盆の過ぎ 流れ家守(いえもり) 其の三
家守り夫婦は、床屋を後に近くの大きな家に住みついた。
何故なら、直ぐには遠くへ行けなかったし、まだ少しでも床屋の妻の側にいたかったからだ。
だが、その家に住みついたのが家守り夫婦の災いの元となった。
家は大きいが、其処の者達は残念な者達だった。
腕のいい職人だった老人とその妻と、老人の一人息子だが、姉を三人も持つ長男と、子持ちで再婚した妻と連れ子、そして今年生まれた夫婦の子の六人が住んでいたが、家守り夫婦は直ぐにこの家の不気味な雰囲気に気がついた。
それは長男の妻の連れ子が、家中の者達から虐げられていたのだ。
継父は我が子ばかりを可愛がり連れ子をことごとく虐め、甘やかし三昧で育てた老人は、それを見ても素知らぬ態度をとり、老婆は子連れの女との結婚を心よく思っていなかったのだろう、その子に託つけて嫁をいびった。いびられる嫁は、実母であるにも関わらず、我が身可愛さに我が子を邪険に扱った。
「何という事か、男であるならば、子連れの女と一緒になるは、我が子でない子を子にするは当たり前の事、その覚悟もなく我を通して一緒になりながら、幼子をいびるとは……。それを、年老いた父親が諌められぬとは、なんたる情けない男共よ」
「いえいえあなた。我が身可愛さに我が子を邪険に扱うとは、母親の風上にもおけぬ所業にごさいます。また、年の功を積みながら、子を持つ母の気持ちも労われず嫁いびりを致すとは、何と情けのない女共にございましょう」
家守り夫婦は、いびられ虐められて、どんどん性格が曲ってゆき、悪くなる一方の連れ子を見守りながら憤りを隠せなくなっていってしまった。
とうとう家守り夫婦は、家守りという己の名と役目を忘れて、この一家の者達の不運を願うようになってしまった。
その頃から少しづつ、家守りの願い通りこの家の不幸は始まった。
ある日腕の良かった老人は、久々に息子と仕事に出て、そこで事故に遭い起き上がれない状態になってしまった。
老婆は寝たきりの老人を嫁に見させたが、幼子を抱えての介護など我慢できようはずもなく、父親の腕の良さだけで得ていた仕事だった為に、仕事が激減し苛立つ長男と諍いが絶えなくなった頃、今までの経緯を知った連れ子の祖母がやって来て、無理やり連れ子を連れ帰ってしまった。
それから暫くして長男の嫁は揉めに揉めた末、幼児を連れて連れ子を引き取った実家に帰ってしまった。
あの母子がどうなったのかは知る由もないが、子どもだけは幸せでいて欲しいと願った。
それから間もなく老人は施設に入れられ、長男の働きではどうにもいかなくなり、大きな家は売りに出され、長男母子は小さな借家住まいとなり、たまに父親の知り合いからの仕事で、細々と生活をしている。
唯一の男の子という事で、甘やかされ放題で育った長男を、姉達は心配するでもなく同情するでもなく、たまに母親と会う事はあっても、母親が望んでも引き取ろうという者はいない。
父親の施設は、安い所を見つけて少しづつ出してくれているが、殆ど会いに行く事はない。
てんでに嫁に行きそれぞれ生活があるーというが、長男だけを溺愛した父親への今までの不満と、母親への不満が表れているのだろう。
家守り夫婦は暫くの間、その借家に住みついて様子を眺めていたが、まさか我が身が家守りではなく、夫婦を別れさせ不幸にするようになってしまっていようとは、思いもよらぬ事であった。