春彼岸 彼岸の行人(こうじん) 其の七
「……してご初代様、今日はいかようなご要件でござりましょう?」
「いやなに、そこはかとなく散策致しておったら、此方に参っての」
「それはそれは……」
いえもりさまは、えらく恐縮して頭を垂れた。
「うむー。わしは最早向こうの者ゆえ、なかなか此方には来られぬのだが、驚いた事に此の道が開いており、美しき五人囃子の音色に聞き入って歩いておったら、此方に参っておったのだ」
初代様は玄関の方を見て言った。
「一体これは如何したものにござりまする?」
「此処を建てた大工が、霊力の持ち主であった為、不思議な出入り口に続いてしまったようじゃ」
「不思議な出入り口?」
「彼方にも続き、此方にも向こうにも続いておる。玄関から入り真っ直ぐ向かえば、此の辺りでは大きく、霊験灼かと評判のお不動様へと続くー。たぶんお不動様のお力により、大工の力が強まったのであろうー。不測の事態故、何の出入り口へと続くのか予測ができぬ。つまり〝今回は霊道〟が開いておるということだ」
「やはり霊道でござりましたか……なるほど、ゆえに毎回違うものが現れるのでござりましたか」
「此処の前の当主が愚かにも、山の木を切っては庭に植えたが、人家が少なく自然が多かった昔は、他の自然な木々と調和して、このように不思議なものが開こうが、悪い方には作用せず、反対に良い方に導いておったが、如何せんこう自然を壊し人家がひしめいては、庭の小さき木々が気を浄化させるどころか、気の巡りを悪うし淀んだ気を留めてしもうた。以前開いた出入り口の浄化の手伝いをしておった紅梅は、淀んだものを浄化し続けて、自らを弱らし生を枯れさせてしもうた。そこへもって、愚かなる子孫が呆れる程の運気の弱い者をこの家に住まわせたは、この家に現れる霊気に殺られてしまうのは、当然のこと」
「あ……あの……」
今まで黙って、いえもりさまと初代様の話を聞いていた圭吾が、声をかけた。
「運気の弱い者って父親っすか?」
「おお其方の父であった」
「運気が弱いとどうなるんすか?」
「今回のように力の強いものが出てしまうと、当たってしまうのよ。以前にも幾度とあったはず」
「はい……軽うござりましたが、ありましてござります」
「じゃが、霊的なものばかりではない故に、不思議な事があろうとも、長く見れば良い場合もあるもの」
「……そう言われてみれば……」
「何が開いたかは家守にも解ろうが、如何にしても、たまたま霊力のある人間が、偶然こさえたもの故、此れを無くすことは叶わぬ」
「じゃあ、ずっと此のままっすか?」
「いや、この霊道は向こうに参った紅梅をもって浄化させ、力を弱める事は可能ゆえ、その方の父も大事に至るまい」
「紅梅……とは、あの我が友の紅梅にござりまするか?む……向こうにおったのでござりまするか?」
「ふむー。生を枯らした折の道に続いておったのじゃろう、わしが元に参ったのが、我が子孫の分家の者の元におったとは……。まあ、一度機会があれば来てみたかったのじゃ。なにせ本家は、わしの代とは違い落魄れてしもうたし……。おお、わしも公家の折には、裸洗濯であったわ……わはは」
初代様はそう言うと、扇で口元を隠して豪快に笑った。
「ーでは家守、此れを指差す方の庭の隅に、間を置いて植えよ。其方の友の紅梅の分身じゃ。紅梅は向こうで英気を養っておるゆえ、再び此の辺りを浄化してくれよう。しからば其方の父もようなろう」
「これはありがたき幸せにござりまする」
いえもりさまは、初代様からありがたく〝紅梅の分身〟を受け取って、指を差した先に急いで行った。
「不買美田……子孫に美田を残さず」
初代様は、いえもりさまの跡を見つめしみじみと言った。
「なんすかそれ?」
「ほほほほ……其方にはわからぬか?子に沢山の財産を残すな……と言う事じゃ。本家の者は、なまじ財産があったが故に、働く事を知らずに食い潰してしまい、〝独立独歩〟独り立ち致した分家の方が、立派にやっておるというのがその証じゃ」
圭吾は返す言葉もなく聞いた。はっきり言って、難しい事はよく解らない。
ただ、本家のおばさんがちょっと可哀想になった。
余り会った事はないが、死んだばあちゃんが、とても可愛がっていた人だ。
「本家のおばさんが亡くなったら、子どもがいないから墓も無くなるって」
ばあちゃんが心配して、圭吾に言った事を思い浮かべて言った。
「まあの、あの娘も哀れよ。親が落魄れた事を認めず、家柄ばかりを考え、好いた男と一緒にしてやらなんだ。家柄ばかりを気にしておった親が亡くなった時には、最早縁付くのは、難しい年になっておった。世の中とはなかなか上手く行かぬものよ」
「初代様もあの墓の中に居るんすか?」
「ほほ、其方はほんに面白いの。だから初代というのじゃ。確か本家に系図があるはずじゃ。何代目かの当主が作らせたからの……」
「よく知ってんすね」
「わしもしばらくはあの家の仏であったからの……時が経ち何故か向こうに行っておった」
「向こうって、あの世すか?」
「あの世……ではないな。其処とは別のもっと尊い場所じゃ」
「そうっすか……」
圭吾は、どうしてもさっきから聞きたくて仕方のなかったことを、思いきって切り出した。
「初代様はいつもその格好なんすか?」
「ほほ……。母より聞いておろうが、わしは貧乏公家での、これが一張羅であった。その思いが強かったのか、向こうに行ってからはこの装束よ」
「初代様は〝おじゃる言葉〟を使わないんすね?」
「〝おじゃる言葉〟?」
「〝〜でおじゃる〟とかいう……」
「ああ、わしは公家に嫌気がさしておったからの、死ぬ頃にはばりばりの方言を操っておったわ」
「ばりばりーっすか?」
「ほおよ、ばりばりよーははは」
初代様は豪快に気持ちよさ気に笑った。
とても気さくで豪快な初代様を、圭吾はとても身近に感じて好きになった。
もの凄くありがたい様子のいえもりさまが、吸盤のある手?を泥だらけにして戻って来た。
「おおご苦労であったの家守」
「ありがとうござりまする」
「うーん。わしはこの子孫がえらく気に入った……。道が消え去るまではまだ間がある事ゆえ、しばし此処に留まり、五人囃子の良き音を聞くとしよう」
「はは……ありがたき幸せにござりまする」
「へっ?」
「しばらく此方においでになられる、との事にござりまする」
「え?ええええ?」
「例の旨きご酒のご用意をお願いいたしまする」
「はあ?マジかよ〜」