春彼岸 彼岸の行人(こうじん) 其の終
その日の内に父親の熱が下がり、翌日には正気を取り戻し、まだ起き上がるまでにはいかないが、快方へと向かい始めた。
初代様は仏壇に居て、何処から来るのかご先祖様達と、例の酒屋さんの酒を飲んで、今では圭吾も聞くことができるようになった、五人囃子の笛や太鼓の音に、彼岸の仏壇は大賑わいだ。
「なんか最近、凄く楽しいような気がすんの」
母親が父親に粥を食べさせて、二階から下りて来ると言った。
「マジ鋭いな」
「え?なに?」
「いや、父さんが良くなってきたからじゃね?」
「うーん。そうかもね」
気にしない血筋の素が言った。
「ところで、初代様の名前知ってる?」
「初代様?」
「あー。ほら公家の……」
「ああ、貧乏公家で褌一枚で、一張羅の洗濯をするのに嫌気がさして、公家をやめちゃったー?えっとね〝源朝臣藤原何がし〟……?そう言えば、ばあちゃんもよく覚えてなかったわ。知りたいなら、本家のお姉ちゃんに、系図見せて貰うといいわよ。私も若い頃見せてもらったけど、忘れちゃった」
本家のおばさんは、ばあちゃんの従姉妹に当たるが、親戚中で今でも本家を落魄れさせたと、悪名を轟かせている、ばあちゃんの祖母さんが、余りにも性格が悪かった為に、本家のおばさんのお父さんの縁談が、いろいろな事情で壊れ、年を取ってからやっと結婚をして授かった娘だ。
だからばあちゃんよりニ十歳近くも年が若いので、母親は本家のおばさんの事を〝お姉ちゃん〟と呼んでいる。
「ああわかった」
聞いても無駄だったと素っ気なく言った。
「うーん。やっぱり、なんだか楽しい……」
母親は、圭吾のそんな態度を気にも留めず、ただ訳も分からずウキウキしながら、台所に行ってしまった。
「初代様って、結局〝藤原何某〟のままなんだろうな……」
気になって、何回かいえもりさまや、当人に確認したが、〝藤原〟の後がどうしても聞き取れない。
まあ、こういうことがあったとしても、おかしくない世界だ。
「……しかし楽しいの。それに毎日美味い物が食えてよいの」
初代様は、母親の料理に満足して上機嫌で言った。
「うちは、曾祖父の遺言で墓が田舎にあるので、彼岸や盆に墓参りできないし、お経も上げていないので、食べ物には気を使っているみたいっす」
「何を言う。経は上げておるぞ」
「え?」
「若、方丈様が盆に彼岸にとお越しくださっておるのでござりまする」
「ほうじょうさま?」
圭吾は慌ててスマホで検索する。
「お坊さんのことか……」
「さようにござりまする。我が菩提寺のある田舎ではそう申しておりまする」
「え?田舎の寺の坊さんが来てくれてんの?」
「違いまする。前にお越しくだされていた、我が菩提寺の方丈様と変わりない程に、ご立派な寺の方丈様でござりまする。先先代様に経を唱えに参られておりましたが、みまかられましても、お出でくだされてござりまする」
「へっ?」
「いやいや家守よ、あれはみまかったと思っておらぬのじゃ」
初代様が、実に恐ろしい事を口にした。
「そうでござりましたか?」
いえもりさまが吃驚したように言った。
「あの……もしかして、幽霊って奴っすか?」
「いやいや、寝ておる内にみまかった為、ただ気づいておらぬだけ故、わしが向こうに共に連れて参ろう。だが安心いたせ、高僧故、盆に彼岸に経を唱えに参ってくれよう」
「は……はあ……」
なんていうか、喜んでいいのかわからない。
お経を唱えて貰うのは、願っても無い事だが、現実の人でないというのは、如何なものだろうー。
まあ、仏壇の主の曾祖母さんとばあちゃんの、お気に入りのお坊さんだからいいか。
さて、彼岸が明けても暫く楽しんでいた初代様だが、どうやら出入り口が閉じたらしく、消えゆく不思議な道を通って、向こうとやらに帰って行った。
しかし、どうして〝初代様〟だけは姿が見えたのだろうー?
いえもりさまと関わり合うようになってから、気づかぬ内に見たり感じたり、できるようになっているようだが、こんなに強い力が働いているのに、お爺さんやたまやお坊さんを始め、霊道を通るもの達の姿は見えなかったのに、初代様だけは感じて見る事ができたのは
「やはり〝血筋〟のなせるわざでござります」
と、いえもりさまは言ったが、そうかもしれない。
初代様はいいが、やっぱり知らないもの達とは、会いたくないものだ。
その頑なな気持ちが、今回のように家に起こる異常な状態を感じてしまうと、絶対見たくないという気持ちが強力なバリアとなって、見えるものも見えないようにしているのだろうーと、いえもりさまは言ったが、その言い方が〝も〜チキンなんだから〟と言いたげで癪にさわるが、本当だから仕方ない。
そしてありがたい事にその頃には、父親は元気を取り戻して、仕事にも行けるようになり、いえもりさまの心配は無くなった。
我が家の蛍光灯も、最早おかしい様子も無く、毎晩無事に明るく付き、電化製品の不調も無くなった。
そんな或る日、圭吾はひょんな事から、不幸な死に方をしたお爺さんと、その愛猫たまの、不幸の根源であった、意地悪婆さんが、今はとっても不幸のどん底だという事を知った。
お爺さんとたまにした事の罰か報いか、或る日急に寝付いて、そのまま寝たきり老人になってしまった。
お爺さんにしていた事を見ていた子供達は、当然の事ながら面倒を見る筈も無く、お爺さんの残した財産で、意地悪ばあさんを施設に入れたのだが、全く家族が様子を見に行く事もしないのをいい事に、どうやら其処の介護士に、其れは其れは酷い目に合わされているらしい。
たまにテレビで耳にする類の酷い目だ。
悪い行いは、いつか必ず我が身に返ってくるーいい例だ。
そして、たまを心配してくれていた、お向かいの向井さんには、良い事ばかりが続いているらしい。
情けは人の為ならずーだ。
お爺さんの家に咲いていた、桃の花と同じ色のピンク色の桃の花には、お爺さんの恨みと憎しみがー。
そして、お向かいの向井さんの白い桃の花には、感謝と御礼の気持ちが込められていた。
圭吾が、いえもりさまに聞いたのは、それからちょっとあとの事だった。
最後までお読み頂きありがとうございました。
お読み頂けるだけで、倖せです。
ありがとうございました。(≧∇≦)