表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/299

不思議噺 すずころ 其の一

 家の門を出て右手に進むと坂がある。その坂を下り終えて右手にずっと進むと、小学生の頃から空き地だった、ちょっと広めの空き地がある。

 その先のスーパーまでの道すがら

「ここの家を壊したのは、何時だったかしら……?」

 と、母親は前を通る度に言う。

 母親は此処で産まれて育ったわけではい。

 父親が早死にするまでは、別の所で生まれ育った。

 若くして未亡人になった祖母は、母親を育てる為に東京で働いていたが、母親が成人して働いていた頃に、年老いた両親を見る為に曾祖父が建てた此の家に、一人娘の祖母が入って最後まで面倒を見たから、今こうして此処に住んでいるというわけだが、幼い頃から祖母に連れられて来る事が多かったのだろう、生まれ育っていないとはいえ、母親は意外と此の辺りの〝昔〟を知っている。


「小学生の頃から空き地だった」

 と、圭吾が言うと

「……そうそう確かに……じゃあ、牧野さんは何時亡くなったのかしら?」

 牧野さんとは、此の空き地の住人だった人の名前のようだ。

 その牧野さんの名前も顔も覚えているのに、何時頃亡くなって家を壊したのか、全く記憶にないという。

「う……ん。気持ち悪い!思い出せない」

 と何時も言う。

 今でも牧野さんの、おじいさんとおばあさんの事はよく覚えていて。

 おじいさんが先に亡くなって、気の良いおばあさんが一人で八十を超えるまで元気でいて、八十を幾つか越した頃、とうとう一人で居させるのは心配だという、静岡に住む一人娘さんに説得されて、渋々行ってしまった事まで覚えているのに、家を壊して更地にした事だけが、どうしても思い出せないのは、不思議というしか言いようがないという。


 そんな曰く付きの空き地に「家を建てる」と、友人の保坂から聞いたのは、五月の子どもの日の事だった。


 子どもの日は、圭吾が小さい時には余り大きくない鯉のぼりが三匹(お父さん鯉とお母さん鯉と子ども鯉ーと母親に教えられた)曽祖父が、山から掘って持ち帰って植えたという椿の木の横に建てたポールに、泳いだものだったが、小学校の中学年の時には、鯉のぼりの姿を見る事がなくってしまっていた。

 圭吾が大きくなった為に鯉のぼりが泳がなくなったのか、母親が面倒臭いからと泳がなくなったのかは定かではないが、余り見かける事のなかったコンパクトな兜がケースに入って、お雛様のケースの脇に置かれているのを思うと、後者の理由が有力なのはいうまでもない。

 お雛様の隣に置かれた兜の入ったケースを眺めながら、いえもりさまと柏餅を食べていると、中学の二年と三年で一緒だった奴らに呼び出され、久々に会って数人でカラオケに行った時に保坂もいて、マイクを手放さない奴らの歌を聞いていると〝歌わない〟仲間の保坂とは、必然的に隣り合わせとなった。


「ええええ?彼処か?」

「……たぶん彼処だ」

 気持ちよく歌っている奴らを尻目に、隅っこでちょっと盛り上がる〝歌わない〟仲間二人。

「いやいや待て待て。坂下ってスーパー行く迄にある?」

「奥に大森さんの畑がまだ残ってる……」

「ああ、彼処だ」

「そう……彼処だ」

 保坂と圭吾は、異口同音でそう言うと頷き合った。

「……そうか……彼処売り出してたのか?」

「……なんか……なんか有り気な言い方じゃね?」

「いやいや……ずっと空き地だったし、売り出してたの知らなかったし……」

「いやいや……みんなそう言うんだよね」

「えっ?」

「彼処に家を建てる話しすっと、みんなそう言うんだよね。……なんか誰も売りに出てたの知らないらしいんだよね」

「ええ?まじで?……っても、俺が知ってる限り空き地だし、売出し中みたいなもんなかったぜ」

 圭吾がそう言うと、保坂はちょっとトーンを下げて言った。

「彼処って、親父と兄貴が買って家を建てる事になったんだが……ちょっと不思議な事があってさ」

「不思議な事?」

「ああ……」

 保坂はそう言うと、少し言うのを躊躇ったが、それでも誰かに話を聞いて欲しいのだろう、ウーロン茶を飲みながら圭吾をじっと見た。

 音楽が変わり、カラオケ大好き人間の川辺がマイクを手に、ノリノリで得意な歌を披露し始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ