表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/299

春彼岸 彼岸の行人(こうじん) 其の五

「そこで若……」

「いや断る」

「まだ何ももうしてはおりませぬ」

「いや、この流れ的にぜってー嫌な事させられる」

「滅相もござりませぬ、ただ其処の桃の花を、門の中に入れて来て欲しいのでござりまする」

 いえもりさまの指差す方に目をやると、さっきまで何も無くて、何も見えなかったにもかかわらず、白とピンクの桃の花が二本置かれてあるのが見えた。

「これ桃の花か?」

「さようにござりまする。彼方より手折って参られた、桃の花にござりまする」

「彼方ってどこの彼方よ?爺さんの居るあの世の彼方?」

「いえいえ、ぬし様のお出でになられる彼方にござりまする」


 ーもう!いつ迄たってもわからんちん!ー

 と言いたげな言い方を、いえもりさまはした。


「ご老人は今だに彷徨える〝たま〟を、一緒に彼方へと連れて参られたいとお望みなのです」

「……やっぱ彼方じゃあなく、あの世っぽいけどな」

 圭吾はいえもりさまに叱られないように、心の中で呟いた。

「うーん。此れを門の中に入れてくれば、たまは此処ヘ来んの?」

 さようにござりまする。たまが死ぬ前に、買い物よりお戻りの母君さまが、たまにお声をおかけになっておられ、また翌日たまの死骸がご老人宅の前に放置されております事を、近くの知り合いの住人に申されにわざわざ出向き、死骸を片付けに参るのを確認され、我が家の仏壇に線香をあげて、たまの冥福を我が家の代々の猫達にお願いしてくださりておりますれば、たまも此処へ参る事ができる事でござりましょう」

「へー、またまたオカンは、知らず知らずに関わってたわけね」

「流石母君さまにござりまする」


 ーいやいや、単に猫好きだから、猫を見れば声をかけるし、気になる状態だと、気がすむまで確認しに行くーこれは、猫に酷い事をした、圭吾の祖父さんの因果が母親に報いーってやつで、母親が〝猫に惹かれ心を痛める〟という呪縛を解いて貰った今でも、習慣となってやっているものだから仕方ない。


 圭吾は渋々、見えもしないし感じもしないお爺さんの、願いを叶えてやる事にして、指定された桃の花を手に、こっそり静かに夜中の外へ出た。

「えーと……ピンクの方が爺さんの所にあった桃の花で、白い方が向いの家の向井さん……。駄洒落かよ」

 などと、ぶつぶつ夜中の坂を下って行くと、圭吾が小学校の低学年の頃、自転車でブレーキが効かず思わず突っ込んでしまった、アコーディオン式の門のある家があった。

 友達と遊び半分で坂を下り、ブレーキが効かず勢い余って突っ込んでしまったのだが、もしアコーディオン式の門で無かったならば、大怪我をしていたと母親をゾッとさせたのを覚えている。

 このありがたい門のお陰で、圭吾はこんなにも大きく成長できたのだ。

 そんな事を有り難く思いながら、少し歩いて行くと〝向井〟という表札が目に入った。

「向井さん……マジあったよ〜」

 ビビりの圭吾が、ちょっと鳥肌なるものを立てて、お向かいの家へ目を向けた。

「此処が爺さんの家で、意地悪婆さんの家か……」

 圭吾は、すかさず向井さんの家に白い桃の花を投げ込み、ピンクの桃の花をお向かいの爺さんの家に投げ込んだ。

「うおー」

 足元をサッと何かが走り去ったので、思わず小さな声を上げた。

「まさかたまか?」

 ちょっと頭を掠め目を凝らして見ると、向井さんの門の中に白い猫が入って行った。

「たまか?」

 身を屈めて覗き込むと、猫は圭吾をじっと目を光らせて見ていたが、直ぐに何処かに行ってしまった。

「リアル猫か……」

 圭吾はホッとため息を吐いて、足速に坂を登った。

「あれ?あの家……」

 確か……。やっぱり低学年の頃、母親と自転車で買い物に行く時、桃の花をくれたお爺さんがいたが、確かあの時の……。

 圭吾は奇妙な因果を感じながら家に入り、いえもりさまとお爺さんの待つ部屋に戻って来た。

「お疲れ様にござりまする」

 いえもりさまが丁寧に頭を下げて言った。

「……おお、たまが来たようにござりまする」

「えっ?」

「ご老人が〝道〟に向かわれました」

「ええ?」

 圭吾は、いえもりさまに促されて居間の蛍光灯の下に向かった。

「……いえもりさま、マジたまは来たの?」

「はい……。ご老人が大事に抱き抱え、たまも嬉しげに甘え彼方へ」

 いえもりさまは、西の方角を指差し深々と頭を下げた。

「ご老人が感謝を込めて、頭をお下げにござりまする」

 圭吾もいえもりさまの見つめる方角に向かって、深々と頭を下げた。

「幸せそうなら良かったよ。ってか、爺さんはどうして、直接たまを迎えに行かなかったんだ?」

「ご老人は、成仏できぬものではないからでござりまする」

「へっ?幽霊じゃねえの?」

「さようで。たまたまこの道ができましたお陰さまで、こうして彼方より、可哀想に彷徨えるたまを迎えに来る事ができたのでござりまする」

「たまは幽霊だったんだな?」

「さようにござります。これでたまも大好きなご老人と、彼方で楽しく暮らせる事でござりましょう。ありがとうござりました。これもすべて若さまのお陰さまでござりまする」

「いやいや……っていうか、此処って今どうなってんだ?」

「どうやら霊道に続いておるようにござりまする」

「霊道?」

「文字通り霊の通る道にござりまする」

「げっ?やっぱあの世への道じゃん」

「霊道にはいろいろとござりまする。人の霊が通る道。動物の通る道。同じ場所や状態で亡くなったもの達の道。物の怪の道とさまさまにござりまするが、行き着く所は同じにござりまする。其処へ参る迄に、彼方もあの世も、異界も地獄もあるのでござります」

「うっ。奥深え」

「奥が深いのが自然界の不思議にござります。なぜかこの家は、その行き着く先へ続くものが、多種多様に間をあけて現れるのでござりましょう」

「えーマジやばいじゃん」

「母君さまと若さまは決してヤバくござりませぬ。父君さまがヤバいのでござりまする」

「マジかー」


 確かに翌日から父親は、急に体調を壊して起き上がれなくなってしまった。


「マジやばいじゃん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ