十五夜のあと 神無月と木霊 其の七
「若さま……。木霊は化かしも誑かしもいたしませぬ。人間共が思い込んでおるのは、人間共が勝手に書いた、ただのお噺でござりまする」
「……まあ、ただの噺だろうけど、一緒に暮らしたり結婚なんてありえねえだろ?」
「現に若さまと私めは一緒に暮らしておりまする」
「うっ……確かにそうだが」
「私めと若さまとの関係と、全く変わりばえはござりませぬ。私めは若さまが第一に大事。若主人さまも竹林堂のいちごの大福や、極上のちよこれーとをくださり、大事にしてくださりまするではありませぬか」
「まあ……」
「それは、やはり憎からず思ってくださっていると、いう事にござりましょう?かの昔よりご縁のあるものは、種族を超えて睦まじくいたし、才のある子孫を残しました……」
「結婚して幸せに暮らしたって事?嘘だろー?」
「いえいえ、雪女様もお通様も皆々様きちんと、縁の寿命は全うされ幸せにおなりでござりました……。ただ惜しいかな人間の寿命は短く、長の幸せは叶いませぬが……」
「縁の寿命?」
「はい。人間と縁を持ったものは、縁の相手の寿命に合わせて、縁の寿命を頂きまする。それは、縁で結ばれた寿命でござりますれば、結んだ相手が居なくなれば、自然と消えてしまうものなのでござりまする」
「……つまり、相手が死ねば死んじまうって事?」
「縁の寿命が尽きて、元に戻るのでござります。例えば、木霊ですと木霊に戻るのでござります」
「?????」
「つまり縁を持ち、それを神々様にお許しをいただければ、縁の寿命を頂き束の間の人間としての生活を、お許しいただけるのでござりまする」
「相手が死ぬまでね……」
「はい。数々の例外もござりまするが……」
「えー?面倒くせえな。例えばなんだよ?」
「例えば?例えば……ああ……。例えば、予期せぬ事で相手が寿命を全うできぬ事態に陥った場合、神々様にお願いして、縁の寿命を相手に譲り渡してしまうとか……。以前ならば戦や鬼と戦ったり妖魔と戦ったり……」
「ああ……わかったわかった」
話しがどんどん現実離れしてしまう。
たぶんそれも本当の事だろうと思えるようにはなったが、友ちゃんと木霊の事が、やっぱり信じられなくなりそうだ。
「つまり、かの昔よりこういう事ってあったって事だな?」
「さようにござりまする。人間と不思議な縁を結んだものは、一杯一杯おりまする。その子孫達は、全て人間共よりもずば抜けておるもの達ばかりでござりまする。俗に人間共がもうしておりまする〝天才〟というもの達は、ほとんどが縁の子ども達にござりまする」
「じゃあ、俺は人間純血ってわけね」
「さようにござりまする……」
「其処即答する所じゃねえし。まじムカつくわ」
「いえいえば若さまは、まじ誰もが見ても純血でござりまする」
「それってかなり意味深じゃね?」
「いやいや、全く簡単明瞭にござりまする」
「はあ……まじ腹立つわぁ。もういいからさっさと彼方に行って、友ちゃんの事報告しろよ」
「ご命令賜りまする」
「さっさと賜ってくれ!」
圭吾はかなりムッとして、無愛想に言い放った。
いえもりさまは、へろへろと頭を下げて窓に溶け込む様に消えて行った。
「全く腹立つわぁ……誰が見たって、俺が天才じゃないって事ね……まぁ天才じゃねぇけど……」
そう言ってふと可笑しくなった。
最初はキモいいえもりさまが、段々とキモ可愛くなってきた。
そして今では、なんと可愛くなってしまっている。
……ああ……
つまりはこういう事かもしれない。
不思議な生き物でも段々と……ある日とても大事な生き物になり、そして大事な存在になってしまう。
それは、人間とか動物とか不思議な生き物とかは関係なく、大事な存在になっている。
我が家の猫達が家族なように……。
圭吾にとって、いえもりさまも家族の一員だ。
ただ、母親や父親が知らない〝家族〟だ。
だが、猫達は知っている。たぶん家族とは思っていないだろうが……。