盆 盆の送り 其の一
暑い日が続いている。
此処何日かで、老人が熱中症で死んだとニュースになっている程、今年の夏も暑い日が続いている。
そんな暑い夏休みの間も、田川圭吾はバイトに、遊びにと忙がしい毎日を過ごしている。
「お盆に出かけるのだけはやめて頂戴よ」
高校の部活が終わった頃から、母親はよくこう言って、盆に出かける事を嫌がった。
それは、盆の迎え火から送り火までの間、仏様が家に戻って来ると信じているからで、一昨年前に死んだばあちゃんを、圭吾に迎えて欲しいからだーと、思っている。
だが圭吾には、ばあちゃんの気配などまったく解らないし感じない。
そんなお盆も近づいたある日、バイトも休みでクーラーの風が一番くる特等席で、スマホを弄っている。
手放せない程ではないが、一応そばに置く。その内手が伸びて、なんと無く何かをしている。
母親が意気消沈気味に居間に入って来た。
「今友ちゃんのおばあちゃんに聞いたんだけど、坂下の穂浪さんのおじさんが亡くなったって」
「穂浪さんー?」
「ほら坂の下のおうちのー。よく此処で遊んでると、声かけてくれたんだけど、忘れちゃった?」
「いや覚えてる。えっ?ついこの間も会って挨拶した」
「そうー、友ちゃんのおばあちゃんも、何日か前に元気な姿見たばかりだって」
それは、母親じゃ無くても吃驚する。
どうやら、圭吾の曾祖父の時代からのお付き合いらしく、圭吾が物心ついて、此の通りで遊ぶようになると、出会えばよく声をかけてくれた。
小学校に行くようになると、友達と遊びに公園とかに行ったが、見かければ声をかけてくれたから、自然と圭吾も〝知っているおじいさん〟になっていた。
「あんな元気な人が信じられないー」
確かに圭吾も信じられないー。
先日会った時も、いつものごとく元気な張りのある声で
「若いのに声が小さいぞ」
なんて、にこにこしながら言っていたし、かなりしっかりした足取りで歩いていたのにー。
ばあちゃんも心臓が悪かったから、救急車で病院に行ってから、あっという間に死んでしまった。
おじいさんも、家族が下の部屋に居たのに、誰も気がつかなかったそうで、娘さんがたまたま部屋を覗いて気づいた時には、もはや意識が無かったーそうだ。
「おばあちゃんの時もそうだったけどー、心臓の悪い人は急だよね。明後日が通夜で明々後日が葬儀だって。うちは、ばあちゃんの時にお通夜に来て頂いたから、通夜に行って来るね」
母親はそう言いながらカレンダーを見つめている。
「なに?」
「ん?明日お盆の買い物行って……早めにお迎えしてから行くかな……」
「ああ、明後日は迎え火か…」
「そうなのよ」
うちは母親の死んだ曾祖父さんが、〝死んだら田舎に帰る〟と言い残した為、此の近くに墓を物色していた、曾祖母とばあちゃんを呆れさせたーといういわくがあって、此処から車で3時間もかかる、曾祖父の田舎の親戚達が眠る寺に、墓を 建てて入っているので、そんな身勝手な曾祖父に腹を立てたばあちゃんが、正月、お盆、お彼岸の混む時期の墓参りは断じてするもんかーと、時期の墓参りはしない事とした。
その為お盆は墓参りをせず、迎え火を焚いてお迎えする事になっている。
だからその日は、我が家ではかなり神聖で大事な日だ。
お盆は、死んだ祖先が苦しむ事が無く、成仏してくれるようにと供養する行事だ。
ーおばあちゃんの子供の頃は、夕方になると提灯を持って、お墓までお迎えに行ったんだよ。帰る頃は暗くなって、提灯に火が灯り、怖いけどとても幻想的だった。
仏壇の下に置いた台の上に、お菓子やら、果物などの食べ物を供えて、朝作ったきゅうりの馬と茄子の牛を置いてね……昔だから、何処の家でもうどんを作れたから、そのうどんを手綱にしたてて側に置いて絡めて……。
ばあちゃんが不思議だったのは、家に仏様をお迎えしてるのに、毎日盆の間墓参りをするのが、本当に不思議だった。そうそうそれと、お墓にもこしらえた牛や馬を置いてあって、お供え物もあってー。
だって、仏様達はうちにいて、お墓には居ない筈なのにね。
送り日は、やっばり提灯を持って送りにお墓まで行くのよ。
翌日になると、川にお供え物が沢山流されてたー。今じゃ考えられないけどねー
ばあちゃんが死ぬ前に言っていた言葉が、お盆になると思い出す。
お迎え火の日は、母親は忙がしい。
仏壇の掃除をして、以前はその下に台を置き、位牌を置いて果物や菓子や花を飾っていたようだが、ばあちゃんの高齢化と共に、仏壇に物を乗せて済ませる事にしたから、盆の間は仏壇の上は豪華なものだ。
今はきゅうりの馬も茄子の牛も作らず、お盆用にセットになっている籠を買って来て置いている。
午後になると、お迎えの日は、そうめんとばあちゃんが決めていたので、そうめんを茹でながら、家の者もそうめんを食べる為、天ぷらか唐揚げを揚げ、ばあちゃん直伝の茄子と玉ねぎのつゆを拵える。
今日は、穂浪さんのおじいさんの通夜にも行かなくては行けないから、早めに支度を終え、いつもなら5時頃焚くお迎え火を4時半に焚く。
門から玄関から、仏壇のある部屋までの襖やドアを開けて、燃えたおがらの煙が、不思議とふわっと玄関から入り込むのを見届けると、焙烙皿に残った灰に水をかけて、開け放した門から、玄関から閉めて中に入って来て、線香に火を付けて立て、大きく鈴をならすと、用意していたそうめんと天ぷらを供える。
「そっち閉めてくれた?」
「おうー」
圭吾も慣れたもので、迎え火の煙を玄関で迎える事と、開け放したところを閉める事、そして蚊取り線香を付ける事はちゃんとする。
「おばあちゃんもあんたに迎えられて喜んでるわ」
母親の昔からの口癖だ。
ばあちゃんが生きている間は、ご先祖様が喜ぶとおだてられて、部活の無い時は、できる限りお迎えさせられた。
友達と遊んでいても、お迎えの時間までに帰っていたのは、自分でも偉いと思う。
「じゃ、母さんお通夜に行って来るから、お腹空いたら食べて。お父さんにもそう言ってね」
「はいはい」
車で送ると言ったが、ご近所の大和さんや大森さんと一緒に、川島さんが送ってくれるという。
大和さんも川島さんも、圭吾が産まれた時から可愛がってくれた、おじさんとおばさん達で、顔を見れば圭吾の方から挨拶をする。
そうでなければ、出会う毎に背が伸びて、180cmを超えてでかくなった圭吾に気がつかないからだ。