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不思議噺 すずころ 其の四

 鈴転(すずころ)の願い通り、虫かごの鈴虫の死骸と、鈴虫マットを空き地に空けて来たその晩、鈴転(すずころ)は、再びお兄さんのまくら元で〝リンリン〟と、それはそれは美しい音色を奏でた。


「ありがとうございます。これで来年は他所のものと一緒になれます。我等は先に参って必ずや貴方様方をお呼びして、長年のご恩と今回のご恩をお返ししたく存じます。此れから少しづつ彼処が貴方様方のものになる証を示してまいりますので、どうかそれを見過ごさずに、証をお取りくださいませ」


 そう言うと鈴転(すずころ)は、最後に本当に透きとおる音色を奏でて消えてしまった。


 それから直ぐに、成績が優秀な事も有り就職難のご時世なので、大学院への進路も考えていた矢先、たまたま知り合いの紹介で家庭教師をしているその家の母親から、此処数年採用を控えていた某一流企業が、来年は新卒採用をする事になるだろうと聞いた。

 其処の父親が某一流企業の人事部の高い地位に有り、お兄さんの優秀さに目を留めて、採用試験を受けてはどうかと勧めてくれたのだ。


「これは鈴転(すずころ)の証だ」


 と、お兄さんは思った。


 某一流企業は、日本中がバブルに湧いた時期でも手堅く商売をし、不景気な時代でも揺るぎない経営で、リストラも殆どする事なく乗りきっている、数少ない企業の一つで、お兄さんもとても興味を持つ企業だったのだが、残念な事に此処数年採用する事がなかったのに、此の鈴転(すずころ)の件と重なったこの時期に、採用試験の事を事前に情報を得られるのは、鈴転(すずころ)の言う〝証〟だと思うのも当たり前だ。

 この家庭教師のバイトも夏休みの間だけという事で、母が知り合いから頼まれたバイトだし、まさか其処の父親が某一流企業の人事部のかなり偉い地位の人で、尚且つ以前よりお兄さんが興味を持っていた企業だったとはー。


 お兄さんは「是非受けさせていただきます」と、即答したのはいうまでもない。


 翌年の春、お兄さんが教えた某一流企業の人事部の偉い地位の人の子供は、見事希望校に入学を決め、お兄さんの評価は一段と上がった事は言うまでもなく、それが功を奏したからか、お兄さんの実力そのものか、お兄さんはダントツに人気のある某一流企業に内定を見事に決め、その翌年有名大学を優秀な成績で卒業して、某一流企業に就職した。


 鈴転(すずころ)の約束通り、トントン拍子に事が進み、一流企業ともなれば、転勤やら海外赴任も当たり前なのだが、余程気に入られたものか人事部の所属となり、お兄さんは東京の本社勤務となった為、実家から通う事となった。

 働き始めて三年余りー。

 或る日人事部の上司から、鈴転(すずころ)が待つ空き地を、持ち主の夫の店がこの不景気で潰れそうになり、少しでも早く売って、金にしたいと言っていると聞いた。

 どうやらその上司は、あの空き地のおじいさんの娘婿の遠縁であるらしかった。


「あの土地売りに出すんですか?」

「前々から売りに出してるらしいけど、何故か全然売れないらしいんだよね。……そういやあの辺だよね君の家」

「ええ。駅の反対側なんですけど……そうか……売りに出すのか」

「君の所、確かマンションだったよな?」

「ああ、はい」

「じゃあ、安くさせるから君買って家建てなよ」

「えっ?僕がですか?」

「そうそう、君は神部さんの覚えもめでたいから前途洋々だ。俺が保証人になってもいいしさ……。今本当に奴の所危ないんだよね」


 これも鈴転(すずころ)の証の一つだろうか……。

 兎にも角にも、これは千載一遇のチャンスだ。知り合いのよしみで安くして貰えるし、鈴転(すずころ)が待っているあの土地が、本当に手に入るのだ。

 すぐさまお父さんと話し合って、親子でローンを組んで家を建てる事にした。


 鈴虫は土を捨てた翌年から、空き地の草叢で何時ものように鳴いている。

 お兄さんは毎年鈴虫の鳴く時期に、鈴虫が元気に鳴いているかを確認に来ていた。

 あの懐かしくも涼やかで美しい鳴き声を、もう暫くすれば再び毎日聞けるようになる。

 今年の鈴虫が鳴き終わる頃、保坂の家の工事が始まる。


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