十五夜のあと 神無月と木霊 其の六
「ところで、何用で此方に?」
「がま殿の所に伺いましたが、おいでにならなんだので、ご様子を伺いに此方に……。観音様がいたくご心配されておいでにござります」
「観音様が?」
「さよう。観音様はあの童子をお気に入りゆえ、木霊が望むのであれば……と、今暫く元気でいられるように、彼方への静養をお勧めされたのです。それをあの者が誤解してこのような事となり、いたく心を痛めておいでなのでございます」
「観音様はご存知であられたので?」
「以前より、木霊のお気持ちはご存知であられました。あの者も、ちょくちょくと観音堂に詣っておりましたゆえ、身体は幼くあってもじきに成長いたし、心が通いあうであろう事は察しておられました。しかしながら、木霊は思いの外弱っておりましたゆえ、さほど長くは此方に留まる事は叶わぬと思うておりましたが、山が動き浄化され、もう暫く此方に留まる事が叶いましたゆえ、観音様はお二人を試される事になさいました」
「試す?」
「さよう。今暫く共に生きて行く為、木霊を彼方で静養させ、暫しの間互いを思い合う気持ちが変わらなくば、将来木霊をあの者に差し遣わすおつもりにござります」
「おお、なんと粋なお計らい……」
「……がしかし、そのお気持ちが解りようもない愚かなあの者は、身勝手な思いだけを募らせて、愚かな行為を致すとは、真に人間とはどうしようもない生き物にございます……」
「いやいや……。どうか、観音様のお気持ちを計れぬ愚かさは、木霊を思う気持ちと思うてお許しくだされませ。我が主人は他の人間共とは違い、実に賢く思慮深いお方だが、木霊を思う気持ちが、周りを見えなくさせてしまったのでございましょう」
「それは重々観音様はご承知。なにせ殊の外可愛がっておいでの木霊を、先々あの者に差し遣わすおつもりであるのだから」
「それは我が主人の誉れ。そのお言葉を先に聞いておれば、主人もこのような愚行は、いたさなかったでありましょうに……」
「……で、彼方へは参って来られたか?」
「ぬし様が、土地神様にお願いしてくださるおつもりですが、土地神様がお立ちになられておられるか、またはお許しをくだされるか……。第一主人が戻る気が今はござりませぬ」
「土地神様は最早お立ちになられてしまった。今年はいろいろと寄られて見て行かれるそうだ」
「さようでございますか……」
「しかしながら、今であれば観音様もお力をお貸しくださるおつもりだが、あの者の先走りと思い込には困ったものよ。彼方で木霊と話し合わせるしかないが、さりとて日が余りない」
「さようにございます。彼方への道も門も閉ざされ、出入り出来るはわずか、その道も微かに細くなってしまいまする。人間などが通れようはずもなく……」
「いやいや、はなから通れるものではないのです。それゆえ尚更厄介なのではありませぬか」
「そうであった」
「そうでござりました」
がま殿といえもりさまは、はたと膝を打って納得した。
「兎に角私は彼方へ参り、観音様のお気持ちをあの者に伝えねばなりません」
「ならば私も共に参り、主人を説得いたします」
「そう願いたい」
そう言うとがま殿と白鼻芯殿は、スッと窓へ姿を消してしまった。
「いえもりさまも行って来なよ」
取り残されたいえもりさまを見て、圭吾は言った。
「私めでござりまするか?」
「うん。友ちゃんが心配じゃん?病院なんかに見舞いに行ったって、埒あかないし……」
「さようにござりまするが……」
「兎に角様子見て来て教えてよ」
「はあ……」
「結局、友ちゃんが帰るって言えば、観音様がどうにかしてくれるんだべ?」
「さようにござります。兄貴分さまのお気持ちが本当ならば、暫しの試練を乗り越えられて、晴れて木霊と一緒になれまする」
「木霊と一緒?なんでだよ。友ちゃんは、木霊に幻術か何かで誑かされてるんだろ?」
「はあ?若さま……」
いえもりさまは、頓狂な声を発して圭吾を見た。
その眼差しは、ちょっと呆れたようにも見えたが、当の圭吾が解るはずもなかった。