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出会い 鬼の契約書 其の四

「金神様ー」

  いえもりさまは金神様の衣の裾を引いて言った。

 すると金神様も、何か思い出したように圭吾に言った。

「そうであった。そこの小箱の中の物を取り出してみよ」

  金神様は仏壇の脇に置かれた小箱を指した。

  小箱の蓋を開けると、中に色褪せた、赤と青の菱形のお守りが入っていた。昔は光沢があったと想像させる金糸銀糸を施した布に、金の糸で“金”と織り込まれている。

「お守り?」

「よお解ったの。さすがである」

「はあー」

「さて圭吾よ、お主の曽祖母が、大そう信仰深かったのを聞いておるか?」

「さあ?」

「ふむ、お主ならその程度の返答であろうよ。お主の曽祖母は、大そう信心深い信者であったがー」

  金神様は、余りよく見えない表情なのに、なんとなく憂いをおびているように、圭吾には思われた。

「お主の祖父はかなり悪うての、まあ早く言えば罰が当たって、子宝ができぬ定めであったが、信心深い曽祖母の願いをきいて、わしが授けたのがお主の母親じゃ」

「 ....... 」

「聞いておるのか?」

「いやー、そんな話し、ばあちゃんと二人していたようなー。じゃあ、ひいばあちゃんは、金神様を信仰してたってこと?」

「まったくお主は、ちと親の話しも聞いておくものよ」

「ういっす」

  圭吾は、肩を窄めて言った。

「……ゆえにお主の母親は、勘の鋭い所があった為、鬼の邪気に当たって命を盗られてしもうたのよ」

「鬼の邪気っすか?」

「まったく気づかぬとは」

  金神様はがっくり首を落として言った。

「ほれ、彼処の家じゃー」

「浜田さんち?」

「浜田と申すのか?まだまだ此の辺も自然が有り、住みよかった頃の事じゃ。彼処の家の先の当主が、よせばよいものを、何を血迷ったのか鬼と契約をかわしおった」

「えー!鬼っすか?」

 

 余りにもこの世離れした今の現状に慣れたのか、もはやリアクションも小さくなってしまっている。

 一番MAX状態はいえもりさまの出現時で、何故だか姿がぼやける金神様、そして鬼ーまで、流石に

 ーまたかー

  と、いう感じにもなるというものだ。


「そうじゃ、此の辺もお前の母親が子供の頃は、まだまだ鬼も魔物もおったのよ。勘の鋭いお前の母親は、いろいろな気配を感じとっていたが、そのもの達の気配はよいが、姿を見る事を仏に願い拒んだ為、見る事は無いが感じる事はできるのじゃ。ちなみにお主は母親より勘が鋭いのじゃが、幼い頃に全てを拒んだ為、その能力は隠されておる」

「げっ、俺本当は見えるんだ?ちっちゃい頃からチキってたんだな」

  もう、どうでもよくなってきて、金神様の言葉に耳をやる。

「いやいや、お主は幼い頃はしっかりしておった。此処の死んだ当主が現れると、帰るようにと諭しておったくらいだからの」

「いやあ、マジっすか?」

「残念な事に、此の辺の近代化は著しくての、あっ!という間に、鬼や魔物が出入りする入り口が閉ざされてしまった。その為、鬼との約束が果たされずに時が過ぎてしまったのじゃ」

「鬼との契約ってなんすか」

「そりゃ、富と財でござりましょう」

  今迄黙っていたいえもりさまが口を挟んだ。

「金かー?」

  そういえば、浜田さんちは二世帯で大きな家だ。

「つまりでござりますな、彼処の先代当主が、まだ此の辺りに出入りしておりました鬼と契約を結びまして、富と財を得ましてござります。我が先先代ご当主様が、此の家を建立の際には、彼処もまだまだ、住まいも小さく、我がいえの柱の太さを感心して、見に来ておりました。ところが、十年程の間に土地を広げ、家をあのように大きくいたしたのでござります」

  いえもりさまは、そう言うと首を垂れた。

「鬼はどうして?」

「時が経つにつれ、この辺はみるみる変化を遂げまして。森や林、広く続いた野原も姿を消し、家やらビルとやらが立ちました。その時に、あちら側への入り口も閉ざされてしまったのでござりましょう、もう何十年と、あちら側のもの達を見かける事もござりませなんだ」

「じゃ、やっぱ鬼じゃないんじゃ....」

「いやいや若さま、あれは“ぜったい”鬼でござります」

「入り口が開いたのじゃ」

「はあ?どうやって?」

「先の震災でいろいろなものが歪み、入り口が開いたのであろう」

「入り口って何処だ?」

「左様ですなー。森や林.....おお、井戸や墓等にござりましたな」

「井戸なら、あそこの友ちゃんちにあるみたいっすよ。震災の時に、水を分けてもらえるって母親が言ってました。ああ、あと二軒置いて隣の大和さん所ー」

「まあ、歪んだ隙間から再び出入りできるようになった鬼が、彼処の娘の邪気に惹かれて、出て参ったのであろうよ」

「娘の邪気ったって?」

「いやいや金神様、今や娘ではござりませぬ。彼処の当主で孫がおりまする」

「ほうー。あの娘は鬼が好む邪気を隠し持っておるからの。弱き生き物を痛めつけて喜んでおる」

「そんな風には見えないけど」

  浜田さんのお婆さんーといってもまだまだ若いお婆さんだ。母親が挨拶していたので顔を会わせれば、挨拶はしていたが、いつもニコニコしていて、感じのいい人だ。

「人は見かけによらぬと言うだろう」

  金神様が言った。

「もともと彼処の家系は残忍な所がある。ゆえに、鬼と契約を結ぶなどとしおるのじゃ」

「ーその契約って」

「つまりでござります。富と財を得る代わりに、娘を嫁にやるという約束事でございます」

「嫁?鬼と?……漫画とかで人間と妖怪の半妖ってのがあるけどー?それ?」

「ちと、違うの」

「知ってんだ?」

  金神様はかなりオタク系だ。

「昔はよくあった事でござります」

「へえー」

 

 昔ーの時代感覚が測れない、けど、決して近代史的な時代では無い気がする。


「つまり、浜田さんの先代の娘って、あのお婆さんが鬼の嫁になるはずだったのに、鬼が来れなくなったので、約束は反故になっちゃったのに、何故お婆さんの孫が嫁になるんすか?」

「お主達の五十、六十年など鬼にとっては一瞬にすぎん。もはやひ孫の時代になってしまっても、鬼にとっては約束の娘の年頃ならば、約束の娘と思っておる」

「あのお婆さんとひ孫を間違って連れてちゃったんだ?」

  圭吾が頓狂な声を出す。

「えー、鬼って間抜けだ」

「お主達とわしらの時の流れが違うのじゃ」

「そこで若さま。その鬼の契約書がこの家にあるのではー?と、金神様が申され、こうして参上仕りましてござります」

「なんでうちに?契約したのは浜田さんでしょ?」

「そうだが、お主の母親が巻き込まれたという事は、何か理由があるはずなのじゃ。いくら鬼の邪気にやられたといえど、鬼がこの家に気を向けておらぬと、死に至までの邪気を受けるはずがない。まして、わしの授けたものを追いやれるはずがないのじゃ」

「はあ?で、もしその契約書があったらどうなるんすか?」

「当然のこと、文句を言うてやるわ」

「は?」

「わしの授けたものを、寿命を残して死に追いやるとは、言語道断!鬼の頭に一喝喰らわしてくれるわ。まったく、間違えただけでも妖魔の面汚しなのに、わしの授けたものをー。許せん!」

  金神様が激怒すると、家の中がミシミシと音を立てた。

  やはり金神様はただ者で無いことが伺えた。

「マジすげえ」

「当たり前じゃ。わしの力を使えば、チョチョイと生き返らせる事とて朝飯前じゃ」

「えっ?今なんて言いました?」

「ーだから朝飯前なのじゃ」

「なにが?」

  圭吾はすかさず金神様に詰め寄った。

「死んだ母親を生き返らせる事など、朝飯前なのじゃ」

「ーじゃあ、よろー」

  圭吾が言うと金神様は動きを止めて聞いた。

「なんと申した?」

「よろー」

「 ..... 」

「金神様、たぶん“よろしく”という意味ではないかとー」

  いえもりさまが言うと、金神様は暫く考える仕草を作って合点したようだった。

「なるほどー。だがしかし、彼処の子どもは戻って参らぬぞ」

「いやー、別に」

「べ、別にとな?」

「だって、ことの始まりは彼処の曾祖父さんが鬼と契約したのがいけないっしょ?娘のばあさんーややこしいけど、が、嫁に行かなくてひ孫が嫁に行ったのは約束だから仕方ないっしょ?確かにうちより金持ちだし。それに、ばあさんが弱いものいじめのゲス野郎だったら、尚更の事うちが有るか無いか解んない契約書を探すのなんて、無駄だしめんどくさいし」

「彼処の子どもは二度と戻って来られぬのだぞ?」

「関係無いつうかー、巻き込まれて、オカンが死んだつうのがムカつくし。彼処のうちの事は彼処のうちでなんとかするっしょ」

「ふむーなるほど」

「若さまー」

  いえもりさまは何故か大きな瞳をウルウルさせた。


 ーあれ?こいつらって、目を潤ませられないんじゃ?流石“もののけ”ー

  変な事に感心などしてみる。


「確かに道理。鬼への怒りで、つい彼処の子どもも鬼から奪ってやろうかと思ったが、わしにも関係の無い事であった。では、屍を此処へー」

「は?」

「は?では無い屍じゃ」

「若さま、母君さまのご遺体の事でございます」

「いやいや、有るわけないっしょ」

「ああ、もはや埋葬なされましたか?これは金神様、申し訳ござりませぬ。墓場まで参らねばならぬようでー。私めのご報告が遅れたばかりにー。そのように時が過ぎておりますとはー」

  いえもりさまは恐縮して、首を垂れてひれ伏した。

「まあ致し方あるまいて、そなたはかなり小さきものゆえ」

「では若さま、いざ墓場までの案内願いまする」

「いや、墓にも遺体なんてねえし」

「は?」

「は?じゃねえし、もうとっくに火葬しちゃってるし」

「か、火葬でござりまするか?」

「なんじゃ?」

「葬式のあと火葬場で焼いて、骨を骨壷に入れて納めるんすよ」

「なんと骨とな?骨にしてしもうのか?」

「してし・も・うたのです」

「な.....、なんと?」

  金神様といえもりさまは、それは仰天して同時に言った。

「それは困りましたぞ.....」

「実に困ったぞ.....」

  二人は小声で囁いているが、圭吾は耳がいい。

「何困ってんす?」

「おお、いや」

  金神様は聞こえないとふんでいたのか、吃驚して圭吾を見た。と、思うのだが、何故か金神様の顔は判然しない。

「屍がのうては生き返らせる事はできぬのじゃ」

「えっ?」

「いくらわしとて、骨になったものに魂を入れる事はかなわんし、たとい入れたとしても生き返らんだろうー。まったく許せん余計な事をしたものよ」

「いやいや、今はこれが常識だし。第一こういう事なら葬儀の前にくりゃいいものを」

「若、申し訳ござりませぬ。私めが遅いばかりにー」

「怒るでない。この小さき身体でわしの処まで飛んで参ったのだ」

「金神様の処まで飛んだんすか?」

「まあなー。わしは方位神だからの。遊行しておるから、其処へ此奴が飛んでくるだけでも、相当の力を要するのじゃ。許せよ圭吾」

「はあー、じゃあ、おかんは生き返らないんだ」

  圭吾は大きな瞳に薄っすら涙を溜めて肩を落とした。

「本当に、本当に申し訳ござりませぬ」

  いえもりさまが、平たい身体を一層平たくしてひれ伏した。

「家守よそう平たくなるな。今は生き返らせる事はできぬが、前に申した通り、契約書を探し出せれば、わしが鬼に申し聞かせて、この始末はつけさせよう」

「契約書っすか?浜田さんちに有るんだろ?なんて言って探してもらえと?金神様が死んだおかんを生き返らせてくれるって言ってるから、鬼との契約書探してくださいー?有り得ねえし」

「なにをごちゃごちゃ言っておる。契約書は此の家に有ると言うておるだろう?」

「いやー、有りませんって」

「お主は何故そうも決めつけおるのじゃ。探してみなくては解るまい?」

「有り得ない事は有り得ねえし」

「つべこべと言わず、母親を生き返らせたくば、此の家の中を探すのじゃ。そんなに大きくもない家じゃ」

「金神様ー」

  いえもりさまは、金神様をなだめるように拝み見た。



 

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