表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/299

春彼岸 彼岸の行人(こうじん) 其の四

 そんな世間のお彼岸とは、ちょっと違うお彼岸に入った頃ー。

「なんか最近不思議なもの見ちゃうんだよね」

 夜中にトイレに行った圭吾が、天井に張り付いているいえもりさまに呟いた。

「なんか……。こう……黒くて小さな物が、視線の端っこにちょろちょろ映るんだよね……。昔見たアニメの黒くて丸くてちょろちょろ動くやつ……。マジあり得ねけど……」

「マジにござりまするか?」

「マジだよ〜これはかなり萎えるわ……」

 圭吾が萎えていると

「……それは話しが早うござりまする」

 いえもりさまが言ったので、圭吾はちょっとキレた。

「はあ?何が話しが早い……だよ」

 物心ついてからこの方、シックスセンス的なもの全て感じた事が無かった圭吾が、視界の端っことはいえ、見た事も、本当なら見る事すら無いものを、此処の所見てしまっていると、萎えているのに此の言いようはないだろうー。いや絶対ないはずだ!

「いえ実をもうしますると、此処の所暫し其処のご老人が、若にお願い事がおありのご様子で……」

「は、はあー?」

 圭吾は思わず、いえもりさまが指差す方向と別の方向に身を縮めて、その方向を凝視した。

「ま……まじ?マジいんの?超絶怖え……すけど……」

 ……とは言うものの、暫くじっと凝視しても、全く全然皆目判らない。

「ええ〜マジ?全然わからん」

 とにかくじっと、暗闇の中を凝視し続けたが、何にも変わらないので、圭吾は慣れてきてしまった。

「ほんにおわかりでないので?」

「うん……ってか、急に目の前に〝ガガーン〟とこうして現れて、〝ギャー〟なんて事にならないよな?」

「若……申し訳ござりませぬが、その通りにござりまする」

「へっ?」

「若のもうされまする通り、ご老人が〝ガガーン〟と若の目の前に……」

「うそだぁ?マジ見えねえんすけど」

 圭吾は自分の目の前に手をやり、手探りするが何にも感じない。

「若……流石にござりまする」

 いえもりさまも、流石に呆れているとしか聞こえない言い方をした。

「盆ではござりませぬが、彼岸のーまして我が家が異常のこの状態で、尚且つご老人が放つ念のこの状況化で、それでも全く何も感じぬとは、違う意味で天晴れにござりまする」

「それって、決して誉めてねえよな?ってか、馬鹿にしてね?マジむかつくわ」

「そうもうされましても、ただただ感心いたす限りにござりまする」

「はあー。意味わかんねーってか、爺さん側いんだったら、マジうぜーから離れてくんね?」

 ビビりでチキンの圭吾だが、流石に傷つくっていうか、ムカついて怖いとか恐ろしいとかは無くなってしまった。ーというより、見えも感じもしなければ、近くに居ようが遠くに居ようが、怖いはずは無い。

 怖いというのは、金縛りにあったり、のしかかられたり、首を絞められたり、聞こえないものが、それは恐ろしく聞こえたり、この世のものとは思えないような、悲惨で恐ろしい血だらけの姿とかを、〝ガガーン〟と見せられたりするとか、するかもしれないと思うから怖いので、側に居ると言われても、何にも無ければ怖くならないまま、人間は慣れてしまうものらしい。

「……で、まだいんの?」

「はい」

 いえもりさまは、申し訳なさそうに言うと、そろそろと圭吾の側に降りて来た。

「ご老人は、若にお願いがおありだそうにござりまする」

「げっ!マジかあ?」

「はい……」

「聞いてあげれるかどうかわかんねーけど……」

「桃の花を坂下のお家の玄関に、供えて欲しいとの事にござりまする」

「桃の花?」

「以前ご老人が植えて育てた桃の花にござりまする。その花を奥さまは、ご老人が体を壊し寝込むと、切り倒してしまわれました」

「えっ?酷え婆さんだな……」

「はい。とても酷い婆さんにござりまする。ご老人が寝込んで寝たきりになると、介護など形ばかりも致さず、それどころか、ご老人が大事にしていたものを、ことごとく捨てたり切ったりいたしたそうにござりまする。娘ごの為に植えた桃の木もその一つで……。ご老人はベットの上で、子供達との会話を聞き、日々涙して暮らしておられました。そんな或る日、とうとう可愛がっておられた、〝たま〟という猫を家の外に追い出してしまわれました。ご老人はそれはお怒りになり、声にならないその口で、涙を流されながら、叫ばれましたが、奥さまは知らぬ顔で、外で鳴いて入れてくれろと言うたまに、餌も与えず酷い仕打ちをするのを、ベットで聞きながら血の涙をながされました。

 しかしながら、たまはお向かいのご老人のご朋友に餌を貰い、軒下を借りて雨露を凌ぎ、毎日ご老人の回復を祈りましたが、その願いも叶わずご老人は、奥さまへの怒りを残し息絶えられました。たまはご老人が死んだ事を知らぬまま、優しかったご老人を思いながら、門の外で眠るように息絶え、そして我が身が朽ちた事をわからぬまま、ご老人の事を思い、ずっと家の前や、奥さまがおられぬ時には、庭に入りご老人を探しておるのだそうにござりまする」

「へー、クソばばあの所為で、可哀想だな」

「さようにござりまする」

 いえもりさまは、圭吾には全く見えない老人の話を聞きながら、うるうるとして、たまに鼻をすすったりしている。


 ーマジほんと、こいつら鼻をすすれんのかいー


 心の中で突っ込みを入れている。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ