初花月 いえもりさまの謀 其の終
「若、先ほどから私め、気になっておりましたが……」
「えっ?」
いえもりさまは圭吾が持ってきた紙袋をしげしげと覗き込んで聞いた。
「これはなにでござりまする?」
「ああ……バレンタインのチョコレート」
「おお!これが〝ばれんたいんのちよこれーと〟にござりまするか?」
かなり言い方がおかしいが、理解はしているのか、物凄いリアクションを見せた。
「なんだいえもりさま知ってんだ?三上さんがくれた」
「おめザッブやわいどしよーで、やっておりましてござりますれば……。三上のお嬢様が、くだされたのでござりまするか?」
いえもりさまの表情が、明るくなった。
「ああ……お礼チョコだかんね。またまた誤解して変な方へ持ってかないように……って、そうだいえもりさまには、いろいろ聞きたいことがあったんだ。まったく、マジ変な方へ持っていってないだろうな?」
「変な方?」
「そう、三上さんとのこと……」
いえもりさまは、なんだか気もそぞろに聞いている。
「いえもりさまも食べる?」
「まじよいのでござりまするか?」
飛び上がるほどに喜んだ。
「うん。俺そんなにチョコは好きじゃねえし」
「わ……私めは初めてにござりまする」
「え?いちごの大福は知ってんのに?」
「はい……」
いえもりさまは心なしか、チョコを持つ手を震わせている。
「はああ〜はああ〜」
一つ一つ小分けに包んだ丸いチョコを頬張ると、いえもりさまは妙な声を発した。
「い……いえもりさま……大丈夫か?」
「なんと美味な……」
確かに、圭吾も今まで義理チョコ等々貰って食べたものだが、これは甘過ぎずに実に口当たりが良くて、圭吾好みに美味チョコレートだ。
ーけど、それにしてもいえもりさまは大袈裟だ。今にも蕩けてしまいそうに締まりのない顔……いやいや状態となってしまっている。
「このような美味なものは、初めてにござりまする」
「うん。此れマジ旨え、はいもう一個……」
「宜しいのでござりまするか?」
いえもりさまは、押し頂くように受けとると、とても幸せそうに頬張った。
「マジいえもりさまは、何もしてないね?」
「私めがしたといえば、福の神様に、お願いにあがったことくらいにござりまする」
いえもりさまがこう言ったのは、三個めのチョコを満喫している時だった。
「ほらやっぱり」
「いやいや若さま、お願いにはあがりましたが、福の神様はお嬢様のお気持ちが一番と、私めを窘められてござりまする……福の神様が私めの願いをお聞きくださり、何かなさるはずはござりませぬ」
「うーん……じゃあ、なんであんなにわざとらしく、会ってばっかだったんだ?」
「それほどお会いになられましたか?」
「うん。わざとらしいっつうか、下手なドラマでもあんな偶然作らないつうか……。だけじゃなく、なんか周りの者もなんつーか……」
「下手なドラマーでござりまするか?……だけじゃなくーでござりまするか?」
「おうよ。わざとらしくて下手くそな……ありえねえシチュエーション?つうか……ダサいつうか……。マジいえもりさまの仕業と思うほど……」
「若ー」
「ああごめん……ほら、さっきの正美ちゃんの態度もおかしいだろ?まあ、そんな感じ」
「ああさようで……。マジあり得なく、下手でダサいしちゆえーしよんとなりますれば……もしかしてもしかいたしまする」
「な、なに?もしかしてもしかするってー?」
「若、私めこれより、ご縁の神様にお目もじいたしてまいりまする」
「ご縁の神様?」
「偶然など神様のなされる事は、若さまがお考えのようなものではござりませぬ。それこそ、人が知恵を振り絞り、自然に反して複雑且つ上等で画期的で、衝撃的なものなどではないのです。いとも簡単でわざとらしく、あり得いほど下手なしちゆえーしよんなのでござります」
「へっ?つまり?えっ?ええ??」
「ご安心くださりませ。ご縁の神様にお聞きいたしましても、決して若さまには申しはいたしませぬ」
「へっ?」
「福の神様に、諌められましてござりまするゆえ。若もお嬢様もまだまだお若い身、今の時代ご結婚はずーと先のお話にござりまする。まずはおふた方ともお勤めなさり、いろいろな方とお会いし、経験をお積みになられ……。兎に角、おふた方のお気持ちが一番なのだとか?私めおめザップやわいどしよーを拝見しておりながら、家の老朽化に頭が一杯で、考えが及ばなくなっておりましてござりまする。ーですが、もうご安心くだされませ」
ー何がご安心くだされませなんだ?ー
とは思ったものの、いえもりさまに怒ったこともあるし、聞きたいとは言えなくなってしまった。
早速いえもりさまは、チョコレートを二個手に持って、いそいそと〝ご縁の神様〟にお目もじに行ってしまった。
その後気になって仕方ないのだが、どんなに鎌をかけてもいえもりさまは〝ご縁の神様〟の返事のことは、何も教えてはくれなかった。
只、父親が何故だか急に出世をして、給料とボーナスが上がる事になり、母親が大喜びをしたのはいうまでもないし、いえもりさまの悩みの種だった家の部分を、修理する事ができるようになった。
ーこれって、もしかしてもしかするかも?ー
いやいや、いえもりさまや福の神様のいう通り、あんまり考えないようにしよう。
縁があれば、今は幸せいっぱいの工藤のように、あり得くダサい下手くそな偶然が待っている。
そして、あんなあり得ない事が起こるから〝縁〟だとか、あんなダサいシチュエーションでも付き合ったのは〝縁〟だとか……人はきっと言うのだ。
確かにいえもりさまのいう通り、〝縁〟とはそういうものかもしれない。
この先どうなるのかは、ご縁の神様の言う通りー。〝知らぬが花〟ってやつだー。
あれから、母親はパート先であり、猫好きが集まって癒し話しに花を咲かせる、〝猫愛情主義〟という変な名前の喫茶店で、手話を習っている。
そして何故かブームとなり、猫の話しで盛り上がりながら、手話を習う人達が増えているそうだ。
さて圭吾は、いちごの大福よりも、おいしいチョコレートの存在を知ってしまったいえもりさまを、約束通り大師様にお目もじさせるべく車を走らせていた。
「大師様にお目もじいたすは、久方ぶりにござりまする。福の神様にもお目もじ頂け、ご縁の神様にもお目もじいたしました。これで大師様にもお目もじ頂けますれば、久方ぶりの神々様にお目もじだらけにござりまする。今年はなんとも春から倖せな年にござりましょう」
いえもりさまは、圭吾の肩の上に座って、余程嬉しいのか、ずっと話し通しで五月蝿いくらいだ。
「福の神様といえば……。正美ちゃんはどうなった?」
「正美ちゃんさんは、あれから少々体をこわしておりまする」
「えっ?病気?」
「大事はござりませぬが、暫くは起き上がることはかないませぬ」
「な……なんで?」
「福の神様が愛おしむ者に邪念を持ったのでござります、当然の報いにござりまる」
「いえもりさまがチクったせい?」
「いえいえ、私めがご注進致さずとも、とーにご存知でござりました。只退治致した私めには、労いのお言葉をくださりましたが……。私めが退治致したゆえ、あの程度で済んだのでござります……でなければ」
「……でなければ?」
「それは私めの口からは、とてもとても申しあげられませぬ。只神々様の祟りほど恐ろしものはござりませぬ。怨みや呪いの比ではござりませぬ」
いえもりさまはそう言うと、ポンと手?を叩いた。
「お嬢様に害を与えた者などは……」
言おうとして口ごもった。
「ああ……あの痴漢野郎?って、あいつどうなった?ってか、まだ捕まってねーじゃん」
「いやいや……捕まった方がまだましにござります」
ふるふると体を震わせていえもりさまは言ったので、余計に気になる。
「えーなんだよ。どうなったんだよ」
「いえいえ私めの口からは、それこそとてもとても申せませぬ」
「えーどういう事よ。気になるわー」
「罰が当たりますると、それはそれは恐ろしい事となりまする」
「恐ろしいって、金神様の七殺的な?」
「金神様は最強でござりまするが、神々様のお力はそう変わりは致しませぬ。ーそれも事もあろうか、福の神様が愛おしむお嬢様に害をなそうといたそうなどと……」
いえもりさまは、ふるふると体を震わせて目を閉じた。
「触らぬ神に祟りなし……でござりまする」
圭吾もいえもりさまを見て、余り詮索しない方が身の為だと肌で感じる。これはいえもりさまと、付き合うようになって、身についた我が身を守る術ーというか……。
とにかく、元々詮索する質ではない。
きっと〝極〟〝激〟〝鬼〟がつくほどの酷い目にあっているのだろうーという事は察しがつく。
……しかし、いえもりさますら口にすることを憚る程の事って、どんな酷い事だろう……。うう〜考えないようにしよう、考えないように……。
「いえもりさまチョコ食べる?」
ちょっと嫌な雰囲気になったので、気分を盛り上げるつもりで圭吾は言った。
「お嬢様のちよこでごりまするか?」
「あれは、ほとんどいえもりさまが食っちゃたじゃん?」
「さようでござりましたかー」
などと言いながら、市販のチョコレートを頬張りながら、幸せそうに車窓を眺めている。
ーなんか、いえもりさまとデートもなかなかいいかもー
そう思いバックミラーを眺めると、口の周りをチョコだらけにした、いえもりさまの姿が見えた。
どうやら、不思議な生きもの?のいえもりさまは、甘いもの好きのようだ。
ーあれ?こいつらって虫好きじゃなかったっけ?ー
ダラダラと長くなってしまった、拙い文章をお読み頂きありがとうございました。
それでもお読み頂け倖せです。