初花月 いえもりさまの謀 其の三
「 おかえりなさりませ。今日はお楽しみでござりましたな」
「えっ?なんで?」
「母君様が上機嫌でござりました」
「なるほど……って、いえもりさまわかんだ?」
「はい。わかんだでござります」
「それちげーから」
「さようで?ちげーまするか?」
いえもりさまは、ちょこんと圭吾の机の上に行儀よく座って、大大大好物のいちごの大福を食べながら言った。
「うん。確かに母親は楽しかったかもな」
圭吾と二人で出かけても、運転しているわけだから、早々相手にしてやれないし、根が気の利く方でもないから、さぞ退屈だろうと思う。
今日は相手もいたし、以前より興味津々の、ラインという新しい世界で盛り上がって、かなり楽しかったことだろう。
母親はスマホにせず、今だにがら携所持者だ。
タブレットを便利に使いこなしているから、別にスマホにする必要性がないらしいのだが、なにせスマホのラインの楽しそうな話題が一杯だから、想像だけが山のように大きくなっていた。
それを今日体験できたのだから、当人はホクホクというものだ。
もはや帰宅後には、スマホに変更すると言い出している。
まあ、圭吾の知ったこっちゃないがー。
いえもりさまが、大きな口を小さく動かして、もぐもぐといちごの大福を食べている動作が、めちゃ可愛いくて見惚れていると、スマホのラインの着信音が聞こえた。
「若ー。ラインラインでござります」
「わかってるってば」
** 今日はありがとうございました **
と、三上真鈴からメッセージが届いた。
圭吾がすぐさま返信を打っていると
「どちらさまにござります?」
「いやいや誰だっていいだろ?」
「兄貴分さまにござりまするか?」
「えっ?友ちゃん?ーのわけねーだろ?」
「さようにござりまするか……」
余りにがっかりするので、仕方なく三上真鈴だと教えてやる。
「三上……でござりまするか?」
「そっ、母親のパート先のお客さんの娘。毎年詣でてるんだけど、年明けから順々に、家族がインフンエンザにかかって、最後にお母さんがインフンエンザになっちゃったから、ずっと行けなかったんだって。お父さんもお兄さんもいるんだけど、休んだ分仕事が忙しくて行けないんだと。本当はお札って新しいのに変えてから新年を迎えるんだって?うちはもう神棚にお札はないし、あった時も節分までにすりゃいいやなんて、かなり適当だったかんね。三上さん所も、大師様の近くに住んでて引っ越して来た人だから、此処からじゃちょと遠いから、それほどのこだわりはないらしいけど、それでも一月中には行きたいっていうんで、一緒に行ったんだ」
「さようにござりまするか……」
いえもりさまは、食べ終えるともうひとついちごの大福を手に取った。
ーげっ。その体でもう一個食うのか?ー
いえもりさまは、手慣れた起用さでいちごの大福を包んであるビニールを剥いた。
ーよっぽど好きなんだ。もっと買ってやろうーなんて思う。
「どちらのお家なのでござりまするか?」
「ん?」
「三上……」
「ああ三上さんね。この先の坂を降りて登った所」
「さようで」
いえもりさまは小さく首を傾げた。
「なにー?」
「いえいえ」
「ふーん……」
きょろきょろとつぶらな瞳を動かして、いえもりさまは二つ目の大福を頬張った。
翌日圭吾が帰ると、母親は案の定スマホを手に悪戦苦闘していた。
「やっぱ買ったんだ」
「ラインとメール?よくわかんない」
「まあ頑張って」
「えー。教えてよ」
「やだよ面倒臭え」
「意地悪」
「知らねえよ」
「じゃ、真鈴ちゃんの連絡先だけ教えてよ」
「あっ?ああー」
圭吾は仕方なく、三上真鈴の連絡先を母親のスマホに入れた。
「でも、よくこんな事思いついたわね」
「あん?」
「ラインよ」
「ああ、友達が障害のある友達とやってたからさ」
「えっ?誰?」
「言ってもわかんねーよ」
「それでも教えてよ」
「やだよ」
「もー意地くそ悪いんだから。それに比べて真鈴ちゃんは優しい。女の子はいいな……」
「はいはい、そうですか」
圭吾がこう言うと、だいたい可愛くないと、文句をつけてくる母親だが、流石に今日はそれどころではないらしい、スマホの操作に手間取って、圭吾の言葉も耳に届かないのか、いとも簡単にそのまま放免された。
ちょっと物足りない気もするが、イライラ感を放ち始めた母親を後に、部屋に戻ると、いえもりさまが天井から素早い動きで降りてきた。
「お帰りなさりませ」
「ただいま」
「若。どうか三上真鈴さまを、お娶りくださりませ」
「へっ?」
「これこの通りにござります」
いえもりさまは、両方の吸盤を合わせて言った。
「なになに?」
「……ですから、三上真鈴さまをお娶りくださりませ」
「おめとり?なにそれ?」
「……ですから」
「いやいやちょい待ち」
圭吾は〝おめとり〟をスマホ検索したが意味がわからない。
「な……なに?」
「……ですから、お娶りくだされたく、お願い申し上げまする」
「だから〝おめとり〟って何よ?意味わかんねえもん」
「おめとりはおめとりにごさりまする。若主さまが三上のお嬢様を娶られ……」
「ちょっ……ちょっと待ってよ!いえもりさま。めとられ?めとられっとー。なになに、〝娶る〟の未然形の〝娶ら〟に……助動詞〝れる〟の連用形?さっぱりわからない」
圭吾は説明の下にある、〝娶る〟の意味を調べる文字をクリックした。
「はあ?」
圭吾は意味を調べて仰天した。
ー妻を迎えるー
「なんじゃこりゃ?」