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盆の過ぎ 流れ家守(いえもり) 其の一

 お盆が過ぎた頃のある日、我が家ではとんでもない騒動が持ち上がった。

 バイトを早く終わらせて、帰ってくるなり母親が

「あんたが良いって言ったら、お父さんが出て行くから」

「へっ?」

 当たり前の事だが、言葉にならずに佇んでいると

「もうあんたも大人だし、良いって言うに決まってるって言ったんだけど……」

 母親はかなり興奮気味に言った。

「あ……ああ……。もう大人ですから好きにしてください」

「そ……そうでしょ?ほらお父さん……」

 母親がそう言いながら二階に駆け上がっていくのを聞きながら、圭吾は無言のまま部屋に入った。

 ここの所……両親の様子が余りよろしくない。

 まあ……。たぶんどこの家でもだろうが、ラブラブ状態であろうはずはないが、喧嘩もたまにはするが、まさか別れ話が出るような感じではなかったのだが、急に母親が父親に過剰なまでの苛立ちを見せ初めたのだが、確かにちょっと変わった父親だから、気持ちもわからないでもないが、いざ別れるだの出て行くだのー

 と騒がれては、戸惑いと共に不安も寂しさも感じるのは、子どもとしては幾つになっても変わらない事だと思う。

「はあ……」

 圭吾が萎えて部屋のベッドに腰を落とすと

「!!!」

 一瞬飛び上がるほどに吃驚した。

「いえもりさま?」

「あ!若さまお帰りなさりませ」

「つーか。まじ同じやついんだけど、それも二匹。いやいや……大きさが違うか」

「これは、流れの(いえ)(まも)りにござりまする」

「流れの家守り?」

「本来家守りは、家を護り続けていくものにござりまするが、事情がありその家に留まる事なく、いろいろな家に宿替えをするものでござりまする」

「へえ……そんな(いえ)(まも)りがいるんだ?」

「本来そのようなものはおりませぬ。このもの達も以前は、一丁目の床屋に住みついた外のものでござりましたが、ある事情により流浪する身となりましてござりまする」

「へえ……?えっ?ちょいまち。つまり今はいえもりさまと同じ(いえ)(まも)りだけど、その前は只の家守(やもり)だったって事?……うーん。確か外のもの……って、そういう意味だったよな?うちの……あれ?」

 圭吾がブツブツと言っていると

「実は若さま。流れ流れて一丁目よりこちらに参りましたが、このもの達は誠に困り果てた事となり、嘆き悲しんでおるのでござりまするが、私めといたしましても、このもの達にいられては、家守(いえまも)りといたしましては、まことにまことに困り果てるのでござりまする」

「いやいや、困り果てるって何でだ?」

「あっ?ああ……。実はこのもの達のゆく所の家の夫婦は、別れてしまうのでござりまする」

「へっ?」

「深い事情がござりまして、このもの達が宿りました家の夫婦は、諍いが絶えなくなり別れる事になってしまうのでござりまする」

「え〜まじかよ!父親が出て行く話になってんぞ」

「ま……まじでござりまするか?」

「まじだよ〜。ちょっと前から険悪な感じだったじゃん?俺がいいって言ったら、出て行く話になってんぞ。今母親から言われたから」

「ま……まじでござりまするか?これは一大事!お前らさっさと出てお行きくだされませ」

「いやいや……いえもりさま。出て行って貰っても、もう遅いんだろ?こいつら宿った所は別れちまうわけだから……とにかく今は向こうをどうにかしないと、出て行っちまうぜ」

 いえもりさまの変な日本語に、今は突っ込みを入れる余裕もない。

「それは大変にござりまする。お父君さまが居なくなられては、我が家をお護りいたすにも、まだまだ若さまでは立ち行きませぬ」

「ま……まあね。これでもまだ未成年だから……」

「こうしてはおられませぬ。兎にも角にもこの場を納め、私めはご相談に参ってまいりまする」

「相談って誰に?ーって、母親が鬼の邪気にあたって死んだ時みたく、間に合わない事になんじゃね〜の?」

「何を!母君さまと父君さまの今回の件は、少しの間くらいは、私めにも収める事はできまする」

 いえもりさまはそう言うと、大慌てて部屋を抜けて二階へと行ってしまった。

 茫然と二階を見つめる圭吾は、いえもりさまがさっき居た場所で、メソメソと抱き合いながら泣く、流れの家守りヘ目を向けた。

「お前ら兄弟?」

「いえ、私共は夫婦にござります」

「ああ……なるほどね」

 そういえば、外の家守も二匹で居る所をよく見かける。

 大きいのが雌で、小さい方が雄だそうだ。

 以前あり得ないはずなのに、網戸とサッシの間に小さい家守……たぶん雄が入り込んで出られなくなってしまった。見つけたのが母親だったから、取り出して逃がしてやれず、父親か圭吾が帰宅するまでそのままにしていたが、家の猫がガラス越しに捕まえようとしたりしていて、かなり家守は怖かったはずだ。

 帰宅して圭吾がサッシを開け、捕まえて反対側の窓から逃がしてやったのだが、大きな方の雌と思しき家守が、ずっと側……といっても網戸の外側にいて、圭吾が窓を開けるまで、 側を離れなかったのは確かで

「家守は情が深いな……」

 と思ったものだ。

 そういえば、誤って母親がサッシに挟んで死なせてしまった事があったが、その時も亡骸の側に雌家守がずっと居たのを思い出した。

 そう考えると、母親はかなり罪な事を仕出かしたものだ。

 いえもりさまの居る家とはいえ罰があたって、今回みたいな騒ぎになっても致し方ないような気もしないではないか……。

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