十五夜のあと 神無月と木霊 其の二
翌日は満月のようだった。
電車の窓から見る月は、確かに満月なのだろうと思うほど大きく丸く見えたが
「………」
何故だろう、駅を出て帰る道すがら見る月は、先ほどまで感心して見ていたものとは違うような気がする。
あんなに大きくて丸かった月が、遠く小さく見える……。
「電車に乗って月から遠退いて来たのか?」
などとくだらない事を思いながら帰って来ると
「今夜は満月だったでしょ?」
母親が目ざとくやって来て言った。
「あっ……?まぁ丸かったけどな」
「そんだけ?チョーつまんない」
「はあ?」
「もうすぐご飯できるからね」
「わかった」
まったくあの人は、俺様に何を期待してものを言うのか……。
ちょっと憮然として部屋の前までやって来ると
「いやいや……それはちとやぼうござりまするぞ……」
「さようなのだ。如何致したものであろう?」
「如何いたす……と申しても……。あと数日で神無月にござりますれば、いろいろと厄介な事になりまする」
「さようさよう。故に困惑しておるのではないか」
「そうもうされましても……」
「……何かよい知恵はないものであろうか?」
「よい知恵……ともうされても……うーん……」
何やらひそひそと、話している声が部屋の中から聞こえる。
「こればかりは、我々では如何様にもなりませぬ。ぬし様にご相談申し上げに早々に立たれませ」
「そ……そうであった。仰天のあまり考えもつかなんだ。ぬし様ぬし様……」
そう慌てる声がしたかと思うと、窓が開いた音がして直ぐに閉まる音がした。
「……いやはや、大変な事になりましてござりまする……」
「何が大変な事だって?」
「ひぇー若さま」
いえもりさまは、それはそれは驚いた様子で圭吾を見た。
「俺様が帰った事も気づかないほど、大変な事って何だ?」
「お、お帰りなさりませ」
「うむ……んで、大変な事ってなんだ?」
「若……。吃驚仰天なさらずにお聞きくだされませ」
「だから、その吃驚仰天する事ってなんだ?聞いてやるから言ってみろ」
圭吾は大真面目ないえもりさまを見て、にやにやしながら言った。
どうせいえもりさまの〝大変〟など大した事が無いと思っている。
「ならばもうしあげまする」
「うむ……」
「実は兄貴分さまが、大変な事になりましてござりまする」
「……ん?兄貴分って友ちゃんか?」
「はい……」
「友ちゃんがどうしたって?」
「深い眠りについて、しまわれましてござりまする」
「ふ……深い眠りって……?」
「深い眠りは深い眠りでござりまする」
「まぁそう言うと思ったがな……どういう事だよ?まさか死ぬって事じゃねぇよな?」
「死……。今はまだそのような事は……」
「いやいや。今は……って、じゃあ先々に有りって事かよ?」
「それは……」
「えっ!どうなんだよ、どうなんだよ!」
圭吾はふにゃふにゃのいえもりさまの両手?前足を掴んで思いっきり揺さぶって聞いた。
するといえもりさまは、ふにゃふにゃふにゃ、かくかくと身を揺さぶられながら
「と……とにかく、今は眠られておるのでござりまする。いかようにも起きるご様子がない為、救急車とやらで運ばれてござりまする」
「えっ?友ちゃん救急車で運ばれたのか?……あのおかんが何も言ってなかったぞ」
「母君さまがお留守の事にござりまするれば、じきに知れる事となりましょう」
「まじか……そういや、夏会った時少し痩せてたもんな……なんか病気かな?」
「いえ、ご病気ではござりませぬ」
「やっぱなんか知ってんじゃん。だからなんなんだよ」
「なぜかはわかりませぬが、〝彼方〟へ迷い込まれてござりまする」
「は、はあ?〝彼方〟って彼方かよ。ぬし様やつちのこ様や猫さん達が居る?」
「さ、さようにござりまする」
いえもりさまは、圭吾が間違えもせずに言い当てたので、感心したように大きく頷いた。