出会い 鬼の契約書 其の五
金神様から、鬼の契約書を探せと言われてから、数日経ったが契約書は見つからない。
圭吾の性格か、無いものを探すのを面倒臭がって、なかなか作業ははかどらないし、一生懸命探す事をしない。
「若、此処の奥も探されては如何でござりまするか?」
いえもりさまは、かなり責任を感じて、圭吾が上部しか探さないので、一人いや一匹?で押し入れの中を這いずり回って探している。しかし、思うように重ねられた物が動かせずに、結局の所収穫など無いのだ。
「いえもりさま」
「何用でござりましょう?」
いえもりさまは埃だらけになって言った。
「あんまり気にしなくていいんだよ」
「は?」
「そりゃ、とっとといえもりさまが、金神様の所に行ってくれさえしたらーなんて思いはしたけど、考えてみたら、世の中に急死する人は一杯いて、その中には今回みたいに、人間には理解できない何かに巻き込まれて死んじゃうのって、あると思うんだよね。それでも、死んじゃったらもう戻って来れないから、どうしようもなくて受け入れるしかない訳でー。だけどおかんは、いえもりさまが金神様を呼んでくれたから、生き返る事ができるかもしれないー。死んだ者が生き返るなんて、アニメかゲームの世界しか無い事で、現実じゃ有り得ない事ぐらい解ってる」
圭吾は珍しく神妙に言う。
いえもりさまは可愛らしく立ち上がって神妙に聞いている。
「これでも浜田さんに、どうにかして探してもらおうと思ってんだ。時間はかかるだろうけど、どうにか探してもらう。それに金神様は見つかるまでいてくれそうだし」
圭吾が見る方に、いえもりさまも顔を動かした。すると金神様は、ご満悦な様子で、今は使っていない神棚の上からテレビを見ている。
「パソコンも、スマホも好きだかんね。おかんのタブレット神棚に供えたら、かなり気に入ってくれてる」
「金神様ー」
いえもりさまは、大きな瞳から大きな涙を溢して、掠れるような声で言った。
「いえもりさまは、本当にばあちゃんの言ってた通り、家の守り神だ」
「わかー」
いえもりさまは、オイオイと泣いて煤けた姿を余計に汚した。何故だか、圭吾には不気味な姿が可愛らしく見えてきていた。
それから暫くしたある日曜日、圭吾がバイトから帰って来ると、父親が押し入れの中を片付けていた。
そろそろ母親の四十九日を迎えようとしていた。
「なに?」
「ああお帰りー。そろそろ、いろんな手続きしなくちゃダメだろ?だけど、何処になにが有るんだかさっぱりだ。通帳はどうにかこうにか見つかったからよかったけどー」
「大事な物は仏壇だろ?」
「ああーでも無いんだ」
父親は思い立ったように手を止め、仏壇の上部をグッと押すと、仏壇の下部が少しだけ浮いて、茶封筒の頭が見えた。
「おっ、あった」
父親は封筒の中を確認すると、この人の性格で、押し入れの片付けをそのままに、茶の間へ行ってしまった。
「まったくー。自分がやったものくらい片付けろよな!」
母親がいつも怒っていた理由が、二人だけの生活になって解るような気がする。
圭吾もだらしない方だが、父親は輪を何重もかけてだらしない。
「ん?」
渋々圭吾が片付けると、かなり奥の方まで引き出したようで、今迄見た事も無い古くなった缶から、色褪せたノートやら封筒、書類が出しっ放しになっていた。
「わかー」
「???なになに?」
急にいえもりさまが大声を出したものだから、圭吾は吃驚していえもりさまを見つめた。
「有りました。有りましてござります金神様」
「えっえっ?」
「ほれー此れ、此れでござります」
しかし、目を皿のようにして見ても、なにも書かれていない白紙の色褪せた紙が一枚、ノートからはみ出しているだけだ。
「ほれ、わしの言う通りであったろう?」
ノートには出納帳と記されており。その下には○○町会と書かれてあった。
開いて中を見れば、町内会の帳簿で、会計報告のプリントに会計係として浜田さんの名が書かれ、会長として聞いたことの有る曾祖父さんの名が書かれてあった。
ーそういえば、曾祖父さんが何年も町内会の会長をやっていたと聞いたことがあるようなー
帳簿や書類と一緒に、間違って曾祖父さんの所に預けたのか、又はわざと預けたのか、とにかく鬼との大事な筈の契約書は、金神様の言う通りうちにあって、その為に母親は巻き込まれ、鬼の邪気で死んでしまった。
母親の小言が絶えぬ、だらしない父親の性分のお蔭で“鬼の契約書”が見つかった訳だから、何が何処で役に立つのか解らないものだ。
圭吾はぼんやりそう思いながら、片づけとは名ばかりの、散らかり放題の押入れと、その周りを見つめた。
「金神様、どうぞよろしくお願い申し上げまする」
いえもりさまは両手で契約書を押しいただくと、深々く頭を下げて金神様に差し出した。
「ふむー任せておけ。圭吾よこれからは、もちっと親の話は聞いておくものぞ。今はくだらぬと思うても、大事な事となる事もあるし、やっても無駄と決めずに、言われた事はやってみよ。無駄ではない事もあるー」
「はい」
「ほう?ちゃんと返事もできるのだな?」
「金神様も神様のようなお言葉が言えるんすね」
「阿呆!わしはマジ本物の神なんじゃ」
金神様は相変わらずぼやけた姿で、それでも“ドヤ顔”だと想像させて言った。