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初花月 いえもりさまの謀 其の十

「いったい今まで何処に居たんだよ」

 圭吾は、いえもりさまにこっ酷く攻撃されて、変な黒いものをいえもりさまにペロリと飲み込まれた後、暫く呆然としていたが、急に我に返ったのか、圭吾の顔を見るなり、慌てて駅へ向かって足早に去って行ってしまった正美ちゃんを見送ると、ゲフゲフしながら腹をさすっているいえもりさまに言った。

「私めがま殿と共に、彼方においでのぬし様に、初春のご挨拶に行っておりましてござります」

「彼方ってあの世の?」

「あの世ではござりまぬ。彼方でござります」

「いやいやわかったわかった……」

 圭吾はからかうのは、由にする事にして言った。

「ーつうか、随分長かったんじゃね?」

「も……申し訳ござりませぬ。彼方は、余りにも楽しく良い所でござりましたゆえ、些か長居を致してしまいました……」

「まっ、いいけどね」

「はは……誠に誠に申し訳ござりませぬ……」

 圭吾が家の中に入ったので、いえもりさまも大慌てで追って中に入って来た。

 いえもりさまが、圭吾のベッドの脇にちょこんと座ったので

「で?ぬし様達は元気?」

 と聞いた。

「はい。それはそれは、毎日親しいもの達と、穏やかで楽しげにお過ごしにござります」

「親しいもの達?」

「以前ぬし様をお慕い致しておったもの達にござりまする。……そうそう、酒屋の御主人様とか、地主の先代先先代先先先代……ご当主様や狐や狸や猫犬鳥虫……」

「ああもういいや……。つまり死んだものも、生きてるものもってことね。兎に角元気で楽しくやってればいいや」

「それはそれはもう……一緒に参ったものは幸せにござりまする。ゆえに毎日が楽しく、ついつい長居を致してしまいました……」

「それはよかったじゃん?ぬし様も楽しけりゃ何よりだ」

「その通りにござりまする……ところで若さま、先ほどの者は何者にござりまするか?」

「先ほどのもの?」

「さようで。私めが先程退治致しました、悪しきものが取り憑いていた者にござりまする」

「あ?……うーん……ああ正美ちゃんさんね」

「正美ちゃんさんにござりまするか?」

「ああ……いえもりさまの大好きな、三上真鈴さんの友達」

「お嬢様の……?」

「うん。幼馴染みだって言ってたよ」

「……さようにござりまするか……」

「……ってなんで?なんかあの子、かなりやべえっていうか……」

「あれは嫉妬や妬みなど、人の心の良からぬものが、悪しきものと化したものにござりまする。力は弱きものゆえ、私めでも退治致せまするがー。あれ程大きなものと化すというのは、かなりなものにござりまする。あの者の心の中は計りしれませぬ……。今は私めの腹に収まりましたゆえ、何もござりませぬが、お嬢様と共におれば、また大きく成りかねませぬ……」

「うーん……だけど、なんで三上さんに嫉妬や妬みを持つんだ?三上さんが健常者の正美ちゃんを、羨ましがるなら解るけどさ」

「いやいや若主さま、あの福の神様がお気に召し、愛おしみ慈しまれるほどの、心美しきお嬢様にござりますれば、只の人が惹かれないわけはござりませぬ。幼きより共にいたのであれば、気づく事がなくとも感じていたのでござりましょう。太古より神々様は、なに不自由の無いものよりも、何かしら不自由を持つものに慈悲をお持ちになられ、愛されまする」

「へえーそうなんだ?」

「さようにござりまする。障害を持って生まれたものには、何かしらの神様がお付きでござりまする。昔の者達はそれを知っておりましたゆえ、なたかしら不自由を背負って生まれた者を大事に致しました。その子がおります限り、その家には神様がおいでになり、家が栄えると信じられておったからにござりまする」

「ふーん。だからくだらない事を言い出したわけね」

「く……くだらぬ事ではござりませぬ。母君と同い年の此の家が、先の震災により老朽化が加速致し、家を護るを使命と致しまする私めと致しましては、心穏やかではござりませぬ」

 いえもりさまは、ふるふると体を震わせて言った。

「え?マジ」

「まじにござりまする。あちらもこちらも隙間ができ、壁などは崩れかけておりまする。母君様が壁紙をお張りゆえ、大事に至らぬだけにござりまする……ううう………」

 いえもりさまは、大きな目から大きな涙を落としながら言った。

「それゆえに、私めは福の神様にお越し頂き、父君様の働きにうんとご褒美をお貰い頂きたいのです。そしてそのご褒美で、家をお直し頂きたいのです……」

「ああ……わかったわかった。福の神様が来れば、父さんの給料とボーナスが増えるだろうーと?」

「はい。なにせ福の神様でござりますれば、良い事だらけにござりまする。世間の皆々様が羨むほどにござりまする」

 圭吾は、真剣に自分の使命を全うしようとする、健気ないえもりさまを有り難く見た。

「いえもりさまの気持ち……ありがとね。だけど、そんな理由じゃ三上さんに失礼だろ?福の神様には、誰だって来て貰いたいけどさ。うちは、余所に比べてちょっと劣るけど、全然不自由ないからな。それに建て替えたりはまだまだ先になるけど、ちゃんと働いて俺がやっから……。大丈夫だって、福の神様はいないけど、うちにはいえもりさまが居るじゃん?ぶっ潰れないように修理したり、建て替えられるように護ってくれるだろ?」

「若主さま……」

 いえもりさまは、肩を震わせておいおいと泣いた。

 だいぶ慣れたが、不思議な生物だ。

「そういえば、さっき三上さんと正美ちゃんの事言ってたよな?」

「は?ああ……深層に邪気を隠し持つあの者にござりまするか?」

「うん。三上さん、付き合わない方がいいって言ってたけど、そんな事言えないぜ」

「さようにござりまするか。では私めが、福の神様にご注進申しあげまする」

「福の神様に?」

「お嬢様に害を与えかねない者ゆえ、お力をお貸しくださりましょう」

「ふーん。じゃよろ」

「はは、〝よろ〟仕りましてござりまする」

「ぜってーその言い方ないから」




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