初花月 いえもりさまの謀 其の四
「ちょっ……ちょっと待てよ!」
圭吾は、余りに突拍子もないいえもりさまに閉口してしまい、なかなか言葉にならない。
「め……娶るってこと?おめとりくださいってー結婚の事じゃん?」
「さようにござります」
いえもりさまは、膝を打つようにして言った。
「はあ?俺ってまだ大学生だぜ?結婚なんて馬鹿じゃねえの?」
「なにを申されまするか?若主さまは十九才。遅い位にござりまする」
「それっていつの話よ。いい、大学生なんてまだ子供扱いだぜ。そんな事言おうものなら、両親に殺されるわ」
圭吾が激怒する。
「それに、するもしないも、相手もいないわ」
「ゆえに三上真鈴さまとでござりまする」
「み……三上さんとだなんて、昨日会ったばかりじゃねーの?なに馬鹿言っちゃって呉れちゃってんの」
「馬鹿言っちゃって呉れちゃってんのは、若さまにござりまする」
「は……はあ?」
圭吾は空いた口が塞がらないが、いえもりさまは至極真面目な顔をしている。
まあ、冗談ではない事だけは、圭吾にも伝わるのだがー。内容が内容なだけに、笑って済ませるわけにも、いつものように、適当に聞き流すわけにもいかないと、いえもりさまに関してのみは思えるようになった。
「三上真鈴さまは、福の神様がおいでになるお宅の、お嬢様にござりまする」
「あの、いえもりさまが大大大好きな、福の神様?」
「大大大好き……などと。なにをもうされまするか、そのようなお言葉罰が当たりまする」
いえもりさまは、血相を変えて言った。
「私めは只々、ご崇拝もうしあげておるだけにござりまする」
「はいはい。それを大大大好き……とも言うけどね」
圭吾はそれでも小さく呟いた。
「福の神様は、殊の外お嬢様を愛しまれておいでにござりまする」
「へ?まあ、気に入っている家の娘だから、当たり前じゃん」
「いえいえ。お嬢様を愛しまれておいでゆえに、あのお宅においでなのでござりまする」
「へー。福の神様って、家につくんじゃねーの?」
「若!家につくーなどと失礼な。お言葉にお気をつけくださりませ。……ゆえに、お嬢様とご婚儀くだされますれば、必然と福の神様も、我が家においでくださりまするというもの」
「はあ?そんな事で馬鹿言ってんだ?つーか相変わらず変な日本語」
「そんな事ーとは!福の神様がおいでくださりますれば、我が家も良い事ばかりにござりまする。母君の呪いも、猫殿に解いて頂きましたゆえ、若の前途は洋々にござりまする」
「前途洋々ってー」
「福の神様がお越し下されれば、もはや良いことばかりが続きまする」
「そりゃそうかもしんないけど、お互いの気持ちつーもんがあんだろ?」
「お互いの気持ち?でござりまするか?」
「そうそう。結婚するには、お互いの気持ちがなきゃ無理だろ?」
「若にはござりませぬか?あのように、みめ麗しきお嬢様でござりまするのに?」
「ーってか、まだ一回会ったきりじゃん?それに、三上さんの気持ちつーもんもあんじゃん?」
「お嬢様のお気持ちでござりまするか?」
「そうそう。お互いいいな……って思って、お友達から、恋人になって、それから結婚するのが順序よ」
「順序……でござりまするか?」
「そっ順序……」
「ではでは、お嬢様と恋人になってくださりませ」
「恋人?じゃねえだろ?まずはお友達から……って、友達でもねえのに何言ってんだ?」
「……ですから」
「ーってか、いえもりさまが、福の神様に来て欲しいだけじゃん?」
「若さま。私めはその為にもうしておるのでは……いやいや、さようにござりまするが……」
「あー!面倒臭せえから、マジその話は終わりな」
「いえいえ若さま……若の前途が洋々ならば、我が家の前途が洋々で……いやいやそうではなく……」
「黙れ!」
圭吾が大声を出したので、いえもりさまはビクッとして黙った。
圭吾は、不機嫌なまま着替えを済ませて部屋を出た。
背後でいえもりさまが、しくしくと泣いているのに気がついたが、圭吾も意固地になっているので、そのままドアを閉めた。
なにも此処まで怒る事など、ないのはわかっている。
しかし、何故だか物凄く腹が立って、いえもりさまに怒りを覚えてしまった。
これはいえもりさまが、三上真鈴の事を言ったからだ。
異性に余り免疫のない圭吾は、三上真鈴と、結婚するようにいえもりさまに言われ、照れが入り混じって、ついついいえもりさまに八つ当たりしてしまった。
だがしかし、一回しか会った事がない相手なのに、急にそれも結婚などと言われて、はいそうですかと言えるわけがない。
もし言う奴がいたら、そいつは変な奴に決まっている。
そんな変な事を、たとえ変な生き物?いや生きていないのか?いやいやそれすらわかりようもない、いえもりさまが言うなんて……。
いやまてよ、いえもりさまだから、言えるのか?
そんな事をぐるぐると考えて、また腹を立てる。
そうだ変なものが、変な事を変な風に思いついて言ってきたと、一笑に付してしまえばいいし、持って生まれた質で気にも止めなければいいことなのだが、何故だか腹も立つし、不安な気持ちになる。
ー何が前途洋々だ!福の神様だー
そう思ってみるものの……。
何故だか嫌な気分だ。
……これって、前にも感じたことがあるような……?ないような……?
確かに身に覚えのある、この嫌な感じはー?