十五夜のあと 神無月と木霊 其の一
生まれてから体験した事のない暑さを、体験するようになった昨今の夏を、どうにかこうにかやり過ごしたかと思いきや、これ又経験のないくらい早い秋が訪れた今年の彼岸ー。
毎年の如く大変だのと文句を言いながら、仏様に手作りの稲荷と、竹林堂の美味しいみたらし団子と、あん団子を手土産にー。
盆ではないのに何故か我が家ではそう言うのだが、どう考えても意味が解らない。
宗派によって〝彼岸〟の解釈は異なるようだが、我が家のように、何故か仏様が家に帰って来ている解釈はどこにもないのに、彼岸明けには土産を持たせるのだ。
土産を持たせる……という事は、帰って来ているという事になると思うのだが、しかし我が家でも流石に帰って来ているという認識はない。
お盆は帰って来ているもの。彼岸はお墓参りをするもの。
だが、お墓参りをしない我が家では、彼岸明けには土産を持たせる。
なんとも意味不な習慣が母親の祖母によって作られたものだ。
今年は彼岸が明けると十五夜だった。
風情の〝ふの字〟も無い圭吾はそんな事も知らずにバイトから帰って来たが、毎年の事ながら
「月が綺麗だなぁ」
なんて、心の中で思いながらちゃっかり眺めながら帰って来ると
「………」
居間の台の上には十五夜さんのお供え餅……。その脇には兎のお饅頭が……。
「お帰り」
「おう……」
唖然として卓上を直視していると、嬉しそうに母親がやって来た。
「今夜は十五夜だったんだよ。知ってた?」
「いや…そういや月が綺麗だった……。って事は満月なのか?」
「ううん……今夜は十五夜だけど、満月は明日なんだって」
「ヘェ〜?」
「……っていうより、十五夜さんを見れるなんて、超ラッキーなんだよ。十五夜さんは継子で十三夜さんは実子だから、十五夜は雨が多くて十三夜は晴れるんだって、よくばあちゃんが言ってたけど、十五夜は本当に曇りや雨が多いんだって……。なのに、今年は昼から晴れて十五夜さんを拝めて、きっと良いことあるわよ」
「あっそ」
「まったく……つまんないんだから」
母親は自慢げに言ったものの、圭吾の反応が大した事がないので不満顔で言った。
「また月見団子買って来たのか?」
「そうそう……。十五夜だから団子が十五個なんだよ、十三夜だと団子が十三個……。これ凄くない?」
「ははは……うけるわ」
「でしょー?でしょー?」
気分が上向いたらしく上機嫌で言った。
なんと単純明快な性格だろうと感心しながら部屋に入ると、いえもりさまが月見団子をその吸盤の手に持って頬張る所だった。
「どうしたんだそれ?」
「母君様が仏様に供えたものを頂いて参りましてござりまする」
「はあ?仏壇のものをちょろまかして来たのか?大丈夫か?」
「はい。仏様方々にはお許しを頂きましてござりまする」
「いやいや……母親が無くなってたら吃驚すんだろ?」
「あっ、ご心配にはおよびませぬ。上手くいたしまするゆえ」
「上手くって……」
圭吾の問いには答えず
「以前より、これを頂きとうござりました……。実に美味しゅうござりまする」
いえもりさまは、恍惚として頬張った団子を噛み締めている。
「わかったわかった。あとで仏壇に上がってるやつは、俺様が頂いて来てやろう」
「な……なんと若さまお優しい……」
いえもりさまは瞳を潤ませた。
なんと甘党ないえもりさまだろうと、今更ながらに不思議だ。