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花見の頃 夜桜の宴 其の六

 車を走らせる事10分ー。

 昔親に連れて来らた公園の駐車場に、友ちゃんはいとも簡単に車を止めた。

「懐かしいな」

「うんー」

 駐車場を抜けると公園に入る。

 まだ幼かった頃は駐車場の脇は林で、その中に長い滑り台やアスレチックのような遊具が、申し訳程度にあるだけで、あとはずっと木ばかりがあって、それはそれで子供はいろんな遊びを考えて遊ぶもので、怪我をしない程度に木登りしたり、虫を取ったり蟻を虐めたりして、飽きる事も知らずに遊んだものだ。

 圭吾が少し大きくなって、自転車で来れるようになった頃、急に来る度に林が切り開かれて整備されはじめた。

 小学校の高学年になる頃には、駐車場の脇に広がっていた林は姿を消し、だだっ広い芝生の生えた広場が広がって、公園は近代的な自然と調和した姿へと変わってしまった。

 中学校に入学した頃、小さな市民体育館は大きく立派な最新式の体育館となり、使用料を取られるようになった。綺麗で最新式の使いやすい体育館は気持ちいいが、何故だか古くガタがきていて、小さくて使い勝手の悪かった体育館が懐かしく思われた。


 公園を抜けて行くと坂を登る道が現れる。

 木々が微かに茂る坂道を登っていると、昔は一体に木々が生い茂り、ほんの小さな獣道のようなものしかなかったであろう事が想像されるが、今では車一台が通れる幅の舗装された道路があって、登りきれば開かれた住宅街になっている。

 その坂道を登る前の脇道を入って行くと、十数軒続く住宅がある。

 その住宅の一角に古びた木の鳥居が目に止まる。近代的な住宅にあって、余りにも不釣り合いな古びた鳥居の先を見上げれば、少し離れた隣の二階建の家の瓦屋根が、目下に見えるであろう程の階段が長く続く。

 その階段の先を見上げれば、古びた祠が小さく目に入る。

 鳥居を潜って行くと、両脇には地蔵や幾つかの石碑があって、全てが古びているが、粛々として厳かに感じる。


 ー安政……正一位稲荷大明神ー


「安政って何時だよ?」


 思ったよりも小さな祠の前方に二匹の狐の置物があり、祠の周りには色褪せた〝のぼり〟から、赤だと識別できる〝のぼり〟はたまた、見るからに新しい〝のぼり〟まで、幾つかの〝のぼり〟が奉納されていて、昔から、この辺りの人々に信心されていた事が理解できた。


「この辺りだな」

 友ちゃんが祠に手を合わせると、左手の先に広がる荒れ果てた姿がむき出しの森林を見つめた。

「マジ……今でもやばくね?あっちもこっちも木が倒れたままだし、斜面の一部は崩れた跡って感じだし」

「うん……」

 切り開かれた山が、大地を滑らせている感じだ。

 稲荷大明神様の祠を後に、先にある道路の坂を登って行くと、道路を開く為に寸断された山肌にある木々の根が、行き場を求めて根を露わにして、切り口のようになった地を、空を舞うように求めて張っているものや、木々が絡み合って支え合い倒れる事を必死に逃れようとする姿が、とても痛ましい。

「植物ってスゲえな……」

「此処も木々が立っていたって事だな……。彼処に木があるってことは、ほんとうは彼処が大地か、倍以上掘って道路や住宅を開いたって事だ」

「なんでこんなに掘ってるんだ?」

「ほんとだなぁ?結局なだらかにする為に山を削ったって事か……」

「これじゃ、急にはなってないけど崩れるって事は有りだな。っうか、稲荷大明神様の裏の林は崩れかけてるし」

 大明神様の祠の周りには、殺伐とした林を背に、数軒の住宅(決して古い建物ではない)が建っていて、その前の小型の車が一台通るのがやっとの、舗装された通りを隔てて、十数軒の住宅が並んでいる。

 その住宅の先に、圭吾が馴染み深い公園が、サイクリング道路にうまい形で繋がっていて、確かに〝自然と調和した公園〟と、うたい文句にしているのも頷けるが、こうしていえもりさま達と知り合って、なんとなくだが、本当の自然というものを、決して頭ではなくて、体というか五感で感じてしまうと、この上手に調和のとれた、人間が作り上げた自然は、なんだかやっぱり違うような気がする。


「崩れるとしたら、稲荷大明神様の裏の斜面だ」

 友ちゃんは、公園を出て少し行った所のファミレスで、遅い朝食を取りながら言った。

「たぶん大明神様の並びの家まで、土砂が入り込むかもしれない……じゃないと、あの祠は犠牲にならないし、公園のものや周りのもの達をお供にしない」

「えっ?じゃあ、危ねえじゃん?」

「いや、大事にはならないって言ってた」

「いや〜マジかな?……って言ったって、誰もこんな事信じねえか」

「うん。そこだよけいちゃん。こんな事心配して騒いだところで、俺らだって先の事はわかんね。だけど、聞いてしまうと気になって仕方ない」

「うん……まあ……」

「それでも、本当の自然界の事はどうしようもない。これは、本当の自然界の事を知らない俺ら人間が、今迄やって来た事の結果だからどうしようもない。 大明神様のみならず、いえもりさま……がま殿までが、汚れれば土は動き、海も動き雲も動くって知っている事なのに、俺ら人間だけが知らない」

「ああ……そうか……」

「俺はこれからそういう事を、知っていかなくちゃ行けないと思うんだ」

「……土とか動く事?」

「いや違う。けいちゃんはいえもりさまが知っている事、俺はがま殿が知っている事、せめてそのくらいは知っていかなくちゃいけないと思う」

「そ……そうかな?」

「うん……。それからどう関わって行くか、考えるべきだと思ってる」

「関わるって?自然と?」

「いや、がま殿やいえもりさま……その類のもの達と……」

「う……う〜ん……」

 これは、圭吾にはかなりハードルの高すぎる問題だ。

 大好きなハンバーグを頬張りながら、圭吾は心の中で思った。

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