花見の頃 夜桜の宴 其の五
「山の地が動くって……?」
「近頃おめザップ等で話題になる事のある程の、山の動きによる〝土砂崩れ〟ではござりませぬが、山が動く事により、多少なりとも土が高き所より、低き所に流れ落ちるのでござります」
「それって、異常気象によるゲリラ豪雨で、地盤が緩むからだろ?」
「それもござりまするが、最早大地が以前のような力を持たなくなっておるのでござりまする」
「結局自然を破壊してしまっているから、自然の力が弱まっているんだよ」
友ちゃんが、圭吾に言った。
「昔のように自然が沢山あれば、多分自然の力が強くて、多少の事には全然影響はないんだ。だけど、こう自然が無くなってしまったら、ちょっとのバランスの崩れでも、全ての自然界のものに影響する。異常気象に、地震、津波……」
「流石兄貴分さま……。地が汚れれば地が動き、山が汚れれば山が動きまする。海が汚れれば海が、川が汚れれば川が動いて浄化するは理にござりまする」
「……って事は、例の病院の噂はマジで、裏山に廃棄物を埋めてて、此の辺を汚染したから、崩れるって事?」
「ああ……あの噂か?いやけいちゃん、いえもりさまの言う〝汚れ〟って、たぶんその事じゃ無いと思うよ」
「はあ?じゃなに?」
「もっと広範囲な事だと思うよ。例えば地球全体を指すくらいな」
「地球全体が汚染ねぇ……まあ、確かにそうだろうけど」
「うん。確かにそうなんだ」
友ちゃんは神妙に言った。
そういえば、友ちゃんは環境に関する学部のある大学に通っている。
小さい時から、虫や蜥蜴や生き物を大事にしていたし、公園に行っては木登りしたり、土を掘ったり、川に入ったり、チキンの圭吾とは違い、いろいろと興味を持つから、一緒に遊んでいるととても楽しいし、友ちゃんと一緒だと、怖いと思わずにいろんな事ができた事を思い出した。
友ちゃんのお母さんが
「自然大好きな野生児なのに、霊感があるみたいで、矛盾してる」
って、うちの親に言っていたのを覚えている。
野生児と霊感は矛盾するものだと、変な覚え方をしたのと、この三つの言葉を初めて耳にして、そして大好きな友ちゃんに関する事で覚えた言葉だったから、だから覚えているのだろう。
「……なれど人々の、神々様方に対する思いが強ければ、ぬし様やつちのこ様方のような護りが、土地や人々を護る力が強くなり、それが自然に作用して治癒することが早まるのです。今回のように、村人の信仰心が強かった故、大明神様は犠牲を厭わずお護りくだされますが、それは今迄培った村人の信仰心によるもので、今後のお力は今の者達の心がけによりましょう」
「うーん……」
「つまり、これから起こる地滑りは、稲荷大明神様が盾となって大事にならない程度で済むけど、その後再び地滑りが起こるような事になったら、その時は、どんな被害が出るかわからないって事。今生きてる俺達が、どれだけ護ってくれようとする、神様やぬし様みたいな護りを信じるかによるって事さ」
「はあ?助けて欲しけりゃ信じろってことか?」
「うん。だってその気持ちが強ければ強い程、神様やぬし様達は強い力を持てるからさ。強い力を持てば、助ける力も大きくなる」
「ああ……なるほど……。友ちゃん凄えな」
「まあ……。小さい時から、こういうの興味あったからね……。ほら、小学校低学年迄は……見えてたからさ、いろいろと」
「ああ、やっぱそうか……」
「幸いっていうか、母親が理解あったからね……。こんな事言っても変に取らなかったし、怒られもしなかった……。そういう点では感謝してる」
「確かに……」
友ちゃんの家にお泊まりすると、よく友ちゃんが指差して
「彼処におじいさんがいる」
とか
「猫が何匹もいる」
とか言って、何も見えない圭吾だが怖かったのを思い出す。それでも、友ちゃんが好きだったから、よく泊まりに行ったものだが、圭吾の中では、〝友ちゃんは見える人だから仕方ない〟と、幼いながらも納得していたのだろう。
今こうして、不思議なもの達と出会うようになって、初めて共感できる事だがー。
楽しくて、厳かで不思議な花見の宴は、眷属様達の旅立ちと共に終焉となった。
気がつけば朝陽が窓のカーテンを明るくしていて、幻想的な美しい桜の大木は、ちょっと年代を帯びた、圭吾の部屋の天井へと変わっていた。
「マジ綺麗だったな」
そう言うと、再びあの世界の余韻に浸りたくて目を閉じた。
しかし、先程から煩いくらい鳴っているスマホの着信音が、余韻に浸る事すら許してくれずに、圭吾を現実へと引きずり戻した。
「ちっ!全くうるせな」
とにかく、否応無く現実へと引きずり戻されてしまっては、その象徴たるべきスマホを見ない訳にはいかない。
すると、圭吾はスマホを見つめて暫く考え込んだ。
「マジかぁ?マジっすか?」
起き上がると、同じ事をスマホに書き込んで、立ち上がった。
「はあ……マジかぁ……」
圭吾は萎えるようにため息を吐くと、納得したように身支度を整えて部屋を出た。
「あら早いわね?」
「ああ、これから友ちゃんと出かけてくるわ」
急いで歯を磨いて、顔を洗いながら母親に言った。
「友ちゃんと?珍しいね。何処行くの?」
「さあ?」
「はいはい。聞いた私が馬鹿でした」
他力本願な圭吾は、友達と出かける時は全てお任せだから、〝何処に何時何分〟が殆どわからない。
だから母親も最近は、出かける間際に確認するようになった。ー流石に出かける時には、分かっているからだ。
5分もしない内に、友ちゃんが車で迎えに来た。
「ごはんは?」
「なんか食ってくるわ」
慌ただしく玄関を出て車に乗った。
「悪いな。気になったら仕方ない」
そう言うと友ちゃんは車を走らせた。