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初花月 いえもりさまの謀 其の八

大学が休みになったので、バイトに行く日を増やした。

高校の仲間や、大学の仲間、バイト先の先輩等と遊び歩く日は多いが、それでも四月迄は長いから、必然的にバイトに出る数が増えるというものだ。

圭吾より早く休みに入っていた古関と、一緒に閉め迄働いて次の駅で別れた。

古関と別れてから、四つ駅を過ぎると電車を降りて階段を上る。終電には間があるが、時間はかなり遅くなっていた。

改札口を出て、暗くなった商店街を右手に折れて歩いていると、同じ方向に足早に歩いて行く人達が数名いる。

まったく人影がなくては心細いが、想像以上に遅い時間に帰宅する者も多くて安心だ。

信号を渡り直進すると、歩いて行く者がぐっと減る。

家迄の間コンビニはあるものの、馴染みの酒屋も、和菓子屋も、蕎麦屋や喫茶店も、もはや閉まっていて、かなり寂しくなる。

遠くに人影を見ながら歩いて行くと、圭吾の家へ折れる通りに入って行った。

圭吾はデカイから、歩く速さも早い方だが、追いつくほどの距離では無かったか、圭吾が通りに入ると、先行く人影は圭吾の家の前を、眺めながら歩いて行った。

幼い頃からゲームをやっているにも関わらず、視力が滅茶苦茶いい圭吾には、その人影が三上真鈴ではないかと思われた。

しかし、こんな時間帯に一人で帰宅するとも思えず、走って行って確認する気にもなれずに、圭吾の家を通り過ぎ、坂を下りて行くのを見送りながら歩いて、門を開けて中に入った。

「!!!」

玄関の鍵を開けようとして、はたと門の外に目を向けた。

瞬間物凄い素早さで門を飛び出ると、バスケで培って来た俊敏さで駆け出した。

坂の上から下りきった所で、男の人と女の人が揉みあっているのを見つけた。

坂を下り切って暫く行くと、左手に公園がある。

男は女性の腕を摑んで引っ張って行こうとし、女性はあるだけの力で抵抗しているが、男の力に引っ張られて行く。

「チッ!」

舌打ちすると、下り坂も手伝って加速がついてくる。

「てめー何してやがる」

圭吾はわざと大声を出して駆け寄って、中肉中背の男に体当たりを食らわした。

すると、圭吾よりも縦にも横にも小さな男は女性の側から吹っ飛んだ。

「ど……何処のどいつだ。痴漢か?変質者かあ?」

バスケの試合中に、審判の見ていない所で、ファウルしてぶつかって来たり、押して来る奴らがいる。

そんな奴らにブチ切れたりすると、こちらもわざとぶつかって吹っ飛ばしたり、ぶつかったと見せかけて、ぶん殴ったりする事もあるから、吹っ飛ばすのは朝飯前だが、殴り合いの喧嘩はしたことがないので、いささか自信がないし、刃物でも持っていられては叶わないから、そこはビビリのチキン野郎と、自他ともに認める圭吾だ。

相手が自分よりもでかく、ガタイもいいので怯んでいるにも関わらず、大きな声を出して、静寂としている夜中にも関わらず、ご近所にアピールは怠らない。

十二時に近いとはいえ、起きている家もあるから、電気が付き玄関の開く音もする。

「真鈴!」

女性が三上真鈴の名を呼んだと思ったら、中肉中背の男は大慌てで立ち上がって逃げ出した。

「真鈴真鈴大丈夫?」

三上真鈴が震えながらも大きく頷いた。

「ありがとうございます」

女性が圭吾に礼を言うと、開いた玄関が閉まる音がした。

話の内容から、()は済んだと理解したのだろう。

「あー三上さんすか?俺田川圭吾って言います」

「田川……?ああ田川さんの息子さん?」

三上真鈴の母親の三上さんは、一瞬考えるようにして顔を明るくして言った。

「ええまあ」

「本当にありがとう」

三上真鈴を抱き抱えるようにして、幾度も幾度も礼を言った。

「家まで送ります」

「でも、田川君が帰り一人だし……」

「大丈夫っす」

流石に三上さんも不安だったのだろう

「ありがとう」

というと頷いた。


いつもなら、必ず電車が着く時間を連絡してくる三上真鈴が、スマホの故障で連絡できなかった。

人通りもあったので大丈夫だろうと、駅から一人で歩いて来たが、坂の所で背後から抱きつかれた。

悲鳴を上げないのでいい気になったのだろう。男は力任せに、三上真鈴を公園に引きずり込もうとした。

防犯ブザーを鳴らそうとしたが、抱きつかれて身動きできないまま、払い落とされてしまった。

そこへ玄関で鍵を開けようとしていると、門の外を足早に歩いて行く男の影を感じた圭吾が、まさかと思ったが、気になって聞き耳を立てていると、ほんのわずかだが物音がしたので駆けつけた。

圭吾は目もいいが耳もいい。これが頭ならーと母親はいう。


連絡がつかない三上さんが、気になって家の外迄出て待っていると、圭吾の大声が聞こえたので、慌てて様子を見に来たのだという。

そんな話をしながら送って行くと、直ぐに車を出せるようにスタンバイしていたお父さんが、話を聞いて車で送ってくれた。

圭吾の方が恐縮するほどに、お父さんからも感謝された。




「いえもりさま、いえもりさま」

部屋に入るなり、圭吾はいえもりさまを幾度と呼んだが返事はなく、天井を見回しても姿は無かった。

「まだ拗ねてんのかよ。何してんだよ!ーっか、マジあり得ねえだろ?」


マジあり得ねえ事が続くのは、過去に経験済みの圭吾だ。

その経験上、これはいえもりさまの類のものの、何かが動いているとしか考えられない気がする。





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