初花月 いえもりさまの謀 其の一
なんだか今年は不思議な正月になった。
〝招福鈴〟をいえもりさまが振って鳴らしていたので、早く来すぎた歳神様や、〝招福鈴〟を鳴らすのに夢中で、ぬし様の分身のがま殿に、年始の挨拶に行くのが遅れ、がま殿から来て貰ったが為に、この辺りに住まう不思議な生き物達が、がま殿を追って我が家に年始に来てしまい、それは賑やかな新年会になってしまったり、いえもりさまの念願だった福の神様が、騒ぎに惹かれてお出で下さったり。
とにかく、誰も体験した事のない元日を迎え過ごした。
そんな不思議な元日から始まった、正月の三が日が過ぎると、圭吾はなに変わりない日常に戻らねばならない。
四日にバイトに行くと、まだまだ、正月気分が抜けない人々が、おせちに飽きてやって来て、とても忙しく一日が終わった。
五日には学校が始まり、身体はまだまだ正月気分なのに、バイトと大学ヘ通う日々が始まった。
七日は七草粥で八日に松が開け、十一日に鏡開きだ。
うちの七草粥は、圭吾が小学校の低学年迄、道端に生える春の七草のなずな(ぺんぺん草)を、元気だったばあちゃんと、探して歩いた。
小さかった圭吾は、直ぐに草を覚えたが、母親が蒲公英とか、他の雑草と間違えて、なかなか覚えきれず、圭吾が一緒に探さなくなり、ばあちゃんも体調を壊して探せなくなると、市販の七草を買って来て作るようになった。
ーまあ、それよりも、道端の雑草は犬のおしっこの心配もあったし、第一なずなが、この時期に生えているのを探すのも難しくなっていた。
なずなは何処でも生えている雑草だから、家の庭に生えた時、大事にプランターに植えたり、地植えしてみたりもしたが、この時期に我が家の粥に入れ頃のなずなを収穫するには、かなり日当たりが良くなくてはいけなくて、家の庭やプランターでは不可能だった。結局、安全で衛生的な七草となると、買って使うしかないという結論に達したらしい。
米から作る時もあるが、冷や飯に餅を二つか三つ小さく切って入れて煮る。最後に七草を微塵切りにして入れ、塩で味を調えて、我が家の秘伝の七草粥の出来上がり。
ばあちゃんが元気だった頃は、圭吾もまだ小さく、一緒に七草粥を作ったりもした。
本当にばあちゃんの七草粥は絶品だったから、必ずおかわりを三杯も四杯もしたものだった。
七草粥が済むと、十一日の鏡開きで切った餅を汁粉に入れて食べる。
うちの鏡餅は、餅好きでは無いので、余り大きくない市販のパックの容器に入った、鏡餅風的なものを飾るので、大きな鏡餅を割るーというよりは、小さな鏡餅を切るーという感じだ。
鏡餅だけでなく、残った切り餅を水に浸して水餅にし、それを煮て柔らかくなった餅に、うぐいすきな粉をつけて、きな粉餅にして食べたり、水餅にしないで小さく切って陽に当てて、乾燥した所で揚げる、揚げ餅を作って食べる。
圭吾は醤油派だが、母親は塩派だ。まあどちらにしても、揚げ餅は美味いものだ。
そうこうして正月のお餅を食べ終わる頃、一月の下旬になっている。
丁度そんな頃ー。
〝猫愛情主義〟と、変な名の喫茶店に手伝いに行って来た母親が、圭吾の帰りを待っていて言った。
「明日の大師様の初詣に、坂を下りて登った所の三上さんの娘さんも一緒でもいい?」
「三上さん?」
「お店のお客さんなんだけど、行こうと 思ってたら、インフンエンザになって、行けなくなっちゃったんだって……んで、娘さんが一人で行く事になったんだけど、うちも明日行くつもりだから、誘ったのよ」
「そりゃいいけど。どうせ車だし……」
「よかった。今日細田さんから聞いて、三上さんに電話したら、ありがたがってたわ」
「ふーん。娘って幾つよ?」
「確か美大の二年生?けいちゃんより一個上だわ」
「あっそ?」
「その子喋れないのよ」
「喋れない?」
「んー?聴覚障害者?っていうの……三上さんとは手話で話してる」
「へー?不便だね」
「うん。だけど、凄く可愛くていい子。喋れなくても好奇心旺盛だから、まあ、面倒臭さがりのあんたよりは、何でもできる」
「なんかそれ嫌味っぽくね?」
「ううん。本当のこと」
「へー?」
余りにもきっぱり言われてしまったから、納得せざるを得ない。
「若……若主さま」
ベットに横になると、いえもりさまが天井から声をかけてきた。
「明日お出かけでござりまするか?」
「うんまーね。うちはずっと彼処に初詣なんだ。いつもはもっと早く行くんだけど、今年は母親がいろいろ忙しかったからな。それでも一月中に行かないと初詣にならないって、五月蝿いからさ」
「さようにござりまするか……。若私めもお供しとうござります」
「ダメダメ。母親も行くし、知らない人も行くから駄目!」
「そのような事をもうされず、どうぞお連れくださりませ」
「駄目!」
「若……!若めも大師様にお目もじいたしとうござりまする。どうぞどうぞこの通りー」
吸盤の手?を合わせて拝むが、そうはいかない。
「絶対駄目だかんね!!」