春彼岸 彼岸の行人(こうじん) 其の六
父親は三月に入った頃から咳が出始め、風邪かと言っている内に段々悪くなり、病院で薬を貰って飲んでいたが余りよくならず、結局通院しているにも関わらず、とうとう起き上がれなくなってしまった。
「これは大変にござりまする。せっかく父君さまがご出世なされ、これからと申しますのにー」
「マジやばいのか?」
「今回はかなり力が強うござりまするゆえ、ヤボうござりまする」
「えー?どうしたらいい?」
「わ……わかりませぬ。真に真に申し訳ござりませぬ」
いえもりさまは、平たくなって謝ったが、謝まって貰ってすむ事ではない。
父親の病名は、結局の所不明だ。
風邪だといわれていたが、どうにもこうにも違うようだ。肺炎も疑われたが検査の結果違った。血液検査もしたが、別段取り分けて心配な結果ではないのだが、とうとう熱も出て、起き上がれなくなってしまい、訳のわからない事をうわ言で言っている。
起き上がれない状態は正美ちゃんに似てるので、もしや祟りかもしれないと疑ってみたが、断固違うといえもりさまが言うのだから、違うのだろう。
流石の母親も、以前もこうだったというものの、弱って苦しむ父親を心配しないわけもなく。どうすれば良いかのあてもなく、毎日看病に追われている。
「マジヤバイじゃんー」
圭吾は、もう何回取り替えたのかも数えられなくなった、蛍光灯のグローを替えながらため息を吐いた。
「一体何時まで続くんだ?グローに豆球に蛍光灯、何回替えたかなんてわかんねーし、おかんの言う通り捨てないで取って置くと、また使えれんだぜ。マジうぜえ」
父親の心配もあって、少し癇癪を起こしてもいる。
「そんでもって、まだいろんなもんが通ってんの?」
「さようにござりまする」
「今俺の横通ったの人間?動物?妖怪?」
「若き乙女ごにござりまする」
「はあー。事故?病気?自殺?ーってか、マジ死ぬやつ多いわ。年がら年中、死んだやつに通られてたらたまらん。やめて欲しいわ」
圭吾は居間の炬燵の上に腰を落としてぐったりとした。
「こんな事は初めてにござりまする」
「まあ……俺には見えないし感じないけど、蛍光灯に電化製品に父さんに……。マジうぜえ。テレビに冷蔵庫にエアコンだろ?ちょと前は玄関の鍵が折れて、修理して貰ったよな?」
「あれから、より一層父君さまのご様子が酷くなられました」
「はあー」
流石のいえもりさまも、金神様もどうにもできないなんて、どうすればいいんだか、非力な圭吾は途方に暮れてしまうしかないじゃないか。
「おお……これはこれは……」
炬燵に座り込み俯いて萎えていると、急にいえもりさまが頓狂な声を発して圭吾を見た。
またまたなにやらわけの解らないものが、通り過ぎたのだろうと知らぬふりをしていると
「若、ご初代様にございます」
いえもりさまに言われて振り返った。
「げっ……おじゃる」
「なんじゃそれは」
平安時代の貴族の装束を身に包んだ、必ず一度は子どもの時代に見たことのある格好をした、かなり小さな男が立っていた。
「シャクは持ってないんだ?」
「さっきからなんじゃ?その方は?」
小男はプンプン怒って圭吾を見上げた。
「若、失礼はなりませぬ。ご初代様の源朝臣藤原の……様にござりまする」
「へっ?」
〝藤原の〟の先が聞こえない。なんて言ったんだろうか?
圭吾は聞き直したかったが、流石に失礼にあたると思い我慢した。まあ、どちらにしても気にかける質ではない。
「ご初代様此方は、若主人でござりまする」
「ほお、分家のか?どうやら分家はどうにかなっておるようじゃな。はて?其方は何ものか?」
「私めは、先先代様がご分家の折、共に分家いたし家守りにござりまする」
「そうか、それは大義じゃ……。わしが裸洗濯に嫌気をさし、主人に暇乞いをいたし、頂いた領地に都落ち致した折に、護りが共に着いて来てくれたが、あのものは元気であろうか?」
「はい。力は衰えましてござりまするが、ご本家をお護りいたしておりまする」
「そうか、わしが主人より過分に頂戴致した領地を、とうとう食い潰してしもうた愚か者ばかり。さぞかし口惜しい事ばかりであった事よ」
いえもりさまは黙って俯いている。
「長男の甚六とはよお言うたもので、結局の所不肖な跡取りばかりで、たまに良いのが出たかと思えば、家柄だけで娶る嫁がろくでなしばかりー。あれでは家など護れまいて」
「それも全て護りの力が弱いばかりだと、本家の護りは恥じておりましてござります」
「いやいや、いかに護りが強うても家の主人が情けのうては立ち行かぬもの、今だ有ると言うが、それこそが護りの力があるゆえじゃ……」
「それも今がご当主で終いにござりまする」
「致し方ない致し方ない。今だに家柄などと申しておった結果よ。男の子ではなかったのだから、婿を取って跡取りを成さねばならなんだが、最早そのような力はなかった。良家より娶ったあのものが、最後の資産を配って歩き、全て失くしてしもうたのだからな」
「如何せん本家の護りも、あのお方のなさりようには口惜しい気持ちで、一杯でござりました。お家の物を村人に配って歩き、挙句の果てに初代様始め、ご先祖様が遺された貴重な品や土地を売捌き、最後まで気に入りの者に施し与え、とうとうお家を没落へと導きましてござりまする。先を憂いた本家の護りが、私め共をご分家様の元に分家させ、本家は滅びようとも、一族の者を護るべく命じたのでござりまする」
「それゆえに分家の者の方が真面にやっておるようじゃな。まあよいよい、それでよい」
初代様はヒシャクではなく、見事な扇を口元に持ってきて高笑いをした。
身体は小さいが、豪快な性格のようだ。