年明け 新年の宴 其の四
「これはこれはがま殿」
「いえもり殿。明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうござります。今年も宜しくお願い致しまする」
「こちらこそー。これは我が主が供えて下されたもの」
「これはこれはー。おおー!竹林堂のいちごの大福ではありませぬか」
いえもりさまの目が真っ赤なハートに見えたのは気のせいか?
「暮に彼処の和菓子屋で購入してくだされたのです」
「おお!なんとお気のつく……流石兄貴分様」
「兄貴分?」
「いやいや。どうぞお上がりくださりませ。年神様もお出でのこと故、母君さまの正月料理などをー」
「え?え?いえもりさま……」
「ささ……」
「ちょ……ちょっと……やばいしょ」
「何をおっしゃいまする。ぬし様の分身のがま殿を、玄関先にてお帰しするなどー」
などと言って圭吾が慌てても、いえもりさまは大喜びでがま殿を促して神棚へー。
「ええー?まじかー?」
母親はテレビを見ながら炬燵で居眠りをしている。父親はテレビに夢中だし、全く感が鋭くないから心配ないが、それでも圭吾はひやひやものだ。
再び圭吾はいえもりさまのパシリにー。といっても、あの大きな鈴を鳴らされるよりはいいと、正月料理を神棚に運ぶがー。間もないまま、また玄関が開く音がする。
「まじかよ」
圭吾が玄関に赴くと、もう見たこともないようなもの達が立っている。
「やや……此れは此れは皆々様よくぞお越しくださりました」
いえもりさまは上機嫌でお客を招き入れる。
「もうー。ちょっと待てよ」
圭吾はいえもりさまを捕まえた。
「若さま申し訳ござりませぬ。どうぞご接待をお許しくださりませ」
「わかったから、神棚は無理っしょ?二階に猫の部屋があるからそこへー」
「猫殿のお部屋でござりまするか?」
「ああ、どうせ猫達は炬燵の中だし。なんでこんなに?第一こいつらなに?」
「ぬし様のお別れの宴の折に見知ったもの達にござります。がま殿がお出でになられたので、此方に参ったのでござりましょう」
「ぬし様の知り合い?」
「ぬし様が去られてしまわれたので、がま殿に新年のご挨拶に参ったものでござりましょう。私めも伺おうと思っておったところでござりました」
「ーつまり、鈴を踊りながら鳴らしていて、新年の挨拶が遅くなって、がま殿の方から来てもらっちゃったから、がま殿に挨拶に来たものまでうちに来ちゃったわけね?」
「まあー。左様にござります」
悪びれもせずにいえもりさまは頷いた。
来るは来るはー。
年始の挨拶にいろんなもの達が次から次へー。
生きているものもいれば、そうでないものもー。
ぬし様はやはり、この辺りでは偉大な存在だったのだ。
圭吾がいえもりさまのみならず、がま殿までに使われて忙しくしていると
ピンポーンとチャイムが鳴った。
チャイムまで鳴らして来るとは、礼義正しいというのか、面倒臭いというのか。
圭吾が、ちょっと不機嫌に玄関を開けると
「やあ圭ちゃん」
友ちゃんが玄関先に立っていたので、圭吾は吃驚して一瞬フリーズしてみせた。
「おめでとう」
「あ……ああ。友ちゃんおめでとう」
どうにか立ち直って動きが戻る。
「あ……。あのさ、がま殿来てる……よね」
友ちゃんが言いにくそうに言った。
「え?」
「いやー。お供え物のいちご大福持って、こっちの方に来るのを見かけちゃってさ……」
今度は妙に明るく言う。友ちゃんも、何て言っていいのか困惑していて、探りながら言っているのだ。
「あ……ああ。二階に」
圭吾がすんなり二階を指差して言ったので、今度は友ちゃんが一瞬固まった。
「あ……そう」
拍子抜けしたのかトーンが下がった。
「うん。なんかいっぱい年始の挨拶?来てんのよ」
「ああー。そういやなんか騒ついてんね」
「そりゃもう大変よ。まっ上がって」
「ああ悪りぃね」
「いやいや。渡りに船ってやつ」
友ちゃんが上がり框に立った頃、母親が気になったのかやって来た。
「あら友ちゃん。格好良くなっちゃってー」
「あ……おめでとうございます」
「ああーおめでとう。今年も宜しくね。って、たまには遊びに来てやって」
「あ……はい」
「二階の猫部屋に行くから」
「あらそう?寒いから暖房つけてよ」
「わかってるって」
「ゆっくりして行ってね」
「ああーはい」
圭吾は友ちゃんをさっさと促して二階に上がった。そうじゃないと、まだまだ、母親に捕まってしまっては堪らない。
「そういや昔よく此処で遊んだな」
「なにもなくて、いらない物ばかりあるけどね」
ドアを開けて中に入ると、今まで聞こえなかった騒つきが、一気に耳に聞こえてきた。
「こりゃすげーな」
ドアを開けたと共に、溢れでるようにいろんなもの達が、廊下から他の部屋迄侵入し始めた。
部屋に入ると、もはやエロピンクに変色した、いえもりさまとがま殿が、上機嫌で踊っている。
年賀用の酒と、年神様とお出でくだされば福の神様に、差し上げる為の酒を開けて飲んでいる。
無論上座の年神様も、機嫌よく飲んでいるようだが。
不思議と酒も、正月料理も減る事もなく、来客達の口に入っているようだ。
「いやはや楽しい正月であるな」
「旨い料理に旨い酒ー」
「ほんに良き正月であるな」
見ると炬燵で寝ていた筈の我が家の猫共も、近所の猫達と一緒に楽しんで、交流を深めている。
「はは、また宴会だね」
「まあ楽しけりゃいいかー」
圭吾も友ちゃんも、もはや慣れたもので、抵抗感もなく不思議なもの達の仲に、溶け込んで楽しんだ。