花見の頃 夜桜の宴 其の二
「つきましては若」
「ああ……わかってる。例のご酒ね」
「はあ、それもござりまするが……」
「えー?またまたなんかあんの?マジやだから」
「そうもうされませず」
いえもりさまはそう言うと、じっと圭吾を見つめた。
「兄貴分さまにも、がま殿よりお話しはござりまするが……。おいで下さりまするよう、若よりお願い頂きたいのでござりまする」
「いや〜がま殿が誘えば、一も二もなく行くっしょ」
「さようにござりましょうか?」
「だって、友ちゃんの方が、俺より全然あんもん」
圭吾はいえもりさまにそう言うと、部屋のあちこちを指差した。
「何でござりまする?」
「不思議なもの見る力」
「ああ〜さようにござりまするか」
いえもりさまは納得したように言うと
「若は、本当は誰よりもお持ちにござりまする。幼き頃にお会いいたしておるものは、数しれませぬ。それをご自分で、封印されておるのでござりまする」
「あ〜わかった、どうせチキってますよ。はいはいごめんなさい。不思議なものは嫌いです」
「はあー若さま」
いえもりさまは、大きなため息を吐いて圭吾を見た。
「そんなにがっかりしなくてもいいだろ?」
「いやいや、お護りいたすが私めの役目にござりまする」
「わかったわかった。んで、なんで友ちゃんに来てもらいたいわけ?」
「は、昔若さまが兄貴分さまと観音堂へお行きなされた折、若と兄貴分さまが、観音さまにお会いなされておいでにござりまする」
「えー。覚えてねぇよ」
「さようにござりまするか?観音さまは、お姿を見る事のできる童子と会うたが珍しく、覚えておいででござりまする。がま殿がお護りいたす事となったのを知られ、懐かしくお思いになられ、花見にお連れするようにとの仰せにござりまする」
「マジかあー。俺覚えてないわ……って、俺見てねぇんじゃね?」
「いえいえ。観音さまは、童子がふたりと仰せにござりますゆえ、まちがいはござりませぬ」
「うーん」
圭吾はよくよく思い出してみるが、全く思い出せない。
なんといっても幼い頃の事は、母親や友達に言われても、欠落している事が多いから、多分考えても無駄な事だ。
父親が、いろいろな所に遊びに連れて行ってくれたが、ほとんど覚えていなくてがっかりさせた程で、母親などは、きっと脳のある一部の回線が繋がっていないのだろうと、本気で今でも心配しているのは心外だが、まあ、余りものに執着する質ではないので、その所為で記憶に残らないのだろうと、自分では納得している。
翌日、友ちゃんもがま殿から聞いたのか、圭吾が家を出る頃に合わせて、家から出て来た。
「昨日がま殿から聞いた?」
「聞いた聞いた。マジあいつらの宴会は楽しいから楽しみだわー」
「確かに……って、友ちゃん公園近くの観音様に会った事覚えてる?」
「覚えてる覚えてる。あれ夢じゃなかったんだな」
「それって俺一緒だった?」
「一緒だったじゃん?けいちゃん覚えてないんだ?」
「まったくー」
「まあ、子供といえども夢だと思うわな……。俺だって、親には言えなかったもんな」
「……でももし言ったとしても、おばさんは友ちゃんの言う事、嘘だとは言わなかったべ?」
「それでも言えなかったの覚えてる。子供心にも、マジあり得ねぇってわかってたんだろうな。その内無かった事になって、夢で見た事だと思うようになってて、昨日がま殿から聞くまで忘れてたもんな。けいちゃんは俺よか小さかったんだから、忘れても仕方ないよ」
「……まあ、そうかも」
「そういや、あの時もお花見に行ったんだ」
「え?マジ?」
「ああ……。あの頃が、一番同じ年頃のが居たんじゃないかな?ほとんどが引っ越しちゃったけど……。それで、親達がいろいろ持ち寄って、賑やかな花見だったな。ほら、鮒や鯉が居るという池行ったりして遊んでたら、ちょっと奥の観音堂に行っちゃったんだよな、何故だか何時も閉まっている扉が少し開いてて、好奇心で覗き込んだら〝神々しい光に包まれたもの〟を見たんだ。はっきりとしないその〝もの〟を見ても全く怖いと思わなくてさ、只々神々しさに圧倒された……。親が探しに来て、初めて観音堂だと知って、〝観音様〟だと思った……」
「へー?全く記憶ねぇ……俺もわかってたのかな?」
「わかってたと思うよ。かなり圧倒されてたし……。神々しい光を見て、〝眩しい〟って言ってた。だけど、約束もしないのに、お互い親には言わなかったんだな?」
「……?」
「どっちかが言ってれば、お互い親に聞かれない事はないだろ?」
「はは……言えてる」
「親達の情報網は、侮れないからな」
「言えてる言えてる」
同じ話題で笑いあったのは何年ぶりだろう?
小学校までは、家の前の通りで互いの友達と合流して、毎日のように遊んでいたのに、友ちゃんが中学に上がってからは、殆ど遊ばなくなってしまった。
圭吾が中学生になってからは、ミニバスから続けているバスケットに夢中になってしまったから、生活リズムが違って会うことすら稀になってしまった。
だが、年に一度か二度偶然出会うと不思議と話は弾んでしまうのは、やっぱりウマが合うってやつだろう。
ーこうして今も話せば楽しいみたいにー
だから今みたいに〝不思議なもの達〟について話せる唯一の人が友ちゃんで、本当に嬉しくあり頼りにもなる。
とりとめのない話をしながら、初めて友ちゃんと電車に乗った。
余りに友ちゃんとの日々は幼すぎて、二人で電車に乗る事はなかったが、今はこうして、互いに身長が伸びて、話題も豊富になり広がって、だけど不思議と昔のように、毎日を共に過ごしていた時のように、解り合えるのは何故だろう?
この感覚が心地よいのは何故だろうー。