十五夜のあと 神無月と木霊 其の五
友ちゃんはどうしても不安になって、木霊が彼方へ向かった後、観音堂の桜の大木へ足繁く通い詰めた。
その内木霊を思う力が何かに作用したか、その思いが強くて門を開いたのか、はたまた〝彼方〟へ行った木霊の思いとが結び合ってしまったのか、人間の霊が迷い込める〝隙〟など有り様はずもないのに、何故か隙ができてしまった。
その隙に導かれて、友ちゃんは〝彼方〟へと迷い込んでしまった。
霊が迷い込んでしまったので、抜け殻となった身体が寝ている状態となってしまったのだ。
「じゃあ、友ちゃんは木霊の所に居るのか?」
「彼方はかなり広うござりますれば、人間如きが探せるわけもござりませぬ。ゆえに探し迷っておいでなのでござりましょう」
「ぬし様が諭され、木霊とよくよく話し合わせるおつもりのようにございますが、今のような頑なお考えのまま、納得なさらずお戻りのお気持ちをお持ち頂けねば、此方へ戻る事が難しくなってしまいます」
「 ああ、神無月ね」
「さようで……。ぬし様も其れを心配なされ、土地神様にお許しを頂けるように、お願いをしてくださるおつもりでございますが、はたしてそれも叶うものか?またもはや土地神様がお立ちになってしまわれていたら、彼処を出る事が難しくなりますし……。神様方が集われておいでの所へお願いに参れば、皆様方に知れる事となり、罰せられるは必至ゆえご相談には参れません」
「まじかぁ……」
流石の圭吾にも、〝罰せられる〟が天罰や罰当たりに値するくらいは、想像できるようになっている。
「じゃあ、出るのが難しい期間って、神無月の十月一杯のひと月か?」
「さようで」
「この時期が過ぎれば出て来れんの?」
「我が主人さまがご納得なされば、ぬし様や観音様のお力で、此方に引き戻す事は可能かと……がしかし……」
「はあ?なんかあんのかよ?」
「人間が彼方へ長く留まれば、浄化されて人間として戻る事は叶わなくなります」
「ど……どういう意味だよ?」
「つまりもはや人間には戻れぬという事にござりまする」
「はあ?」
「じゃあ、友ちゃんは?」
「霊は浄化され、残されし身体は朽ち果てるまで眠り続けます」
「まじかぁ……。じゃ、じゃあ、友ちゃんに心を入れ替えてもらわないとだめじゃん。木霊なんて諦めて、此方に戻ってもらわないと……」
「木霊なんて……とは、聞き流せませぬな」
「うわー」
声のする方に顔を向けると、圭吾はベットから驚いて滑り落ちた。
「お久しぶりにございます。家守りの若主人様」
深々と頭を垂れて、観音堂の白鼻芯が礼儀正しく挨拶をした。
「おお、これはこれは、観音様の白鼻芯殿」
異口同音で、いえもりさまとがま殿が言った。
「木霊は身も心も桜の大木の精として恥じぬ程に、それはそれは美しいものにございます。たかが人間が心惑わすのは当然の事。それどころか、木霊が心を寄せた事の方が、如何にありがたい事か、人間に解れと言うても無駄というものか」
「……白鼻芯殿口がすぎますぞ」
がま殿に窘められた白鼻芯殿は、少し肩をすぼめて再び頭を垂れた。
「これは私ともあろうものが……」
「いえいえ、我が若主は多少我らの世界の事に疎うござりまする。何卒その旨をお含みの上、失礼をお許しくだされませ」
いえもりさまは怒るどころかしたり顔で、圭吾の失言を詫びていて、ちょっとムカつくが、確かに此方の世界もままならないのに、彼方の世界を解るはずもないから、言われるままに仕方ない。