十五夜のあと 神無月と木霊 その三
友ちゃんの所に居るがま殿の話しだと、二三日前から主人となった友ちゃんの様子がおかしくなった。
意識があるようでないようで……。なんともがま殿にも言いようのない、不思議な様子に心配していた所、夜眠りについたまま、目覚める事なくずっと眠り続けている。
日頃から休みの日や、時としては学校のある日ですら、一日中のように寝ている事はあったので、家の者も最初は心配してはいなかったのだが、流石にずっと眠っているので声をかけて起こしてみたが、まったく起きる気配もないどころか、反応もないので家族は吃驚仰天して救急車を呼んだ。
病院に運ばれたが、最新式の検査をいろいろとしてみても、皆目医者には原因がわからない。
多少胃腸の働きが弱っている事ぐらいしか悪い所はなく、それとても到底眠り続けている理由にはならないと、医者の方でお手上げ状態だという。
眠り続けてしまう迄は、なんとも言いようのない友ちゃんの状態だったのだが、寝てしまった状態になると、どうやら霊とやらが何処に行ってしまっている事が、がま殿には察しがついた。
つまり霊が身体から離れてしまった為、抜け殻になってしまった身体は、側から見れば眠っているように見えるのだ。
さてそうなると、その霊とやらがいったい何処へ行ったかという事が問題となる。
がま殿はいろいろと考え、持ち得る情報網の総力をあげて、ご主人たる友ちゃんの霊の行方を捜した。
すると、有り得ない事に〝彼方〟に人間の霊が迷い込んでしまっているらしい、という情報を得る事ができたが、人間があの世なら未だしも〝彼方〟へ行く事などあってはならない……いやいや有り様はずのない事が起きたわけで、がま殿が我を忘れてしまうのも当たり前……といえもりさまは言う。
「はあ……。じゃあ、いえもりさまとがま殿で、彼方のぬし様にお願いして連れ戻して来てよ」
「そうしたいはやまやまでござりまするが、そうもまいりませぬ。第一人間が〝彼方〟に参る事自体があるまじき事にござりまする。前代未聞でござりますれば、如何様にいたせばよいか全くの所わかりませぬ」
「ぬし様やつちのこ様?その他諸々の偉い神様方が、いい方法を考えてくれっしょ?」
「いやいや、若主さま。あと数日もいたせば、諸々の神様方は出雲にお出でになられまする」
「ああ……十月……神無月か……って、マジみんな行っちゃうわけ?はあ……使えねー」
「な……なんと言う事をもうされまする!お慎みくだされませ」
いえもりさまは、大きく首を振ってため息を吐いた。
「神様方がお留守の間〝彼方〟への出入りが、厳しくなるのでござります」
「なんだそれ?」
「彼方にせよ其方にせよあの世にせよ、全て神様方のお許しが必要にござります。しかしながらひと月の間留守になさりまするゆえ、出入りは厳しいものとなりまする」
「はあ?出るにもお許しがいるってわけか?」
「さようで。それに神様方のお許しがなくば、入れるはずのない所にござりまする。如何にして迷い込まれたか……。正当なる理由がなくば、〝出る〟お許しが出ようとも思えませぬし……」
「マジお許しが出なかったら、友ちゃんはどうなんだよ?」
「ずっと眠ったままでござりまする」
「はあ?マジやばいじゃん。おばさんもおばあさんも生きた心地しねえよ」
「さようにござりまする……」
いえもりさまは、神妙に項垂れて言った。
「兎にも角にも、今し方がま殿が〝彼方〟のぬし様にご相談に参りましたゆえ、ぬし様が土地神様にご相談くだされましょう。納得のいく理由をもうしあげれば、お許しはじきに出されるかと……」
いえもりさまが、圭吾を気遣って言ってくれている事ぐらい、流石の圭吾にもわかった。
そのくらいいえもりさまの、何時もさえない顔色が、今日は殊の外悪く見えた。