初花月 いえもりさまの謀 其の九
マジあり得ねえ事がいろいろ起こっているー。
最近じゃ、下手くそなドラマや漫画でも、こんなベタなストーリー展開などしやない。
……ってことはー?。
ーなんか嫌な気がし始めた。
第一確認したいのに、いえもりさまはいったい何処にいるんだ?
拗ねているにしても、いじけているにしてもー。ほどがある。
翌日、三上さんが菓子折りを持ってやって来たが、母親に言う間もなくバイトに出かけた為、昨夜のことを知らなかった母親は吃驚仰天だが、兎に角大事に至らず良かったという事で、話しがいろいろ広がって、楽しくお話しに花が咲いたらしい。
「真鈴ちゃん大事にならなくてよかったけど、怪我のないようにしてよ」
「ああ」
「ああ……じゃないわー」
ちょっと過保護な母親は、かなり複雑なのだろう。
知り合いの三上真鈴が、大事にならなくてよかったと思う反面、圭吾が怪我したり、恨まれたり……。
心配性だから、頭の中はどんどん大事になっていってしまったりする。
さて、そんな母親にとって大事件があったというのに、圭吾といえば大学の仲間と、初めてのスノボー体験をしに遊びに行き、首を始めとして、痛くなったことのないようなところが痛んで、圭吾を参らせたが、直ぐに忘れぬ内にといわんばかりに、再び滑りに行くと、不思議と痛みがなくなっていたりして、バイトと遊びに明け暮れているうちに、気がつけば二月の中旬になっていた。
ーにも関わらず、未だにいえもりさまは姿を現さない。
ーもしかして、家出か?ー
とか、ちょっと疑うようになってきた。
ーいやいや、流石にいえもりさまは、それはないべー
なとどと呟いていると、ラインの着信が聞こえた。
いつもだったら、「ラインラインー」と、いえもりさまが教えてくれるのだが、当人?当いえもりがいない。
ちょっと寂しさも覚えながらスマホを見ると
「!!!……」
三上真鈴からメッセージが入っていた。
圭吾が慌てて玄関を出ると、門の外に三上真鈴の顔が伺えたので、スエットのまま門を開ける。
三上真鈴は真顔のまま、小さな紙袋を差し出した。
*** バレンタインなので、チョコレートを作りました ***
とメッセージにあったので、中身が手作りのチョコレートであることを知っている。
*** この間のお礼です ***
「いいのに……」
などというものの、満更でもない表情でありがたく頂いた。
貰う方の圭吾も不慣れなら、あげる方の三上真鈴も不慣れなので、互いに話を広げるわけでもなく、直ぐに帰って行った。
バレンタインのチョコレートといえば、貰った経験が無い訳でもないし、告白的な経験が無い訳でもないが、何故だかぎこちないし、もらい慣れもしない。
といっても、異性の友人もいるし遊んだりもしているが、友達は友達で、それ以上でも以下にもならない。
今年はまだ、義理も友情チョコも貰えていないので、お礼チョコでも内心ホッとして門を閉めて中に入ろうとして、圭吾は視線を感じてそちらに目を向けた。
「おたく……」
「こんにちは」
圭吾は怪訝気に小さく頭を下げた。
「……三上さんの友達だよね?」
「覚えててくれた?」
「まあ……つーか、三上さん帰ったよ」
「うん知ってる。今バレンタインのチョコレート持ってきたでしょ?」
「はあ?」
「真鈴ちゃんに頼まれて、チョコレート一緒に作ったのよ」
「ふーん」
「真鈴ちゃんは、毎年バレンタインにあげるチョコレート作るの、私に手伝わせるの。ああいう子だから、いつもお世話になってるーとかいって、お礼にチョコレートあげるんだから。特別な感じはないみたいな事いうけど、本当は下心有り有りだから気をつけて」
「いや。ちゃんとお礼だって言われてるし、変にとらねえし……つうかおたくさんこそ何用?」
「真鈴ちゃん、気にいってるみたいだから、気をつけた方がいいって教えてあげようと思って」
「はあ?」
「いつもあの子の手なのよ。同情をいい事に、あっちにもこっちにもいい顔して、男性の気をひくの。可愛いし、障害もあるから男性は助けてあげたり、守ってあげたくなるみたいなのよねー」
「あんた何言いたい訳?」
圭吾が眉間に皺を寄せて聞いた時に
「あらけいちゃん?」
この先の宮田さんのおばさんが、買い物帰りに圭吾を認めて言った。
「あ、はい」
「まあ……大きくなったわねー。あら彼女?」
「いや、違いますって」
「そう?」
「!!?」
宮田さんと話していると、いえもりさまが正美ちゃんの眉間を、尻尾で思いっきりひっぱたいていた。
「やべーいえもりさま!」
正美ちゃんは、頰や肩や背中などなどあっちこっちをビシバシと攻撃されて、悲鳴をあげてもがいている。
「あらあら?何してんのかしら?けいちゃんの彼女ちょっと変よ」
宮田さんには、いえもりさまが見えないらしく、一人変な格好で踠いているというよりも、踊っているようにも、騒いでいるようにも見えるようだ。
いえもりさまが、以前圭吾にしたように容赦無く攻撃を与え続けると、正美ちゃんの体から黒くおおきな影が、転げ落ちた。
それをいえもりさまはペロリと飲み込んだ。
「うぇっ、やっぱり……」
圭吾は小声で呟いた。
「……じゃあ、お母さんによろしくねー」
落ち着いて呆然とする正美ちゃんを見て宮田さんは言うと、首を傾げながら慌てて歩いて行ってしまった。
「若、退治しましてござりまする」
「ああ……ご苦労さん」
圭吾は、大きな影を飲み込んだ為に、膨れた腹を迫り出した、いえもりさまを久々に見つめた。