパートを探すようにと助言をしてくれたが、放っておけない香川さんは、それも思い切れずにほとほと途方に暮れていたある日、バイトを済ませて帰って来ると、今迄一度も使った事のないファックスに、何やら届いているらしい。
このファックスは、先住者の従兄弟が使っていたものを、他の家具と一緒に貰ったもので、〝家でん〟なんて使う事もないご時世だが、年配の両親にとって電話は必要不可欠な存在だ。絶対にあって悪いはずはない!と、従兄弟の名義のまま基本料金を支払ってくれていたのだ。
しかし、親の言う事はやっぱり役に立つもので、スマホの料金を払う事が滞ったりした時に、この〝家でん〟にはお世話になった事もあった。
さて、そんな〝家でん〟だが、ファックスは使う事も無かったから、使い方がわからない。
だが、液晶の部分にファックスが届いているから、用紙をセットするようにと指示を与えている。
指示に従い、此れも従兄弟から頂いたパソコンに使う用紙をセットしてボタンを押すと、何かを印字している音がして、そして下の方に印刷された用紙が出て来て止まった。
ピーと高い音を立てたかと思ったら、パラリと用紙が下に落ちた。
なんだろうと用紙を見ると
「……?」
〝遺産分割……〟とか書いてあって、香川さんには全く関係の無いものだった。
香川さんは、間違いで送って来たものだが〝遺産〟に関するものらしいので、見てはいけないもののような気がして、慌ててくしゃくしゃに丸めて捨てた。
だがそれから毎日、帰宅するとファックスに同じ内容のものが届いていた。
流石に三回四回と続くと気持ちが悪くなって来た。
用紙の上の方に〝何とか司法書士事務所〟と印字されていたので、間違って届いている旨を書いて、送り返してみたが、やっぱりそれでも送ってくる。
どうしたものかと思いあぐねていると、アパートの追い出しに心配している母親から電話が入った。
引越し先は探しているが、猫の貰い手が無くて困っていると言うと、いくら猫好きの家系であっても、どうしようもないから、野良猫は自分でどうにかできるだろうから、自分の身の振り方を考えるようにと注意を受けた。
どう考えても仕方ないからそうする事にする……と話が終わりかけた頃、香川さんは此処数日、妙なファックスに困り果ていて、どうしたものかと母親に愚痴をこぼした。
「どんな内容なの?」
母親が聞いてきたので
「麦川末さんって人の、遺産分割みたいなの……」
と香川さんは、今日も打ち出された用紙をちらりと見て答えた。
「麦川末さん?……麦川のおばさんの事かしら?」
「知ってる人?……んな訳ねぇよな。住所は此処より都会寄りだけど……」
「同じ県でしょ?従兄弟のカズちゃんがそっちにいた頃は、いろいろお世話になったのよ。おばあちゃんの幼なじみで、一昨年位だったかしら、姪御さんに転んで入院したけど大した事ないから、直ぐに退院するから大丈夫とか言われている内に、入院して呆けちゃって……とか言われて心配している内に、何もわからなくなっているから来て貰っても仕方無いとか……って言われてねぇ……全然おばさんと話せないのよ…………それじゃ、麦川のおばさん亡くなったのかしら?おばあちゃんおばあちゃん……」
母親はそう言うと、がちゃんと電話を切ってしまった。
「知ってる人かぁ……」
香川さんは余計に気持ち悪くなってしまったが、今度は用紙を捨てないで、ファックスの下の引き出しに仕舞った。