不思議噺 ファックス 其の一
バイト先の先輩の香川さんと、帰りの電車が一緒になったのは、十一月に入って直ぐの事だった。
「香川さんそういえば、家こっちの方でしたっけ?」
電車に乗り込むと、圭吾は思い当たって聞いた。
「いや……最近引越したんだよね」
「えっどこっすか?」
「終点の一個手前」
「ええ?かなり田舎っすよね?」
「ああ、畑と森ばかりだ」
「帰り大丈夫っすか?」
「駅から原チャリ乗って十五分位……まあ……いろいろあった所なんだが、遊びに来いよ」
「えっ?いいんすか?」
「なんだったら、今からでもいいぜ。なんかお前に話したくなっちまった」
「家の人に迷惑じゃないっすか?駅に着くのが十一時頃になりますよ」
「あー大丈夫大丈夫。俺一人だから」
そういえば香川さんは地方の人で、大学がこっちだった為、学校の近くのアパートに一人で暮らしていると、聞いた事があるのを思い出した。
「明日休みだし来いよ」
「それじゃ……」
圭吾はほとんど考える事も無く、軽い気持ちで同意して、一応心配性の母親にメールを送る。
ー今日は、バイト先の先輩の所に泊まるわー
直ぐに母親から
ーわかった。何か買ってお邪魔しなさいよー
と、毎度同じ台詞を返してくる。
とにかく昔の人間だから、誰かのお宅にお邪魔する時は、手土産を持って行くものだと思っている。
それが、今の若い世代には必要としない事でも、自分が日本人として生きて来た習慣だから
「息子のあんたもやりなさい」
と、いう事らしい。
まあ、手土産といっても圭吾のする事だから、コンビニでジュースの大を一本買って行くのが関の山。
それでもいいからちょっとでも、習慣つけて欲しいらしいのだ。
だから、駅に着くとコンビニでジュースに菓子、そして明日の朝の食料を買い込んで、駅の近くにある駐輪場の一角に置いてある、香川さんの原チャリに二人乗りして、駅の周りだけにある商店街を走り行くと、アッと言う間に畑と森林ばかりになった。
畑と森林の中だが、思ったよりも人家が点在する道を走る事十五分ー。
森林と森林の間の道へ折れて、直ぐ其処だがちょっと遠くに、街灯の灯りと人家の灯りを見て走っていたかと思っていたら、原チャリは予期せぬ所で止まり、そしてパッと灯がついたので、不意を突かれた圭吾は目が眩んだ。
「此処だ」
「はあ?」
「俺んち」
「ええええー?」
圭吾は唖然として、言葉も無く原チャリの後部に座ったまま、煌々と灯りがついた森林を眺めた。
乗用車が一台、どうにかこうにか通れる道の両脇には、深々とした森林が広がっていて、先程目にした街灯と人家の灯りは、この先に続く道の突き当たりに見えるのであって、つまり今居る此処は、人家など立ち並ぶ事のない、森林の一画にすぎないわけで……。
その森林の入り口にセンサーで感知する、とても明るい照明があって、それが圭吾達だけを照らし出して、妙に不思議な感じを与えている。
「まじっすか?」
「マジマジ。この奥にちゃんと家があっから、心配すんなって」
香川さんはそう言うとカラカワと笑って、圭吾が今だ呆然としながらどうにか降りた原チャリを引いて、林の中に入って行った。
人を感知して点いた照明は消え、香川さんが原チャリと進む方向に、照明が次々と付いて、香川さんと圭吾の行く手を照らし出した。
すると直ぐに二階建ての家屋が、その先に現れた。
「まじっすか?」
「マジマジ」
香川さんはそう言うと、家屋の脇にある屋根付きの駐輪場に原チャリを置いた。
「まじ凄くないっすか?森の中に家建てたんすか?」
「まあな……前の持ち主がこんな所に建てて、何故だか俺にくれたんだ」
「はあ?」
「まじ笑えんだろう?」
……笑えるとか、そんな次元じゃない。
こんな所に家を建てたのも変だが、それを貰ったって……一体どういう事だ?